前世の記憶
「じゃあな、蓮」
「おう、また明日」
明るく無難に挨拶を返し、俺は帰途に着く。
高校生活が始まって一年が経つが、正直言って監獄に入れられているような気分だ。
うちの校風は割と自由なのだが、平日は勉強と部活、休日は課題とテスト勉強、あるいは友達との外出に拘束される。
それでいて給料は出ない。まさに懲役刑でしかない。
常に空気を読まないといけないので、精神的にも疲弊する。社会人経験はないが、ブラック企業の方がまだマシなのではないかとまで思っている。
そんなことを考えながら歩いていると、違和感を覚えた。
猛スピードでトラックが迫ってきている。しかも動きがおかしい。そのまま中央分離帯を突き破り、斜めに走行し続けている。この動き、飲酒運転か?
向かう先には何も気づいていない女子生徒。
このままではまずい。
俺はすかさず走り出し、女子生徒を突き飛ばした。これで自分も逃げ出せれば御の字なのだが、そうもいかなかった。
俺にトラックの車体がぶつかる。身体は木っ端微塵に破裂するだろう。
そう思っていた。
「あれ? 止められてる?」
俺は気付くと、片腕でトラックを止めていた。あり得ない。こんなふざけた膂力、持っているはずがない。腕の骨がきしみ、筋肉は裂けていく。だが、どうにかトラックの軌道をずらすことに成功した。そして、無人の場所で停車する。
「どうなって……」
ここは轢かれて死んで異世界転生する流れだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
すると次の瞬間、あるはずのない記憶が流れ込んできた。
母ダナエーとの思い出、ゴルゴン三姉妹との戦い、ポリュデクテースへの誅罰、そして何より愛する妻、アンドロメダの顔が鮮明に蘇った。
波乱に満ちた生涯だった。少なくとも、さっきまでのような矮小な悩みなど抱えたことはなかった。
そうか。俺は雷神ゼウスの子。ペルセウスだ。なぜ忘れていた?