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7.エドガーの妙案

 二人がお茶会の"成果"をグラハム夫人に報告出来たのは夕食の時だった。

「そうなの、お礼は一応出来て良かったわね。でも、オーギュストはこの後はどうするつもり?」

 ゆったりとした優しい口調でグラハム夫人は聞く。

「はい。正直、今後は僕もどうしようかと思っていて。今回はシャーロットさんとエドガーのお茶会に僕は付き添いとして言ったので、余りエリザベスさん自身の事は聞けなかったんですよね……それに途中、ちょっと変な人がやってきたので」

 

 変な人?

 グラハム夫人は誰かしら? と首を傾げる。

「マコーリーとかいう人ですよ」

 オーギュストの代わりにエドガーが答えた。


 いい歳してるのに、自分よりふた周り若い、いや娘がいたらきっと同じくらいの年の……そんな年齢の女性に交際を申し込むなんて相当ですよ。

 しかも見た目も気味が悪いと彼は付け加えた。


「あぁ、あの方ね」

 コホンと軽く咳払いして、グラハム夫人は私も聞いたことがあるわと言った。

「袖にされているというのに、何度もエリザベス目当てにあちらに行ってるとか。あの奥様からも嫌がられているそうなのに、懲りないから凄いわよねぇ。まあ、見た目はあんなでも、ご挨拶もちゃんとしてくれるし、この地域に寄付もなさってるから、そんな乱暴な事はしないでしょう。引き下がったのなら心配ないと思うわ」

 安心しなさいと言うように、グラハム夫人はオーギュストに向かって微笑んだ。


「ああ、でも、そうそう」

 ナプキンで口を拭いながら、何かを思い出したようにエドガーが言う。

「エリザベスさん、昔何かあったんですか? 僕もあそこまで美人なら、普通はもっと縁談が殺到してもおかしくないと思ったんですが、シャーロットに聞いてみても教えてくれなくて」


 うーん、そうねぇ……と、グラハム夫人も何か考え込んでいる。

「私も詳しい話はわからないけれど、たしか……彼女、二十歳前ぐらいのときに婚約してたのが破断になったのよ」

 婚約破棄か。なるほど! 

 と大きな声を出しながらエドガーは納得した。

 対照的に、オーギュストの方は、そうなんですか……と小さく言った。


「ええ。そうそう。思い出したわ。相手側の都合だったんじゃないかしら。それで彼女、一年くらい家から出れない状態になってしまってねぇ。それから外出できるまでは回復できたみたいだけれど、パーティとか華やかな場所には全然出てこなくなったみたいなのよ。好奇の目で見られるのが嫌だったんでしょうね」

 確かに、思い出してみれば夫人会のパーティにも来ていなかった。

 若い独身女性が多い中、年齢的にもああいったパーティに参加するのは気後れするのだろう。


「ちなみに、破棄された理由はご存知なんですか? もしかして、母親が僕にグイグイ来たのもそのせいなのかなぁ」

 踏み込んだ事をエドガーが聞く。

「さあ、そこまではねぇ。でも、エリザベスについては悪い噂は全然聞かないかないし、相当ショックだったみたいだから、かなり一方的な都合だったんでしょうね。お母様は……ふふっ、ちょっと頑張りすぎていると言うか。あそこの家も地主とはいえ、かなり羽振りがいいかといえば……ご主人ものんびりとした方だから」


 確かに夫人の言う通り、彼女たちの家は質素といえば質素だし、ティールームは手入れが行き届いていたが、客人ではなく家族だけしか通らないような廊下などは、ところどころ手入れされていない部分があった。

 それに、彼女たちの服装もシャーロットはともかく、母親やエリザベスは少し流行遅れの服を着ているようだった。


 話は戻るけどと前置きして、夫人はオーギュストの方を見つめた。

「まぁ、一方的に言っても、さすがに今はその人のことは吹っ切れているとは思うわよ。私なら、酷い事をしてきた人に対しては思い出したくもないって思うもの。むしろ、不幸になってればいいのにって思ってるくらいかもしれないわね」

 見かけに寄らず怖いことを言う夫人に、飲んでいたワインをエドガーは吹き出しそうになった。


「ゴホン、ゴホン……夫人、言いますね〜」

「あら、そう言うエドガーは、今まで何人の女性を泣かせたのかしら?」

 えーと、あれは、マリア、ジュリア、アメリア、アンドレア……ってそんなわけないでしょう!

 と指を折りながら返すエドガーに、みな大笑いをした。


◆◆◆


 夕食が済んだあとは、自由時間だったのでオーギュストは入浴を済ませた後、寝巻きに着替えて、いつもより時間が早いが、ふかふかしたベッドの中へと飛び込んだ。


 ……婚約破棄か。あの人も苦労したんだな……


 彼はそう思いながら、ボーッと天井を見つめた。

 

 それにしても、夫人は相手のことなどすっかり忘れていると言ったが、本当にそうだろうか? と彼は疑問に思った。

 実はオーギュスト自身も、一度、婚約まではしていないが、唯一相思相愛となった相手を無理やり別の相手に取られたのだ。

 しかも、両家公認で既成事実を作らせるという最悪な方法で。

 あの時の、ごめんなさい、ごめんなさいと泣いて謝る彼女の姿を彼は久しぶりに思いだした。


 その後、精神的に不安定となった身重の彼女は"夫"と共にどこか遠い場所に越して行ったそうで、その後のことは全くわからないのだが。


 彼女は今、元気に暮らしているのだろうか? そして、あの時はこの世の終わりかと思うくらい落ち込んだのに、なぜ今はこんなにもエリザベスに心惹かれてしまっているのだろうか。

 自分がよくわからない……そう思いながら、オーギュストは眠りについた。


◆◆◆


 翌朝。

 ドンドン!ドンドン! と誰かがオーギュストの寝室のドアを激しく叩く。


 眠い目を擦りながらゆっくりと起き上がり、どうぞと寝ぼけながら言うと、妙にテンションの高いエドガーが入ってきた。

「おはよう、オーギュスト君!」

 彼はそう言うと、ベッドの足元の方にドサッと腰掛け、良いことを思いついたんだと言った。


「良いこと?」

 オーギュストはあくびをしながら、また目を擦っている。

「ああ。昨日、妙に眠れなくて、それで羊の数を数えてたんだ」

「それで? 一万回数えても眠れなかったって?」

「いやいや、そうじゃない。それでふと、僕の家の伝統儀式の事を思い出したんだ」

「伝統儀式?」

 なんだそれはとオーギュストは首をかしげた。


 なんでも、サマーフィールド家は15歳の夏に、遠縁の親族が経営している牧場に預けられて、さまざまなことに従事する。

 それが伝統儀式だと、首を傾げるオーギュストにエドガーは説明した。

「それが僕に何か関係あるの?」

「ああ。それでその時に言われたんだけど、最近はみんな賃金がいいからと工場の方に働きに出てしまって、なかなかそう言った仕事の方に来てくれる人がいないらしいんだ」

「だから?」

 まだ理解できないと言うように、オーギュストは頭をぶんぶんと振った。


「つまり……だ。今から僕が考えた事を君にやってもらえれば、君は合理的にエリザベスさんのそばにいられるんだ。やっぱり恋愛は距離を詰めないと進展しないし」

 そう言って、エドガーは大胆な作戦をオーギュストの耳元で囁いた。

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