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42.偽りの鏡が割れる時

 突然現れた変な男にエリザベスは眉を潜めた。

 シェリルと言ってるし、きっと人違いだろう。

 顔も赤いから酔っ払っているだけだと彼女が思った瞬間、またしても男はこう言った。


「最近見ないと思ってたけど、まさかこんな田舎でお前を見かけるとは、あの噂は本当だったんだな! あははは! マジかよウケる! あ、もしかしてお姉さん今プロポーズされるところだった?」


 あの噂? プロポーズ? この男は一体何を言っているんだろう。

 エリザベスが表情をますます強張らせても、男はお構いなしに続けた。

「お姉さん、それならぜひ受けてやんなよ! こいつの家は国を作れるって言われてるほど、めちゃくちゃ大金持ちなんだぜ! だけど、爺さんが遺言に結婚しないと財産譲らないって書いたらしいんだ。だから、今必死になって嫁探ししてて、そのためにとうとう国を出て行ったって有名な話だよ!」


 大金持ち? 遺産? どう言う事?

 全く訳がわからないエリザベスは、オーギュストに

「あなたは奨学生ではなかったの?」

と尋ねた。

 だが、オーギュストが答えるよりも前に男の方が大きく声を出した。

「はあ? 学生?! そんなわけねーよ。あぁこいつの家、嫁が代々早死にするからお姉さんに嘘ついて近づいたんだな〜。ああ、そういうことかぁ! なるほど! お姉さんくらいの年齢ならプロポーズされても断るはずないよなぁ。結婚に必死だろうし」


 男はエリザベスにとても失礼な言葉を吐きながら、なお喋り続けた。

「そうそう。こいつ、昔は俺の妹に声かけてたけどクソ嫌がられてたのを思い出した。あ、妹どころじゃなくて、他の女の子にも声かけて振られまくってたけど。みんな"呪い"の話にビビってんの。マジウケる」

 そして男は笑いながら、邪魔して悪かったな! じゃあなシェリル! 今度こそ断られないように頑張れよ! と言って去っていった。


 酔っ払った男の怒涛のおしゃべりに、二人はその場に無言で佇むだけだった。

 だが、沈黙をまたしても破ったのはエリザベスからだった。

「なんなのあの人……あなたの知り合い? それにシェリルって?」

 彼女にそう聞かれても、オーギュストは上手く言葉にする事ができなかった。

 答えようとしない彼に対して、エリザベスは不安と微かに不信感を覚えた。

「呪いって? ねぇ、あの人が言ってた事はあなたのことなの?」


 彼女にさらに問われると、オーギュストはテラスの柵に手を置き、天を仰いで深呼吸した。

「まず、何から話せばいいかな……」


 オーギュストはそう言うと、確かにあの男は地元の知り合いで、彼の言う通り自分の本名はオーギュストではなくシェリルだと彼女に伝えた。

 ここに来た本当の目的も、学生として勉強に来た訳ではなく、結婚相手を探しに来たということも。

 そしてなぜ来たのかと言うと、遺言に一定期間内に結婚しないと相続ができないと書かれていた事と、ありもしない"呪い"のせいで、地元ではいい相手が見つからなかったからだと包み隠さず正直に話した。


「それじゃあ、私に一緒に帰らないかって誘ったのは……」

「はい。あなたに結婚を申し込むつもりでそう言いました」

 オーギュストのその言葉に、エリザベスは考え込むように俯いて、ぎゅっと下唇を噛んだ。

 そして顔をあげると、静かに彼にこう聞いた。

「そう……それはわたしが適齢期を過ぎてるから簡単にイエスと言うと思ったからなの?」


 オーギュストは思いもよらない彼女の反応に狼狽えた。

「いえ、そんなつもりじゃ……」

「じゃあ、何? あなたが私にそう言ったのは、私に対して同情したからなの? 私が婚約破棄されて可哀想だと思ったから?」

「違います!」

 オーギュストは今度ははっきりとそう言った。


 そしてーーー


「あなたのことを好きだからです」


 と、彼女に伝えた。


 だが、エリザベスは嬉しがるどころか、目を瞬せながら首を横に振った。

「男の人はいつもそう。都合の悪い時はいつも女に向かって、愛してるとか好きとか言って誤魔化そうとするの」

「いえ、違います! 僕は本当にあなたのことを愛して……」

「いいえ、違わないわ。オーギュスト。あなたは優しいから、私に同情しているだけよ」

「そんなことありません! 僕は初めてあなたに会った時から、あなたの事が好きになってしまったんです!」


 それはオーギュストの紛れもない本心だった。

 しかし、名前も身分もここへ来た理由も全て偽っていたと言う事実が、彼女のオーギュストに対する不信感を増大させていた。

 

 ……あの時と同じだわ……


 エリザベスの脳裏には、浮気していたパーシーが取り繕うために、必死に愛の言葉を並べていた事が過っていた。

 

 ……結局、男なんてみんな同じなのよ……


 気がつけば、エリザベスはポロポロと目から涙をこぼしていた。

 オーギュストは信じて下さいと言っているが、その言葉は言われれば言われるほど、彼女は拒否感に苛まれた。


「そんな簡単に人の事なんて好きになれる訳ないじゃない……初めて会った時からだなんて、私の事を何も知らなかったのにどうして?」

 彼女の問いにオーギュストは言葉を詰まらせた。

 どうして突然恋に落ちてしまったのかだなんて自分でもわからないのに、その理由を言葉になんてできようか。


「あなたには色々と助けてもらったし、あなたの助けになるなら、ここでイエスと言うべきだと思う。でも……ごめんなさい。私の心が悲鳴をあげているの」

 エリザベスはそう言って、彼に背を向けた。

「私はやっぱり、あなたと一緒に帰ることは出来ないわ」

 そう言って、彼女はオーギュストを一人テラスに残して去っていった。


◆◆◆

 

 シャーロットはエドガーと仲良く談笑していると、テラスから姉が硬い表情で出てくるのに気がついた。

 様子を伺っていると、ちょうど彼女を探していたと思われる両親と遭遇し、何やら二人に告げるとそのまま玄関の方へと向かってしまった。

 母親は何か驚いている表情をしていて、父親もどうしたんだろうと言う顔をしている。

「エドガーさん、なんだかねえ様の様子がおかしいみたいなの。ちょっと失礼するわね!」

 シャーロットはそう言うと、姉を追いかけて玄関へと向かった。


 彼女が玄関先に辿り着くと、馬車に乗り込んでいる姉の姿が見えた。

 なぜ馬車に? 一緒にいたはずのオーギュストは? 彼女は嫌な予感がして馬車の方へ駆け寄り、その扉をコンコンとノックした。


「ねえ様、どうしたの? 何か忘れ物でもしたの?」

 自分を呼んでいる妹にエリザベスは驚いた表情を見せた。

「あぁ、シャーロット。ごめんなさい、ちょっと気分が悪くなってしまって先に帰ることにしたのよ……すみません、馬車を出していただけますか?」

 シャーロットのちょっと待ってと言う制止を聞かず、エリザベスは御者に馬車を出すようにお願いするとそのまま去っていってしまった。


 ……一体、何があったの?!……


 先ほどの仲良く踊っていた二人とは全く違う状況に、シャーロットはその場に佇む事しかできなかった。

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