22話 身代わりだった娘が気になりすぎる 前編
リカルダがいなくなって一週間。
いくらエレディンが頑固でも肉体の方が先に音を上げた。
食事が喉を通らない。
眠れない。
そして何より問題なのがぼうっとして仕事がまともにできない。
恋煩いの末期症状に苦しめられているエレディンだが、
「ま、負けてたまるか……!! 絶対に絶対に認めんっ!!」
起き上がれなくなってもなにげにしぶといエレディンである。
ちなみにエレディンの不調の原因がリカルダだということは暗黙の了解、公然の秘密として城の中に知れ渡っている。
彼らはエレディンが腹をくくってプロポーズするのをワクワクして待っていたのだが、今はそれどころじゃない。
「エレディン様の頑固っぷりを忘れておりましたな」
「このままではお身体が持ちません。なんとかしませんと」
こうして家臣代表、ザルテン伯爵がエレディンを訪ねた。
「エレディン様。ご自分のことはよくお分かりの筈。ここは命あっての物種、プライドよりも実をとりましょう。リカルダ殿を呼び戻そうではありませんか!!」
「絶対に断る!!!」
「なぜでですか!! あの方以上にロトランダのナンバーツーが似合う方はいないでしょう!!」
「アイツの能力は俺が嫌というほど知っている!! あいつが男だったら即刻雇っているくらいだ!!」
「ならいいじゃあありませんか!!」
「ロトランダを継ぐのはエミールだからだ!!大恩あるセリオス兄上の忘れ形見の将来を守らねばならん!!もしリカルダを娶って見ろ、エミールの後継者の地位が揺らぐだろうが!!」
エレディンが覇気のある顔で言った。
エレディンが金に執着する理由、かたくなにリカルダを受け入れない理由、すべてはエミール少年のためである。
セリオスはエレディンの親代わりだったので思い入れが半端ではない。
だがそれで引くザルテン伯爵ではない。
エミールも大事だがエレディンも大事だ。
「まだそんなことおっしゃっているんですか!! 先代公爵様が後継者に決めたのはエレディン様、あなたです!!」
「それはエミールがまだ生まれていない時だろ!!! 正統な血筋を差し置いて俺が後継者になるのは間違っている!!」
「いえ、お生まれになった後も仰っていましたよ。奥様のイレーヌ様も大賛成でしたし。そもそも、お二人にとってエレディン様は我が子同然でしたからねえ」
ザルテン伯爵は懐かしむ。後ろに控えていたモーリスがうんうんと頷いた。
エレディンが公爵家に引き取られたのは十年前だ。
モンスターの襲来を受け、壊滅した村の生き残りがエレディンである。そして、救助隊を率いていたのが先代公爵セリオス、エレディンの従兄だった。高い魔力を持つ公爵は代々こうやって日々人々を助けに行っているのである。エレディンの代になってからはロトランダ騎士団の強化を図り、エレディンが出陣することはなく金儲けに専念している。
それはさておき、セリオスは敬愛する叔父の家族を長いこと探していたため、エレディンを見つけた時は泣いて喜んだ。
『ラディオス叔父様の忘れ形見!!!!やっと見つけたああ!!!今日から僕が家族だよ!!』
彼はエレディンを引き取り、我が子同然として育てたのだ。ちなみに妻のイレーヌも似たような人間なので大賛成したしエレディンを溺愛した。
「お二人に育ててもらったのは認めるが、公爵家を出奔した父ラデイオスと出自不明の踊り子の血をひく俺が公爵家をつぐわけにはいかんだろうが!!」
エレディンが反論した。
彼の黒髪と赤い瞳は旅芸人の一座にいた踊り子の母譲りである。ロトランダ公爵家の血統は金髪と碧眼なのだ。ファルディス侯爵家と同じである。
「先代公爵夫妻が認め、封臣家門がもろ手を挙げて大賛成しているので問題ございません!!」
ザルテン伯爵は満面の笑みで断言した。
ちなみにエレディンの母はロトランダ公爵家の家系図にしっかりと記名されている上にラディオスと共にロトランダ公爵家の廟で眠っている。「叔父様が愛した女性だからね」とセリオスがやった。
「く……!! だが!!毒蛇公爵と恐れられる俺がロトランダを率いるわけにはいかん!! エミールが正統な後継者として俺を追い出すべきだ!!」
これこそがエレディンが描いたシナリオだ。
極悪な毒蛇公爵に当主の座を乗っ取られた正統な後継者エミールがその座を奪い返し、社交界に華々しくデビューする。
エミールに苦労を掛けないだけの財力は貯え、毒蛇公爵の悪名をとどろかせた。
しかし……。
「正統な後継者はエレディン様ですってば!!!!」
「さようですさようです!!」
ザルテン伯爵、そしてモーリスが参戦しエレディンに負けない熱量で叫ぶ。
「この頑固爺どもめ!!」
「頑固は老人の特権です!! エレディン様はピッチピチの若者なんですから柔軟に!!思考をアップデートしましょう!!」
開き直った先々代からの忠臣は頑なに譲らない。
エレディンが睨みつけてもどこ吹く風、カエルの面にションベン状態だった。
両者一歩も譲らず、第一ラウンドは時間切れによる引き分けとなった。
■
翌朝、第二ラウンドが開催された。
ザルテン伯爵だけでなくほかの封臣家門の皆さんオールスターズがぞろぞろと入ってくる。
「多勢に無勢は卑怯だろ!!!」
「ロトランダ公爵家の一大事ですから関係者を召喚するのは当然ですな」
老獪なジジイどもは悪びれもなく言う。
そして頑固爺共は手段を択ばなかった。
「エレディン兄さま。あのね、僕のお願い聞いてくれる?」
金髪碧眼、白い肌と大きな目。敬愛する兄セリオスそっくりの美少年がザルテン伯爵の後ろからひょっこり顔を出しす。十歳の彼はまだほっぺたがふっくらして超かわいい。ザルテン伯爵家で猫かわいがりされているであろうことが伺える。
「エ、エミール……」
エレディンはエミールと直接会ったことはほとんどない。あくまで父親の座を奪った悪者でいたいから。
「僕ね。将来の夢はリーネと結婚することなの」
リーネとはザルテン伯爵の孫娘である。直系ただ一人の子供であり、彼女が生来ザルテン伯爵家を背負うのだ。まだ八歳だがな。
「……なん……だと?」
「だから僕はロトランダを継げないの。叔父様。僕の我が儘聞いてくれる?」
きゅるんと目をウルウルさせてエミールはおねだりする。内情を知らなければリーネが公爵夫人と伯爵家を兼任すればええやんと思うだろうが、家臣筆頭は公爵家の補佐をしているためただでさえ激務だ。
そのため、リーネと結婚するにはエミールが婿入りする必要がある。
「ぼく、リーネと一緒がいいの。ダメ?」
エレディンは色々と言いたいことがあったが、おねだりするエミールが超かわいかった。
「エミールはリーネが好きなのか……」
「うん大好き!!」
満面の笑みのエミールが超かわいくて大天使である。
「リーネと離れると思うと辛くてご飯も食べられないの」
「……」
エレディンはハッとする。
「それにね。胸が痛いよ」
エレディンは自分の胸を押さえた。
「あと、頭も痛くなるの」
エレディンは顳顬に手を当てる。
ちょうど、エレディンも似たような症状で苦しんでいる。そしてその名前は『恋煩い』だ。
そしてそれがとても辛いことなのはよく知っている。
エミールを当主にすることが恩返しと思っていたが、幸せじゃないのなら意味がない。
「……エミールにそんな辛い思いをさせることはできないな。わかった。お前の言う通りにしよう」
可愛さは最強である。
頑固なエレディンも可愛さの前に折れ、エレディンが言うとエミールは満面の笑みになって抱き着いた。
柔らかなエミールの金髪を撫でながら、
(こんな苦しい思いは俺一人で十分だ)
エレディンがそう悲劇の主人公に浸っていたところにファルディス侯爵家から例の手紙が来た。
あの三人が足りないアタマをフル回転させて考えたお手紙である。
エレディンの青白かった顔はみるみるうちに真っ赤になった。
「さ、さ……再借金するとは何を考えているんだあいつらは!!」
エレディンの怒声が城に響き渡った。
元気になったようで良かったと古だぬき連合は思うのである。
次の話で最終回です。




