おまけ 超絶美女のはずの公爵夫人が男前すぎる
北の大地ロトランダ。
長い間独身だった毒蛇公爵がついに伴侶を迎えた。
帝都の社交界は不遇な花嫁に同情し、繊細なご令嬢は
「そのお方のために祈りますわ」
と日夜祈りをささげるほどである。
しかしその結婚の実態はとてもハッピーなものだった。
豪奢な白いドレス、ロトランダに代々続くティアラを被ったリカルダは大聖堂で式を挙げ、皆から祝福されたのである。
「なんて美しいのかしら!!!」
「最高ですわ最高ですわ!!!」
「さすがファルディス侯爵家のお嬢さまよね!!」
「ガルディア様のお美しさはロトランダにも轟いていましたけど、お妹君だけあって美しいですわ!!」
一部の列席者は興奮しすぎて黄色い声をあげまくっている。誰も止めないのはとても気持ちがわかるからだ。
しかし、大勢が知らない事実が一つある。
この美しい公爵夫人が、ロトランダ領の永遠のアイドルにして英雄、騎士リカルダであることは秘匿されているのだ。
「事実を知ったら暴動が起きそうだからなあ」
「永遠のアイドルは永遠に独身でいてもらいたいのが乙女心よ」
家臣たちがそう思うのは、可愛い娘の実例があるからである。
リカルダに助けてもらった娘は毎夜毎夜リカルダを思ってシクシク泣いている。良かれと思って、リカルダの正体を暴露したところ、
「リカルダ様が結婚なんてイヤアア!!!!!」
とさらに手が付けられなくなったのだ。
そのため、『ファルディス侯爵家から嫁いできた公爵夫人』と『もしかして流浪の王子様かもしれない超イケメン騎士』を別人として扱う必要があった。
しかし、特に苦労はない。
なにしろ女装すれば傾国の美女、男装すれば超イケメン。
特に思考を切り替えることもないなと家臣や使用人たちは余裕の微笑である。
だが、ここに心穏やかでいない男が一人、毒蛇公爵ことエレディンである。
妻が絶世の美女と知って未だ動悸が止まらないのだ。
(……反則だろ。なんであんなに美人なんだっ!!)
迎えた時も、結婚式の時もリカルダは気高く美しく清らかで、エレディンはその姿に惚れてしまったのだ。
というか、改めてリカルダを女性として認識したのである。
「エレディン? どうかしたのか?」
ステーキを綺麗に切りながらリカルダは不思議そうに名前を呼ぶ。
夫婦になったのだからとお互い名前で呼ぶようになったのだがなんともこそばゆい。
しかし、エレディンを当惑させるのはそれだけではない。
結婚式で見た美しい女性が頭から離れないのだ。
同一人物だから当然なのだが、太陽のごとく輝く金髪、青空のように澄んだ青い瞳にあのときの情景がすぐに浮かんでしまい、エレディンはマトモにリカルダと話せなくなっている。
ドッキンドッキンなりまくる心臓にエレディンは大変迷惑をしているのだった。
「な、なんでもない。それより、今日は公爵邸にいるのか?」
「いや、バーレン地方でトラブルがあったらしい。第三部隊を連れて行ってくる。帰りは遅くなるから先に食べていてくれ」
「わかった。……無理はするなよ」
「安心しろ。私は強い」
リカルダが豪快に笑う。
たしかにリカルダの強さは規格外なので心配する必要もないのだろうが、愛する女性を危険な場所に行かせて心穏やかでいられるはずがない。
だが、こんな気持ちはエレディンだけらしく、公爵邸の誰一人心配ではないのだ。
「今日もリカルダ様はかっこいいわあ!!」
「女装も素晴らしくお綺麗だけれど、男装の時の佇まいといったらおとぎ話の王子様のようなのよねえ」
使用人たちはキャッキャと笑いあう。
ちなみに部屋は女性用の部屋、男性用の部屋二つ用意されて剣立てとかは倉庫から救出された。
「リカルダ様が行かれるのなら安心ですね」
「領民たちの士気も高まるでしょうしね。英雄が来たって」
補佐官たちも安心しきった顔だ。
誰もがリカルダなら大丈夫と信じて疑わない。
エレディンはリカルダと一緒に夕食を食べようと思った。
ただの自己満足だし、すでに現地で食べているかもしれない。なんなら、引き留められて一泊するかもしれない。
容易にその風景が想像できる。
そして村長の娘に惚れられるまでがワンセットだ。
はあ。とため息を吐くエレディンに声をかける者が一人。
それは窓からの来訪者だった。
「エレディン」
「リカルダ?! ここ九階だぞ!? それよりも遅くなるって聞いていたが!?」
「お前の様子が気になったから事後処理は任せて帰って来た。大丈夫か? あ、どんな高い塔でも堅固なセキュリティでも突破できる」
「そうだな」
エレディンは納得した。
しかし、心配する心は別だ。
「でも、……お前が心配だったんだ。強いと分かっていても家族なんだから気にかかる」
「家族」
「そう家族だ」
リカルダは目を見開く。そして嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうだな。そうだった。ただいまエレディン」
「……お帰り。リカルダ」
二人は抱きしめ合った。
お互いがお互いを思いあう温かい抱擁だったが、どこからどうみても美貌の公爵が凛々しい騎士に縋りついているようにしか見えない。
エレディンは改めて心配する自分がおかしいのかもと思ってしまった。




