41.機械仕掛けの悪魔
男は馬車に乗り込むと、次の行き先を確認してため息をついた。
……こんな田舎のパーティなんてたかが知れてるというのに……
男は所用で遠方から母方の実家に来ていたのだが、今日に限って三件もパーティの招待が来ていたらしい。
そのため、うち一件は重要な相手のため彼の家族が始まりから終わりまでいる事になったのだが、残り二件は浅い付き合いなので彼だけが行き、なおかつ掛け持ちするよう頼まれたのだ。
ただ出席して適当に飲んで食べて帰ってくれば良いと言われていただけだったが、知り合いがいる訳ではないので話す相手もいない。
それにロンドンであれば一夜限りの女を見つけて遊べたかもしれないが、ここには田舎。
結婚に必死な女ばかりで、遊ぶには面倒だった。
つまり、夜通し踊り明かしても疲れをまだ知らない年齢の彼にとっては、暇を持て余すパーティなど、ただただ退屈でしかなかったのだ。
はぁと彼が大きくため息をついているうちに、二件目のパーティ会場へと着いた。
こちらの会場はすでに開始時刻が過ぎており、中に入っていくのはただ彼一人だった。
屋敷の中は人で溢れており、彼は先ほどの会場である程度腹を満たしていたため、給仕からグラスを受け取ると、空いていたボールルームの長椅子に腰を掛けた。
彼が座ってまもなく、音楽が演奏されると男女が踊り出した。
中には明らかに夫婦だろうという二人、初めて踊る相手組み合わせだろうと、彼は暇を良いことに人間観察を始めた。
しかし、そんなのは数分もすれば飽きてしまったので、気がつけば彼は二杯目、三杯目の酒を給仕に頼んでいた。
パーティは相変わらず退屈だが、酒は中々に美味い。彼は給仕にこの酒はなんと言う酒だ? と聞いた。
給仕は銘柄を伝えたあとに、よろしければラベルも見ますか? と言って彼にそのボトルを見せた。
彼はまじまじとそのボトルを見つめると、文字の部分には英語とフランス語が書かれている。
ふうん。このラベルは確かどこかで見た事がある……彼は記憶の糸を辿ったが、酔いが回り始めていたせいか、結局その答えに行き着くことはなかった。
ダンスはいつの間にか曲も人も入れ替わっており、彼は酔いを覚そうと退屈だがしばらくぼうっとそれを眺めることにした。
彼は女達の方に視線を向けると、彼よりも年は上なのだろうが、周りの女よりもずっとずっと美しい茶髪の女性がいる事に気づいた。
……あの女がもう少し若ければ、俺のダンスの相手として合格だったな。どうせああいう美人は、旦那が金に飽かせて結婚にこじつけたジジイだったりするんだろうが……
そう思いながら、彼は相手の男の方に視線を向けると、自分が想像していたような男性ではなく、むしろ自分と年の変わらない金髪の男性だった。
彼の側で見ていた他のギャラリーも、そのカップルに惹きつけられたのか、珍しいだの相手の男は誰だ? など話をしている。
ジジイ相手に嫌気をさした女が浮気相手と堂々と踊ってるのかと彼は妄想したが、なんだか妙に引っかかる。
なんだろう、この違和感。
あの都会人ぶっている男、どこかでみかけたような……
……まさか、あの男……!!……
彼は先ほどのボトルラベルを思い出すと合点が行き、ある事に気づいた。
曲はいつの間にかワルツに変わり、目の前のカップルは二人だけの世界へと入っている。
彼は、信じられない。まさかこんな所で見かけるとは! これは愉快だ! と他の客から奇妙な目で見られるのも構わず一人ごちて笑った。
◆◆◆
ワルツが終わったあと、オーギュストはエリザベスにテラスに行きませんか? と彼女を誘い出した。
自分で誘い出しておきながら、ああ、いよいよだとオーギュストは緊張していた。だが、それはエリザベスも同じ事だった。
二人がテラスに出ると、空では月が輝いていた。
ガヤガヤとしている内部とは異なり、ここには誰もいなかったため、しんと静まり返っている。
彼が無言のままでいると、エリザベスの方から彼に話しかけた。
「いよいよ、明後日には旅立つのね。本当にあっという間だったわ」
テラスの柵に二人は手を置いて、これまでの出来事を振り返って話し込んだ。
まさかあの時に焼き菓子をあげた男性が、うちにやってくるなんて……と。
だが、その話題がとうとう尽きてしまうと、二人はお互いに沈黙した。
……いや、ここには思い出話をするために呼んだ訳じゃない。ちゃんと話をしなけば……
「あの」
オーギュストは柵から手を離し、彼女に向かって姿勢を正すとそう声をかけた。
「……はい」
彼女もオーギュストの言いたい事を察すると、柵から手を離して彼に向き合った。
「この前お聞きした件について、答えを聞かせてもらえませんか?」
オーギュストは自分でも心臓の音が聞こえそうなくらい緊張していた。手も汗をかいているのがわかる。
だが、彼は彼女の目をしっかり見つめながらそう問うた。
一方、エリザベスも彼に返答をするのに緊張をしていた。このパーティに呼ばれるまで、彼女もかなり思い悩んでいたのだ。
彼の誘いを受けて新天地で暮らす。
だが、働いた事もないのにどうやって暮らしていけると言うのだろう。
貧窮院へのボランティアには行った事があるが、その時行ったような子供に対して読み聞かせなどをする職などあるのだろうか。
あるいは彼の誘いを断って、このまま何も変わらずこの地で生きて行くか……
しかし、それ以前にもっと彼女の中で引っかかっていたものあった。
それはシャーロットから言われていた、
そもそも、どう言う意図で彼はこの誘いをかけてきたのかと言う事だ。
彼女は単純に新しい暮らしに対しての提案だと思っていたが、もし、シャーロットの言う通りならば……
そのため、彼女は緊張しながら彼に対してこう聞いた。
「ええと。まず、答えを言うよりも一つ確認したい事があるの。あなたはどうして、私に一緒に帰る事を提案したの?」
「……」
彼女から思いもよらない質問を受けたオーギュストは、彼女から視線を逸らし少し沈黙した。
だが、深く深呼吸して気持ちを落ち着かせると、再び彼女を真っ直ぐに見つめた。
「それは、僕はあなたのことが……」
オーギュストが言いかけたそう瞬間だった。
バンッ!!
勢いよくテラスへの出入り口が何者かによって開けられた。
音に驚き、彼らがそちらの方を見ると、屋敷の中から一人の男がおもむろに彼らの元へと近づいてきた。
男は顔を赤くしながら手に酒の入ったグラスを持ち、なぜかニヤニヤとした笑いを浮かべている。
そして、男はオーギュストに向かってこう言った。
「よう、久しぶりだなぁ! "呪われた王子"のシェリル君!」
と。




