40.踊る二人
いよいよパーティの日がやってきた。
だが、時間が迫っていると言うのに、エリザベスの部屋ではシャーロットがまだ準備に時間を費やしていた。
「ねぇ、シャーリー。もうあまり時間がないわ。髪飾りはそれでいいじゃない」
鏡台の前に座らせられてるエリザベスがそう言っても、姉が持っている全ての髪飾りをベッドに並べたシャーロットはまだうーんと唸っている。
「ねえ様、お願い。 もう少しだけ時間をちょうだい! この羽根つきにしようかしら。それともパール? リボンが良いかも?」
若干呆れながらまだ迷うのかとエリザベスが思っていたところ、準備は出来たのかと様子を伺いに母親がやってきた。
「あなたたち、もうそろそろ出ないと。遅れ過ぎたら中に入れてもらえないかもしれないわよ!」
母親の催促でシャーロットはようやく決まったようで、よし、これにしましょう! と言って手に持ったのは金のフレームにパールをあしらったものだった。
「なんとか決まってよかったわ」
エリザベスは彼女に微笑むと、シャーロットはだって今日は特別な日だもの。ねえ様には他の誰よりも綺麗でいて欲しいのと言って、その飾りをエリザベスの髪へセッティングした。
◆◆◆
いつもはしんと静まり返り、屋敷の大きさの割には少ない明かりのグラハム邸も、今日の夜だけは屋敷全体が輝いていると言って過言ではないほど光に満ち溢れている。
内部も使用人たちが手すりから照明、カトラリーやグラスに至るまで必死に磨きあげ、この日のためにと飾られた沢山の植物や花も相まって、より一層華やかなと社交の場へと押し上げていた。
グラハム邸に到着したエリザベスとその家族たちが屋敷の中に入ると、すでに人で溢れかえっており、みな楽しそうに会話を繰り広げたり、軽食を取るなどしていた。
途中で両親は知り合いに会い、会話が長くなりそうだっため、姉妹はひとまずホールの方へ向かうことにした。
「エドガーさんとオーギュストさんはどこかしら?」
シャーロットはそう言いながら、あたりをキョロキョロと見渡した。
すると、他の招待客の間をすり抜けながらエドガーがやってきた。
「おお、いたいた。お嬢様方、お待ちしておりました」
彼はようこそと手を広げて二人を和やかに迎えた。
彼と姉妹は軽く話をしたあと、
「ところで、オーギュストさんはどちらにいるの?」
とシャーロットが彼に聞き、エリザベスと一緒に辺りを見渡した。
だが、それらしき人物は見当たらない。
「さあ? どこかな。もっと良く探してごらん」
エドガーはとぼけ気味にそう言うと微笑んだ。
姉妹はどこだろう? 見つからない。もしかして壁と同じ柄になってるのかしら? などと冗談を言っていると、一人の男がエリザベスに声をかけた。
「よろしければ、あちらで一曲お相手いただけませんか?」
エリザベスは自分はあいにく他の人を探している。申し訳ないが後に……と言った。
しかしーーー
「えっ?!」
彼女は男の顔をちゃんと見た瞬間、それ以上の言葉を失った。
シャーロットにおいては、両手を口に当てて思わず嘘でしょう?!と口走っている。
エリザベスに声をかけたのは、羊の世話をする普段の作業服姿とは全く異なり、洗練された都会風の衣服を身に纏ったオーギュストの姿だったのだ。
「ちょっと、やだ、それどうしたの?! 前と全然違うじゃない!」
シャーロットは以前再会したパーティの事を思い出していた。
あの時のオーギュストは、明らかに苦学生だとわかるような貧相な服装だったのにと。
だが、今目の前に現れた彼は、服装だけではなく、髪型、クラヴァットの巻き方、靴の先まで品があり、身のこなし方も生まれながらにして貴族のようだと感じられた。
彼女達の驚きように、オーギュストとエドガーはお互いに目を合わせて軽く笑った。
そしてオーギュストは
「まあ、これについてはあまり気にしないで。それより、もう次のダンスが始まりそうですから」
と言ってエリザベスを、エドガーはシャーロットをエスコートして、それぞれボールルームへと向った。
◆◆◆
ヴァイオリンの音色が奏でられると、女性たちは一斉に男性に向かって会釈をしてダンスが始まった。
「そういえば、あなたとこうやってちゃんと踊るのは初めてね」
踊りながらエリザベスはオーギュストにそう話しかけた。
「そうですね。こうやってお互いに正装した姿を見るのも」
「ふふっ、本当にいつも作業服姿だったあなたからしたら信じられないわ。もちろん、悪い意味ではないけれど」
楽しそうに踊っているエリザベスだが、見物しているオーディエンスからは、彼女がいるなんて珍しい事だとひっそりと言われていた。
それに、相手の男は一体誰だ? 身なりや雰囲気からしてこちらに遊びにきている上流貴族だろうか? など言われていた。
そして、曲が終わると次の曲はワルツに変わるようだった。
「次も一緒に踊っていただけますか?」
オーギュストがそうエリザベスに聞くと、彼女はもちろんと言って彼の手を取った。
先ほどの皆と踊るスローなダンスとは異なり、男女一組となって踊る事で、会場はより一層華やかに見えた。
中でもオーギュストは特に踊りが上手く、何となく見物していた他の客達も、美しい女性と踊っている事でより彼らに心を奪われているようだった。
「会場中がシェリル様達に注目しているようですね」
給仕に回っていたシャルルは、彼らを見守るように遠くから見つめていたラファエルにそう声をかけた。
「ええ。あの子には一応、幼い頃からずっと踊りを教えていましたからね。それもジャン=ジョルジュ・ノヴェールに師事した弟子をつけて。それで落ちない女性がいるとするならば、その人の心はきっと鉄で出来ているのでしょう」
ああ、ようやくここで実を結んだ、と言わんばかりにラファエルは笑顔になり、軽く拍手をしている。
その横で、シャルルもきっと今夜こそ上手く行くはずだと感極まって涙腺を緩ませた。




