禁じられた魔法
「虫になれ!」
ルイスは杖をかざして魔法を放った。紫の炎がうねり、標的へ向かう。
どれだけ馬鹿にされても泣かなかったテオの顔が、やっと恐怖に歪んで、ルイスは胸がすく思いがした。ざまあみろ。
その顔も炎に包まれ見えなくなる。
取り巻きたちが「すっげぇ!」と歓声をあげる。炎が収まった後、地面に一匹の小さな小さな青虫が現れた。
「うわぁ、本当に虫になってる!」
「ルイス、すごいね!」
「これで生意気な口も聞けなくなるね」
貶す声に同意し、賞賛の声に気持ちをよくして、ルイスは満足した。
こいつも僕の力を思い知ったはずだ。巨大になった僕達の姿はさぞかし怖いだろう。
小さな虫は、戸惑うようにうねうねと動く。
ああ、本当に気持ち悪い。ルイスはあざ笑った。
ルイスの父は遠い王都で高い地位にあり、屋敷も町一番の広さだった。ルイスには誰も逆らわない。
しかし最近町に越してきたテオは違った。
正義を振りかざし、ルイスに何かと食ってかかる。
「ルイス、先生の話を聞こう」
「貧乏を笑うな」
「そんなお菓子欲しくない、物で釣るのをやめたらどうだ」
生意気で嫌な奴だった。少しこらしめてやろうと思った。それで今日、学校から盗んだ禁書にあった魔法を使ったのだ。
この後が楽しみだった。あのテオがとうとう服従する。「もう二度と虫にしないでください」と頼んでくるに違いない。
そろそろ戻してやるかと杖を振る。
「戻れ!」
今度は銀色の光が放たれる。
しかし虫に変化はなかった。
二度三度と杖を振る。間違ってはいないはずなのに、どうして戻らないんだ。
取り巻き達がさすがに心配そうに、虫とルイスを交互に見る。
やがてルイスは肩をすくめた。
「難しい魔法だから、解けるのにも時間がかかるんだろ。一、二時間もすれば元通りさ。
さあ、あっちの丘で遊ぼう。誰が早く着くか競争だ!
一等の子にはお菓子をあげるよ」
テオを気にしていた子たちも、ルイスがポケットから珍しいお菓子を出すと釘付けになった。一人が駆け出すと、皆が続く。
遊んでいるうちに日が暮れて、召使いが迎えにきた。
ルイスはそれきりテオのことを忘れてしまった。
翌日、ルイスは爽やかな気分で目を覚ました。
今日は彼の父が屋敷に戻ってくる日だった。
起きてすぐ母の部屋をのぞく。すやすやと眠る顔色は昨日より良さそうだ。やはりお母様のご病気にはこの土地の空気がいいみたい。
僕だけでも王都に行けないかお父様に聞いてみよう。大きな学校に入るんだ。
だが、明るい気分は父が帰ってくるまでだった。
「ルイス!」
屋敷に父の声が響いた。
「はい!」と返事をしたものの、ルイスはためらった。今のは再会を喜んでいるというよりも、腹を立てている声だった。
ルイスの父は広間にいた。
表情は硬く、眉間にはしわが寄っていた。
「私が町に着いてすぐ、夫婦が助けを求めてきた」
なんのことだろうと思った。
「彼らは、お前が息子を虫に変えたと言っている」
ルイスは固まり、ついで体がかあっと熱くなった。昨日遊んだ誰かがばらしたのだろう。余計なことを。
「魔法の痕跡も調べた。
だがお前の口から聞きたい。
やったのはお前で間違いないのだな」
召使いたちがこちらをうかがっている。怒られている姿は見られて気持ちのいいものではない。
「……はい。
でも、あいつが悪いんです。僕のやることにいっつも口を出してきて」
「なぜ禁書の魔法を使った!」
父の迫力に口をつぐむ。
「どうして禁じられているのかわからないのか」
ルイスは考えるふりをした。早くこの時間が終わればいいのに。父はため息をついた。
「……解くのが難しい魔法は、人を生きながらにして殺すからだ」
何を言われているかわからなかった。
「お前ももう十四、いい加減分別がつく頃だ。少し頭を働かせれば取り返しのつかないことになるとわかっただろうに」
下を向いた。楽しい気持ちが台無しだった。黒い感情の先はテオに向かった。
あいつが悪いんだ。
あいつが生意気だから。
僕より地位も魔力もない。
あんなやつに、何をしたっていいじゃないか。
「ルイス、私はお前を愛している」
唐突な言葉に顔を上げると、父は複雑な表情をしていた。
「だからこそ厳しい対応をする。
──支度をしなさい。お前はこの屋敷を出るのだ」
それは、夢見ていた明るい旅立ちではなく。
死を宣告するような物言いだった。