17話 身代わりに嫁がせた娘を助けるために 後編
ダリオンが愛に燃えているころ、エレディンはジルヴェスターの仕事ぶりに感心していた。
「さすが財務監査院、仕事が早いな」
エレディンは満足げに報告書を見た。
北の大地でもジルヴェスターの噂が轟いているのだ。ちなみにロトランダは税金免除なので高みの見物である。
「さて、ダリオンの息の根を徹底的に止めるぞ。商務省、自然資源省、貴族院、軍事監査部……動けるところは全て動いてダリオンの財産を奪い取れ!!」
エレディンの命令はすぐに担当者に伝えられた。
もちろん現場は混乱する。
「いきなりコレやれって……なんでだ?」
「しー!!あの毒蛇公爵が絡んでるんだ!最優先でやるぞ!!」
ぶるると怯えるもの、忙殺されるもの、走り回り役もの……多種多様だったが、そこは修羅場を潜り抜けてきた猛者たち、仕事はキッチリとこなした。
皆の頑張りのお陰でダリオンは違法な取引現場を治安維持部隊に現行犯逮捕されたのだが、ダリオンは往生際が悪かった。
「ち、違う!!これはただの、葉っぱ!! 超お高いリザレクション樹の葉っぱ!!」
ウソ発見器が鳴り響くがダリオンは認めない。
潔い悪役はカッコイイがダリオンはそういうタイプではなかった。
収監されても自分が捕まったことに納得いかないようで、
「私は無実だ!! きっと私を妬む何者かの仕業だ!!」
と自分のことを棚に上げて訴える。しかし取調役人も必死だ。
「すべて証拠が挙がっているんだ!!さっさと認めろ!!! 今日の夜まで調書を取らないと毒蛇公爵が乗り込んで来るんだぞ!!!!」
「ふん!!わざわざ毒蛇公爵が来るはずがないだろう!! ただの若造恐るに足らず!!」
ダリオンは笑った。
いくら公爵とはいえ北の田舎もんに超セレブでハイソな自分が追い詰められるわけない。ダリオンはそうタカをくくったのだ
その瞬間、取調室はまるで真冬のように寒くなった。ちなみにお役人は見越していたのかコートをすぐに羽織り、なんなら手袋と帽子まで装着し、いまからスキーにでも行く格好になった。
鼻水を垂らし、ブルブル震えているダリオンの目の前に現れたのは世にも美しいが恐ろしい青年だった。
「ほう。この俺もずいぶん甘く見られたものだな」
地を這う低い声、凍てついた眼差し。
美しいが同時恐ろしい赤い瞳……。
真っ黒な髪に白い肌、整っているが冷たい顔立ち……毒蛇の公爵がその場に居た。
エレディンは手を伸ばしてダリオンの紫の頭……ヅラを掴みあげた。紫のヅラはみるみるうちに凍り付き、紫のヅラの氷漬けができあがった。薔薇だったらロマンティックだったが、そこは仕方がない。
(ハゲててよかった……!!!)
ダリオンは自分の頭皮に感謝しながら腰を抜かしてへたり込む。
つるっぱげになったダリオンにエレディンの冷たい眼差しが刃のように突き刺さる。
「俺の顧客に手を出したらどうなるか分かったか? わかったならすべてを認めて財産をファルディスに渡せ」
エレディンの言葉にダリオンはコクコクと頷くしかない。
ダリオンはこんなに凶悪で恐ろしい魔力を知らない。
そもそもが魔力を持つ者は貴重なのだ。
そして思いだすのはロトランダ公爵の悪名の数々である。
紅の悪魔、北の魔王、恐怖の公爵ロトランダ……それらはけして伊達ではなかったのだ。
いやそもそも、毒蛇の森を支配下における時点で人間業ではない。ロトランダが特別である理由、そして公爵の恐ろしさを思い知ったのである。
「ヒエエエエエ!!!! 申し訳ございませんでしたああ!!!私がわるうございました!!! すべてわたくしがやりました!!何卒!!何卒 檻の中に居させてくださいませ!!」
エレディンが怖すぎてもはや刑務所が安全地帯だ。
ダリオンは米つきバッタのごとくペッタンペッタン謝り倒した。
「二度と俺の手を煩わせるなよ」
エレディンはそう言い残して消えた。
魔力のなせる業である。
エレディンの恐ろしさは社交界で噂になった。
「さすがロトランダ公爵……」
「くわばらくわばら、絶対に怒らせないようにしませんと」
と震え上がり、ロトランダに嫁いだファルディス侯爵家の美少女(妄想)を憐れむのだった。




