19話 身代わり娘がやっぱり男前すぎる
ロトランダとファルディスの婚約解消……この事実を最後に知ったのは当事者のリカルダである。助けたご令嬢に引き留められ、ずるずると長期滞在になっていたせいだ。
「婚約解消……ですか」
「言っておきますが、我々は貴方のことが大好きです!!!!」
アデライドがツンをどっかにやった。
エレナとマルテの悪役令嬢ズや他の使用人たちは、寝込んでリカルダに会う事すらできない状態である。
「公爵様さまさえ承諾して下されば、すぐにでも次期当主……いや違います公爵夫人としてお仕えしたいくらいなのです!!!」
アデライドの脳が一瞬バグって変な方向に行ったがすぐに修正した。
なにしろ、お役目帰りのリカルダの凛々しさ気高さはマジモンの王子様だ。前よりもさらに麗しさに磨きがかかっている。
そしてリカルダは婚約解消の事実に、カンマ2秒、硬直した。しかし、超鈍感なのでショックを受けたことにも気づかず、すぐに立ち直った。ここらへんはファルディスの血筋らしい。
「そう言って貰えて嬉しいよ。私もここが本当に好きだ。いままで本当にありがとう」
リカルダの甘い声、優しい眼差し、あまりのかっこよさにアデライドは胸がキュウンとなる。
リカルダとの別離を嘆く使用人たちに反して騎士団集団は諦めが悪かった。
他領出身の団員がたくさんいるからである。実力さえあれば這い上がれるのがロトランダ騎士団なのだ。
「リカルダ!!俺はいつでもお前を待っているからな!!」
目が赤いヴォルフの言葉はまるで愛の告白だが、男同士の友情でしかない。男が男に惚れるう奴だ。元おんなたらしのエリオットも同じである。
「俺はお前以外を次期騎士団長と認めないから!!必ず戻ってきてくれ!!」
「リカルダ私からも頼む!!!というか今すぐ騎士団長やってみるか!!?」
団長ホフドンは譲る気満々である。
そして古だぬき連合も加わった。
「騎士団長ポストで不服でしたら行政官はいかがでしょう!!」
「なんならロトランダ領の伯爵の身分もおつけします!!」
「公爵様の説得なら我々にお任せを!!」
ずいぶんとあきらめの悪い連中である。
だが、リカルダは首を縦に振らなかった。
「皆の気持ちは嬉しいが、公爵様の命令に背く気はないんだ。支度が終わり次第すぐに発つよ。楽しい思い出をありがとう」
潔すぎるリカルダに誰もそれ以上言えなかった。
そして義理に篤いリカルダはエレディンに最後の挨拶をしに向かった。
「長いようであっという間でしたがとても楽しい生活でした。ありがとうございました」
「……律儀な奴だな。礼は不要だ。それにお前は巻き込まれただけなのだからな」
「それでも私は貴方に会えてよかったと思っている。どうか息災で」
領地を騎士として飛び回るなかでエレディンがどれほど領民を愛しているかを知った。名君と呼ばれるに値する男だ。
「……お前のおかげで領地は潤った。何か欲しいものはないか。褒美をくれてやる」
エレディンは不愛想なまま言った。
金の亡者と名高い毒蛇公爵が褒美をやる……モーリスは驚きすぎて二度見するが、二人はモーリスの戸惑いなどよそに会話を続ける。
「公爵様に私の実力をお認め頂いたようでうれしいですね。銅像でも建てて頂けますか」
私がロトランダに居た記念に。と冗談めかして言うリカルダにエレディンは何とも言えない顔になった。
「なんだ。お前は知らないのか。ロバース公園とリヴェンシー美術館に立派なものがある。それにミニチュア銅像が欲しいなら商店街に行けばすぐ手に入る。それでも足りないなら建ててやるが」
「……冗談のつもりだったんですが」
「俺も冗談だと言いたかったがな」
しばしお互い無言になった。
リカルダはくすりと笑うと手を差し出す。
「ロトランダ領の皆さんの力になれたようでなによりです。お世話になりました」
エレディンは思わずその手を握った。自分でも驚くが、それほどこの人物に心を許し、信頼していたようだ。
「感謝している。達者で暮らせよ」
がしっと握り合う手は友情のそれだ。
(ほんっとうに潔くて男らしいんだよな……。男だったら友誼を結んでいたのに)
とエレディンはしみじみ思うのだった。
なお、城下ではリカルダ様がいなくなるという噂で失恋休暇ならぬ婚約解消休暇を取る人々が絶えなかった。
「イヤアアア!! リカルダさまがいなくなるなんてイヤアア!!!」
ミニ肖像画を抱きながら絶叫する少女、
「嘘よー嘘だと言ってええ!!!!」
泣きわめいて布団から出てこないご婦人、
「リカルダ様がいなくなったらどうなるんじゃ……」
とミニチュア銅像を拝みながらほろほろと涙をこぼす年配者などなど、悲喜こもごもだった。




