12話 身代わりに来た娘が最高すぎる 中編
夏になるとロトランダの封臣家門たちがロトランダ城に集結し、各領地の情報交換が行われる。
歴史ある調度品に囲まれた大きな会議堂、長いテーブルの一番端にエレディンが座り、ナイスミドルの臣下を見渡す。
「久しぶりだなお前たち。変わりないか」
威厳たっぷりの主人、しかし以前と変わったのは病的な美しさから健康的な美青年へと変わったことだ。劇的ビフォーアフターに皆が目を丸くする。
「エ、エレディン様もご健勝のご様子で……」
「まあな」
ちなみに本人はあまり自覚していないようである。
会議は順調に進んでいったのだが、家臣たちはある目的があった。それは、新進気鋭、勇猛果敢の超イケメン、リカルダを自分の娘婿にすることだった。彼に救われたことは数知れず、まさにスーパーヒーロ、天下無敵の英雄である。
優秀さもさながら、その凛々しい姿に娘や妻がノックアウトした。
『お父様!!絶対にリカルダ様と結婚させて下さいませ!!』
『そうよアナタ!! あんな素晴らしい娘婿、他に居ませんわ!!』
ナイスミドルたちはその使命を帯びてここに集結しているのだった。会議終盤、オルフェール子爵が先手を切った。
「エレディン様!!ロトランダ騎士団のリカルダ殿と我が娘の婚姻をお許しください!!」
他の家臣たちが一斉にブーイングを起す。
「抜け駆けはずるいぞオルフェール子爵!!」
「公爵様!! リカルダ殿をぜひ私の養子に!!」
「いえウチに!!」
いい年したナイスミドルがまるで特価セールで血眼になるマダムのように躍起になった。
家臣たち本人もあの立派な青年の虜である。凛々しく雄々しく逞しく、品行方正で文武の才の若者が後継者になればお家は安泰。楽隠居できる。
ハッピー老後ライフのプラチナチケット、絶対に手に入れてやると拳に力を入れる。
「お前たち!! 俺の前で舌戦とはいい度胸だ!!」
「「「も、申し訳ございませんっ!!」」」
「まったく……。そもそもアイツは俺の婚約者だ。前回の定例会でファルディス侯爵家の娘を迎えると宣言しただろう」
エレディンの言葉にその場は静かになった。
「前回の」
「定例会」
「でございますか」
ダンディおじさまたちが仲良く言葉を繋げ、ゆっくりとその時のことを思いだした。
ファルディス家から追加融資の依頼が舞い込んだ時のことである。前回に貸したお金はまだ返って来ず、利子の返済もままならない。
『侯爵は娘を溺愛していると聞く。俺との結婚をちらつかせればファーテル商会を奪えるだろう。伸びしろのある事業だ。ロトランダのためになる』
まさに極悪、血の通わぬ毒蛇公爵らしい物言いである。
『ファルディス侯爵家は社交界で有名ですからな。その影響力は計り知れません。返済が滞っている他の家も死に物狂いで返済しようとするでしょう』
『万が一、来たとしてもロトランダの過酷さを知ればすぐに逃げ出すでしょうし、そうでないなら追い出すまですからな』
満場一致で賛成した。
以上、これが回想である。
それを思いだした家臣たちは大騒ぎだ。
「た、たしかにファルディス家から婚約者を迎えましたけれど!!ファルディス侯爵の娘といえば社交界の華ガルディア嬢でございますよね!!」
「リカルダ殿もそりゃあ社交界の華になれるでしょうがどっちかというと英雄ですぞ!!なんならおとぎ話の王子様!!」
「そもそもファルディス侯爵が愛娘を送り出すはずございませんっ!!偽物です偽物!!」
『借金のカタに娘嫁入り』と『伝説の英雄なみに凛々しい美青年』がつながらず、ダンディおじさまたちはパニックになった。
エレディンは
(まあ混乱するよな)
と若干、彼らに同情した。
リカルダの活躍は目覚ましく、その武勇は領土全般に広がっている。さらに言うと騎士団隊舎にファンレターが大量に送られているらしい。
騎士団長ホフドンがリカルダの素性を隠したのもわかる。当主たちでさえこのありさまなのだから、民草の動揺ははかりしれない。
「……お前たちが理解できないのもわかる。騎士団隊舎で本人に聞いて来い」
エレディンはそう言って家臣たちを騎士団隊舎へ追い立てた。
半信半疑のダンディおじさまたちはそこで凛々しく雄々しく超絶ハイスペックなイケメンと会った。騎士団の一員として会ったことはあるが個人としてでは初めてである。
銀色の輝く甲冑姿の美青年は惚れ惚れする男っぷりだ。
『いやはや間近で見ればまさに光かがやく光る君』
『三国一の色男とはまさに彼のこと』
『なんとしての我が婿に!!』
目がギラつくおじさんオールスターズであるが、リカルダは臆することもない。
彼らの来訪を快く迎え、絶品のお茶(迷宮で取れるSランク品)を振る舞った。
世間話に花を咲かせ、すっかりリラックスしたおじさんズ。
ザルテン伯爵がついうっかり口を滑らした。
「いやはや本当にリカルダ殿は素晴らしい御仁だ。その気品……もしかしてどこぞの王子様ですかな?」
「そんな。私が王子様など恐れ多いです。そういえば、自己紹介がまだでしたね。ファルディス侯爵家の二女、リカルダ・ファルディスと申します」
にこっとリカルダは答え、ダンディおじさまたちは硬直する。
無惨にもおじさんたちのハッピー老後ライフの夢が砕かれた。しょんぼりする姿は物悲しく、リカルダはなにか悪いことでも言ってしまったのかとオロオロした。
「こちら、元気が出るお茶です。よろしければお持ちください」
お土産にお茶の葉(S級迷宮の品)を渡した。
おじさんたちはリカルダの優しさに感激して帰路につく。
「いやはや、なんて素晴らしいお方だ!!」
「さようさよう。公爵様の伴侶になって下さるのならロトランダはさらに栄えるぞ」
「それなら妻や娘にも顔向けができる。我らが争う必要がなくなってよかった良かった」
「……いや、ちょとまて。そもそもの計画だと婚約破棄に持ち込んで追い出すのでは?」
おじさんたちはサァっと血の気が引いた。自分たちで計画したことだが、リカルダ不在のロトランダを想像して絶望するのだった。