番外編 騎士団とリカルダ 前編
テンションを変えてちょっとシリアス風味。
番外編なので飛ばして読んでも話は通ります。
リカルダの活躍メイン。エレディンは蚊帳の外。
ロトランダ騎士団、第三部隊長ヴォルフ。濃い赤の短い髪、彫の深い顔立ちと真っ黒な目、黙っていれば野性味あふれた美形である。だが性格は粗暴で騎士らしい礼節など皆無だ。
ヴォルフが信じるのは騎士団長と剣の二つだけだ。エレディンでさえホフドンが主君と仰いでいるから形だけ敬っているにしかすぎない。
そんな彼は女が嫌いだった。
やかましい上にすぐに泣く。一方的にのぼせ上ってはヴォルフにその気がないと分かると恥をかかせたと糾弾する。
「団長。俺に女の世話をしろっていうんですか」
「まあそう言うな。エリオットがご令嬢を追い出すなどできないと言ってきた。公爵様の意向はリカルダ嬢が自らこの屋敷を出ていくことだから、お前が適任だと思ったまでだ」
「追い出せばいいんスよね。でも俺のやり方は荒っぽいっすよ。ご令嬢に対して紳士らしく振舞えっていうのは無理だ」
「わかっている」
「それなら……わかりました。」
「ああ、くれぐれも怪我をさせないように」
ホフドンは念を押す。ヴォルフは無言で返した。
(ッチ。めんどくせぇ)
■
ヴォルフが支配する第三部隊は荒くれものの集団で知られている。ほとんどが平民出身で礼儀作法も最低限しか知らない。しかし、その攻撃力はロトランダ騎士団において最強だった。
「おい、知ってるか。俺たちのところに貴族の娘が来るらしい」
「貴族の娘ぇ? なんだってよりによってウチに来るんだよ」
「理由はよくわからんが、聞きかじった話だと結婚がどうだたらとかラースの奴が言ってたぞ」
その言葉で周囲は納得したような顔になる。
「ははーん。どこぞのご令嬢がウチの隊長に惚れたんだな」
「大の女嫌いとも知らずにねぇ。しかも権力で傍に近づこうってんだから性根が悪いったらありゃしねえ」
「ま、俺たちの訓練風景を見りゃあすぐに逃げ帰るさ。むしろその場で失神するかもな」
彼らは笑いながら言った。ここは彼らの聖地だ。浮かれた気分で安易に立ち入って欲しくない。そんな彼らの気持ちがリカルダに対する敵意となった。
まともな貴族のご令嬢なら彼らの言葉通りになっていただろう。しかし、やってきたのは騎士姿のリカルダだった。勇ましい甲冑姿の若い美形の騎士となったリカルダを誰も『ご令嬢』だとは思わなかった。
(細いがいい体幹だ。そうとう鍛えてやがる)
(どこぞのお坊ちゃんに見えるが俺の目はごまかせねえ。冒険者か傭兵だな!)
達人は達人を見分けると言うが、彼らはリカルダの本質を見極めた。そして大体合っている。
そのうちの一人がリカルダに手合わせを願い出た。強い奴がいれば戦いたくなるのが武人の性というものだ。好戦的なガードンが鼻息荒く言った。
「俺は強い奴が大好きだ!! 腕試しといこうじゃないか。こっから好きな剣を選べ」
「受けて立ちましょう」
リカルダは剣立てから一本剣を取って構えた。そして試合開始と共にガードンは土に沈む。
「す、すげえ!! 剣を抜く瞬間が見えなかったぞ!!」
「あ。あれはもしかして東方由来の剣捌きじゃねえか? 噂には聞いていたが実物は初めて見た!!」
リカルダの華麗な剣技に周囲は声を上げ、我こそはと次々と名乗りを上げていった。彼らは武闘オタクだった。
リカルダが繰り出す技に次々と歓声が上がる。
「おお!! 蹴りからの肘鉄!! あいつは剣じゃなくて格闘技にも精通してやがるのか!!」
「あれはジャーゴン地方に伝わる武術の型だ。蝶のように舞い蜂のように急所を突く。この目で見れるとはな……」
武闘オタクたちが目を輝かせ、自分の知識を披露する。
そして挑戦者たちのすべてに勝利したリカルダは大歓声と万雷の拍手で仲間と認められたのだった。
部下たちがハッスルしている一方、ヴォルフは隊舎の門前で『ご令嬢』を待っていた。彼の頭の中でご令嬢というものはゴテゴテ飾り立てた馬車に乗り、一人じゃ降りられない傲慢でヒステリックな存在なのだ。
女と関わるのは嫌だが団長の命令の手前、彼はご令嬢をエスコートする気でいたのである。
「遅せぇ……」
お支度とやらに時間がかかっているのだろうか。ヴォルフは若干いらいらし始めた。
そしてついには日が暮れた。
ヴォルフの顔は怒りに染まり、通りかかった雑用係が失神するほどまでだった。
「くそっ!! これだからご令嬢ってのはイヤなんだ!!!! どうせ、オレんとこに来ると知って怖気づいたにきまってる」
ヴォルフはがしっと頭をぐしゃぐしゃにかきむしった。来ないなら連絡くらい寄こせ!!そうヴォルフは憤る。ヴォルフ個人に心を寄せたご令嬢も、第三部隊の仲間を見て『汚らわしい』と侮辱したことがある。大方、第三部隊のほとんどが平民ということが嫌になったのだろう。
「胸糞わりぃが……一応は任務達成ってことか」
意図せず追い出すことに成功したが、ヴォルフの心は苛立ちだけが残った。二度足を踏ませた上に仲間をコケにした女……ヴォルフはファルディスのご令嬢に嫌悪感がいっぱいだった。ちなみに、当のリカルダは隊員たちから歓迎会を開いてもらい、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを楽しんでいる。
「さあ飲め飲め。ここまで強い奴が入ってきてくれて嬉しいったらありゃしねえ」
スキンヘッドのバリバが上機嫌で酒を注ぐ。リカルダはその前もたくさん酒を注がれたが、すべて飲み干していた。傭兵時代に鍛えられた結果である。
「私もこんな気のいい仲間と巡り会えて嬉しいよ。久々のバイカ酒に傭兵時代を思い出した」
バイカ酒は傭兵や農夫が飲む強い酒だ。すぐに酔えるし体が熱くなる。そして酒が残らないのが特徴である。ただ、刺激的で辛いので貴族には好まれなかった。
「へへ、俺たちもバイカ酒で育ってきたからな。公爵様に仕えていい酒も飲めるようになったが、これがなくちゃ始まらねえよ」
「ああそうだな!! 新入りと俺たちのバイカ酒に乾杯だ!!」
「おおー!!」
ヴォルフを除き、リカルダと第三大部隊の絆は深まったのだった。