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8-2.羊飼いの青年

 その日の夕食で、オーギュストは初めてエリザベスとシャーロットの父親に出会った。

 グラハム夫人の言う通り、のんびりした性格をしてそうな赤毛の男性で、老眼なのか眼鏡をかけていた。


「さ、どうぞ召し上がって」

 オーギュストが父親に簡単な自己紹介をした後、一応、女主人として彼女たちの母親は彼に声をかけた。

 しかし、その声はどこか冷たい。

 スープや前菜などが運ばれてくるが、話すのはシャーロットかエリザベス、時折父親くらいで、母親は一言も話さなかった。


 ちなみに、今日のメインは鱒料理だった。

 皿にはハーブのかかったコロコロとした小さく丸いジャガイモと、しっかりとゆでてあるニンジンとインゲンが添えられている。


「ほぉ~、今日は鱒か。君、釣りは好きかね?」

 ずっと無言で何も話さない母親の代わりに、父親の方がオーギュストに声をかけた。

「趣味というほどではないですが、家の近くの川で何度かはあります」

「そうか。そうか。ところで君は、アイザック・ウォルトンの本を読んだことはあるかい?」


 父親は鱒と言えばあの本だねと言って、釣りをするような動作をしてみせた。

「ええ。でも、フランス語版だったので、原文は読んだ事はなくて」

「翻訳していると微妙にニュアンスが変わりそうだし、やはりあれは原文のまま味わってほしいな。私の部屋に一冊あるから、後で貸してあげよう。ところで、君は育ちは新大陸の方と聞いてはいるが、そちらだって訛りがあるだろうに、随分と都会風の言葉を話すね」


 父親は、オーギュストの話し方がロンドンにいる上流階級の人間が話しているものに近いことに、若干驚いているようだった。

 以前、彼は新大陸出身だという人間に会った事があるのだが、その時はもっと訛りが強かったのだ。

「ああそれは……僕に英語を教えてくれた人が、もともとロンドンの出身で言語に関する研究をしている方だったんです」

「英語を教えていた? ん?」

 どういう意味だろうと、シャーロットは首を傾げている。


「実は僕、あちらではずっとフランス語の方をメインで話していたんだ。もともとはフランスからの移住者だったから。だから、本当はフランス語の方が得意なんだよ。最初の方は癖が抜けなくて、よく先生に怒られていたなぁ」

 その時のことを思い出して、ふふっとオーギュストは笑った。


「えー、そうだったの! 自然に話しているから、全然気が付かなかったわ!」

 とシャーロットは目をまん丸くして驚き、じゃあ何かフランス語で話してみてと言っている。

 父親の方も、私も少し齧ったことがあるから聞いてみたいと言っている。


「わかった。じゃあ、言うよ。"シャーロット、君のお皿に乗ったジャガイモの方が、君の父上や僕のよりずっと多い。君は食いしん坊なの?"」

 それを聞いて、意味の分かった父親ははっはっはと大笑いし、シャーロットとエリザベスは、どうして笑ってるの? どういう意味? と父親に興味津々で尋ねた。



 一方、そんな楽しそうな雰囲気とは対照的に


 ……ふんっ、気取っちゃって変な子……


 母親の方は、面白くなさそうに鱒にナイフを入れて静かに食べていた。


 エドガーさんの友人でなかったら、この家には絶対入れる事はなかったのに。

 全く、シャーロットもエリザベスも付き合う人間をよく考えて欲しいものだわ。変なことに感化されないと良いけど。

 それにこの話をちゃんと断らず、娘の意見に流された夫も夫だ。

 何が釣りだ。いつも面倒な事はこちらに押し付ける癖に、すぐ友達が待ってるからと釣りに出かけてしまうし。

 そう彼女は心の中で呟きながら、早くオーギュストが居なくなるよう願っていた。

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