2話 身代わりに来た娘が男前すぎる 後編
帝都からロトランダへ向かう花嫁行列……見た目はまるで遍歴騎士ご一行だが、心晴れやかなリカルダに対し、随行員たちは反対に暗い顔でお通夜状態だ。
こんな麗しくて凛々しくて最高に素敵な若をロトランダに渡さなければならないことが悔しくてしょうがない。
強面の騎士たちが男泣きに泣くのをリカルダが慰める。
「はははは。私を心配してくれてありがとう。だが、毒蛇と言っても相手は人間なんだろう? 腹を割って話せば案外いい奴かもしれないぞ」
リカルダは豪快に笑った。
傭兵団の中で最強の称号を持つリカルダに怖いものなどない。
むしろ、相手にとって不足なしと期待に満ちたリカルダである。
それに家族ができるのも嬉しい。
傭兵団の団員たちは仲間であったが、それぞれ帰る家と守る家族を持っていた。
『あいつらがいるから頑張れるんだ」
そう言いあう仲間たちをリカルダはいつも羨ましく思う。
「私にも帰る家、守る家族があればいい」
そんなリカルダに親戚からの手紙が届いたのだから大喜びで馳せ参じて今に至る。リカルダにとって欲しかった『帰る家』、そして『守る家族』、二つも同時に手に入れられてリカルダはとても幸せなのである。
■
一方、花嫁を待つロトランダでは悪名高い恐怖の公爵エレディンが白い顔を青くさせて頭を抱えていた。ちなみに、普段の彼は冷酷無比で感情を表に出すことはない完璧なポーカーフェイスである。
「まさか、ファルディス侯爵家の娘が本当に来るとはな……」
黒い髪、赤い瞳は噂通りだが、たった一つだけ違うことがある。それは彼の美貌だ。まるで絵画から抜け出たように凛々しく、美しい若者である
しかし、彼の凍てついた心を溶かせた人間は誰一人いない。
彼が信じるのは金、そしてこの領地だけだ。その領地を発展させるためならばどのような手段も厭わない。
冷酷な自分と娘との婚約をちらつかせれば、相手はどんなことをしても金を作ってくる。作れなかったとしても大切な事業や不動産を手放すのだ。
そのはずだったのだが、実際に嫁が来るのは想定外だ。
「いかがなさいますか公爵様」
一番長く仕える執事のモーリスが聞く。
「強面を集めて城に配置しろ。都の甘ったるい環境にいたご令嬢はすぐに逃げ出すだろう」
「しかし、逃げ出せない事情があればどうなさいます? 一族から疎まれて厄介払い代わりに送られてきた場合はここにしがみつくしかありません」
「ふん。侯爵令嬢ガルディアは溺愛されたご令嬢だ。身代わりでもない限り、そんなことは起こらんさ」
「もし、身代わりだった場合は?」
「契約不履行で商会だけでなく、領地も奪いつくせ」
彼の表情は変わらなかった。冷徹で冷酷、何の感情も持たない冷ややかさはまさしく蛇のようだった。
しかし、その変わらないはずの顔が花嫁ご登場で一変した。
「はじめまして。公爵閣下、私がリカルダです」
細身だが騎士顔負けの引き締まった体、夏の日差しがよく似合う健康的な肌色に精悍な顔立ち、ワイルドでありながら佇まいはエレガントの一言に尽きる。
「……ファルディス侯爵家の嫡男か?」
「いえまさか。公爵閣下に嫁ぎに来たリカルダと申します。これからよろしくお願いします」
「は?」
聞き返したエレディンは悪くない。その場に居た公爵家側の人間も似たり寄ったりだ。しかし、リカルダは彼らが驚いた理由を誤解した。
「ああ、失礼。作法は完ぺきにマスターしたのですが、どうも令嬢の言葉が使いこなせないのです。結婚式当日まではなんとか」
「いや、ちょっと待て!! お前はガルディア嬢ではないだろ!! 契約違反だ!!さっそく賠償金請求をする」
「待って下さい、公爵閣下。借金帳消しの条件は『ファルディス侯爵家の娘』ですよね?私は遠縁ですがファルディス侯爵家に連なる血筋、養子縁組も結んで親子の盃も固めました。違反ではありませんよ」
リカルダはそう言って微笑む。いちいち気障なしぐさでエレディンは苛立った。
「いや違反だ。『娘』だぞ『娘』だ。どう見ても違反しているだろうが!!」
「ん? ああ、言葉遣いのせいで誤解させましたか。私は女だ」
「嘘つけ―!!!!!!!」
クールと名高いエレディンは人生で一番大きな声で叫んだ。なお、この後専属医のチェックを受けて見事リカルダは女性であることがわかり、エレディンは渋々謝った。
こうしてエレディンとリカルダが一つ屋根の家……ではない城で過ごすことになったのである。