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6.招かれざる客

 エリザベス達の元に、息をはぁはぁとさせながら女中が走りながらやってきた。

「そんなに慌ててきてどうしたの? 何があったの?」

 エリザベスは心配そうな表情を浮かべた。


「お嬢様ぁ! し、至急、家にお戻りください。マコーリー様がいらっしゃったんです」

「それならいつものように、私は外出してることにすればいいじゃない」

 それが……と女中は言って、視線を遠くの方へ投げると、まるでこっちを見てほしいとでもいっているように、遠くで帽子をぶんぶんと振っている人物がいる事を彼女に示した。


 その人物を見たエリザベスは、あぁ、しまった、見つかってしまった、とでもいうように片手で額を押さえて首を振った。

「……いいわ。今日は別のお客様がいらしているから相手はできないと直接お伝えするから。ごめんなさい、オーギュストさん。すぐに戻りますから」

 そう言って、エリザベスは家のほうへ戻って行ってしまった。


 すると、その様子を見ていたシャーリーとエドガーが、どうしたのかとオーギュストの方へすぐ駆け寄ってきた。

「マコーリーという人が来たらしい」

 オーギュストがその名前を出すと、嫌だ、あの人が来たの?! と、シャーロットは眉間にしわを寄せて、本当に嫌そうな顔をした。


「ねえ様が心配よ。二人とも一緒に来てくれないかしら?」

 シャーロットは急いで二人にも家に戻るよう、お願いをした。


◆◆◆


「マコーリーさん、突然どうなさったの? ご連絡もなく急にいらっしゃるなんて。今日は主人もおりませんのに……」

 エリザベスが戻るよりも前に、母親のほうが先に”マコーリー”と呼ばれる人の対応を行っていた。


 言葉の節々にトゲがあるように、彼女も迷惑に思っているようだ。

「連絡も無く来てしまい、申し訳ありませんマダム。でも、今日はお嬢様がいらっしゃるようでよかった」

 マコーリー氏は、細い目の目じりを下げてニヤリと笑った。


 実はこの男、家業でこの辺り一体を仕切っている倉庫業の幹部で、もともとはロンドンの本部にいたようなのだが、5、6年ほど前にこちらの方へ赴任してきたのだ。

 外見的には細いたれ目に広い鼻が特徴的で、年齢はエリザベスの父と大して変わらず五十はとうに超えていた。

 髪の毛は年の割にしてはフサフサとしているのだが、それを自分は若いと勘違いさせるのか、髪形も若者がするような形にしている。


 そして何より、若ぶりたくてシミを消すためなのか、青髭を隠すのに使っているのかは不明だが、舞台役者でもあるまいのに普段からドーランを塗っているのが、彼をより一層不気味に見せていた。

 つまり十中八九、女が生理的に受け付けないと分類する男なのである。

 お金持ちに目がないエリザベスの母親ですら、この男とは余り関わりたくないと思っているほどだ。

 

 だが、なぜこんな男がエリザベスの元にやってきているのか。

 実は、彼もとあるパーティでエリザベスを見て、一目惚れをしてしまったらしい。そのため、彼女の気をひこうと何度も家にやって来ているのだ。


「ところでマダム。今日はこちらを持ってきたのですが……」

 彼は従者の青年に合図すると、従者は腰を低くしながら四角いケースをパカっと開けた。

 中にはなんと、たくさんの真珠と宝石をあしらった見事な首飾りが納められた。


「こっ、これは?」

 母親が裏返った声をあげる。

 マコーリー氏はいつもエリザベスに贈り物と言って、何かしら高価なものを持ってくるのだが、今回はその比ではなかった。

 しかし、これはさすがに高価すぎて受け取れない、と母親はいつも以上に首を横に振ったが、マコーリー氏の方もそう言わずにとがんと譲らなかった。


「マコーリーさん。お久しぶりですね。今日はどんな用事でいらっしゃったのでしょうか? あいにく、今日はお客様がいらしているのでお相手はできないのですけれど……」

 母親とマコーリー氏が贈り物の押し問答している後ろから、エリザベスが声をかけた。

 すると、マコーリー氏は母親を避けるように首を出して

「おお、やはり失礼ながら、突然訪ねてみてよかった。その麗しい姿を見れて私は光栄ですよ、エリザベス嬢。実は……今日はあなたに正式に結婚を前提とした交際を申し込みに来ました。この首飾りはそのためのご挨拶です。あなたのその白い肌にあうと思って、一段と美しいものを選びました。ああ、私があなたの首に直接かけて差し上げたい……」


 その言葉に、エリザベスと母親は作り笑顔すらできなくなってしまうほど、背筋の裏にぞくっとしたものを感じた。

 今までマコーリー氏は家には来たものの、せいぜい、お茶かデートの申し込み程度だった。

 もちろん、エリザベスには全くその気がなかったので、デートはもちろんお茶ですら一度もした事はないのだが。


「す、すみません、いきなり話が飛躍しすぎていて……そんな急に結婚を前提と言われましても」

 狼狽えるエリザベスに、母親も、そうですよ主人もおりませんし、あまりにも不躾ではありませんか? と不快感をあらわにした声を上げた。

「お二人が不快に思ったら申し訳ありません。ですが、実は私の兄が先日亡くなってしまい、ロンドン本部の方へ戻らなくなければなったのです。戻ってしまえば、こちらへ来る機会がもうありません。ですから、その前にエリザベス嬢に結婚の申し込みを……」


「申し訳ありませんけど、すでに先約がありますの!」

 つらつらとマコーリー氏が理由を述べているところを割るようにして、突然彼の言葉を遮るものが現れた。

「だから、いくら申し込んだとしても、お受けすることはできませんわ!」

 家の裏口から入ってきたシャーロットがそう叫んだのだ。


「マコーリーさん。悪いけれど、ほらっ! 姉には新しい恋人ができましたの。今日はちょうどダブルデートを楽しんでいたところなんですのよ。ほほほ……」

 そう言ってシャーロットは”新しい恋人である”オーギュストを指さした。

 一方、指をさされたオーギュスト自身は驚き、聞いていないという顔をしている。


 エリザベスと母親も、素っ頓狂なことを言うシャーロットに慌てた。

 しかし、意外なことに

「……ほう。そうですか。それはそれは。では、失礼いたします」

と、マコーリー氏は会釈をして首飾りの入ったケースを閉じさせると、またニヤリと笑ってエリザベスの家を後にして帰っていった。



「いつもはもっと粘るし、今日はエリザベスもいたのにあっさりと引き下がったわねぇ」

 走り去っていく馬車を見ながら、なんだかますます不気味だわ、とマコーリー氏の態度に母親は首を傾げている。


「ほほ。お母様、さすがに恋人がいるってわかったら、どんな男性も引き下がるでしょう。演じてくれてありがとう、オーギュストさん」

 シャーロットは自分が上手く追い返せたと上機嫌になっている。

 オーギュストはうーん、お礼をされるほどかなと、頬をポリポリと掻いた。

 一方、エドガーとエリザベスは険しい顔をして、あの態度はおかしい、何か絶対に裏があるはずだと嫌な予感を感じていたーーー


◆◆◆


「よろしいのですか旦那様。あんなに簡単に引き下がってしまって」

 馬車の中で、従者に旦那様とよばれたマコーリー氏は、構いませんよと答えた。

 彼は自分をうまく騙せたと思っているようだが、あんな質素な服を着た年下の男が恋人のわけがない。そもそも、あの母親が絶対に認めるはずがない。

 と、シャーロットの嘘を簡単に見破っていた。


 だがしかし……


「トーマス。エリザベスの恋人と呼ばれた言われたあの男ですが、私は何故かどこかで見た気がしてなりません。一体何者なのか調べてくれませんか? それと、やはり例の”計画”は実行するよう手筈を整えてください」

 かしこまりましたと、従者は恭しく頭を下げた。


 ……エリザベス、今は華麗に舞う蝶のように私を翻弄させますが、いずれ貴方のほうから私に結婚してくださいと頭を下げに来るでしょう。その時が楽しみですよ。ふふふ……

 マコーリー氏は怪しく笑うと、細い目の眼光を鋭くした。

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