4.査定
5日後。
目的のパーティの会場は、想像以上に人が多くおり、わいわいがやがやとしていた。
広さ的にはグラハム夫人の邸宅と変わりはなさそうだが、これだけの人数が集まってみると、いささかこちらの屋敷のほうが小さく感じられた。
ここにようやく、思っている女性がいるかもしれない。
緊張した面持ちで、オーギュストは足を会場に踏み入れる。
一方、付き添いとしてやって来たエドガーの方は、パーティなんて久しぶりだなぁと少し楽しそうだ。
「それにしても、今日になってグラハム夫人が腰を痛めてしまったのが難点だよなぁ。彼女がいれば、君の目的の女性がだれか直ぐにわかって、紹介してもらえただろうに。さて、どうやって、意中の女性に近づくかだ」
エドガーの言うように、グラハム夫人は持病の腰痛が今日になって出てしまい、急遽パーティには二人だけで出席することになってしまったのだ。
彼女がいれば、地元民でもない彼らがパーティに出てきても下宿している人間とすぐにわかってもらえて、相手も警戒心を抱かずに済むだろう。
だが、彼女がいなければ、ほかに顔見知りもいないので、彼らが下宿していると言っても信じてもらえるかは不確かだ。
「まっ、パーティに忍び込んでいる訳ではないから、別におどおどする必要はないけどね。で、君の意中の女性は見つかりそうかい?」
先程からあたりをキョロキョロしているオーギュストにエドガーはそう話しかけた。
しかし、首を長くして遠くをみようとしてみたり、目を細めてみたりしても、意中の女性は見当たらないようだ。
「だめだ、頑張って探してみたけど見つからない」
もしかしたら、彼女達はここの地元の人じゃないのか?
たまたま親戚の家に遊びに来ていただけなのか?
でも、グラハム邸の事を知っていたし道にも詳しかったぞ……
そんな風にして、下を向いてオーギュストが考え事をしていると、突然、人混みに押されて誰かがドンッとぶつかって来た。
「あっごめんなさい」
ぶつかって来た方の女性が先に謝る。
オーギュストの方も、すみません、お怪我はありませんか? 自分もよく見てなかったから……とその女性に謝った。
「いいえ、そんな怪我なんて。あ、あれ? 失礼ですけど、どこかで会った事ありませんでした?」
確かどこかで……と言う、その若干幼い感じも残る金髪の女性は首を傾げている。
オーギュストもはて? と首を傾げたが、次の瞬間手をポンと叩くと
「あ! あの時の道端でしゃがみ込んでた変な人!?」
「あ! あの時の道端で助けてくれた人の妹さん?!」
二人は同時に声を揃えた。
「いやー、ドレスアップしているかわからなかったけれど、あの時はどうもありがとう。君のお姉様のお陰で無事に目的地まで辿り着けたんだ」
「ふふっ、それならよかったわ。でも、まさか腹痛じゃなくてお腹を空かせてただけだったなんて、大笑いしちゃったわ」
「そ、それはそのー……」
オーギュストはあの時の事を思い出して、顔を真っ赤にした。
「でも、残念ね。今日は生憎、姉はこのパーティに来ていないのよ」
来ていない?
その言葉に、思わずオーギュストはええっと大きな声をあげた。
「そ、そんなぁ。せっかく会えると思ったのに……」
あまりにも分かりやすくガッカリしている姿に、シャーロットはそんなに肩を落とさないでも、と励ました。
「ふふっ、そうねぇ、お礼なら私が代わりに言っても構わないのだけれど、せっかくなら本人に伝えたいわよね。よかったら今度うちに……」
そう彼女が言おうとした瞬間、誰かが彼女の腕を強引にぐっと引っ張っり、小声で
「シャーロット、早くこっちにいらっしゃい!」
と言って、彼女をオーギュストから引き離した。
それは彼女の母親だった。
◆◆◆
「いい、シャーロット。何度も言っているけれど、あなたはこれからパーティで未来の旦那さんを探さなければならないの。もう子供じゃないのよ、わきまえて。先ほどの男性と仲良く話していたけれど、彼はダメよ」
母親は遠くに離れたオーギュストをチラリとみて、首をブンブンと横に振った。
彼女によれば、顔はかなり良いけれどあの人は身なりも貧相だし、年頃からしてああ言うタイプはきっと……奨学金で賄っている苦学生だろうと。
いくら頭がよくても、お金がなければ苦労するんだから……一体どうやってこのパーティに潜り込んだのかしら! などなどらしい。
またお小言が始まってしまった、とうんざりしているような様子で、シャーロットはその場をやり過ごすために、はい、はい、とただ大人しく返すしかないのであった。
一方、唯一の手がかりであるシャーロットを遠くへ連れて行かれしまったオーギュストはその場に立ち尽くしていた。
やはりこの草臥れた衣装はダメだったかと、遠くからチラホラ様子を伺う彼女の母親を見て、彼は悟った。
せめて鞄が盗まれなければもっといいジャケットを着て来れたのに、或いはパーティがもう一週間遅ければ、至急新しいジャケットを送ってもらえたのにとタイミングの悪さを呪った。
だが、天は彼を見捨ててはいなかった。
「あーあ、強引につれてかれちゃったね」
シャーロットとの様子を見ていたエドガーが言う。
「まっ、見ててよ」
彼はそう言ってウインクすると、颯爽とシャーロットの方へと向かって歩いて行った。
◆◆◆
「だから、いいわね? 必ず身なりがちゃんとした人に絞ってお相手するのよ?」
ようやく母親のお小言が終わって解放され、ほっと肩を撫で下ろすシャーロットに
「一曲踊りませんか?」
と、エドガーがそっと手を差し出した。
シャーロットはチラリと母親の方を見ると、彼女は顎を素早くくいっくいっとさせ、今度は行きなさい! と言わんばかりの合図を出している。
曲が始まり、二人が手を合わせると
「先程は、連れと楽しく話していたみたいで」
エドガーはそうシャーロットに話しかけた。
「えっ、あなた、彼とお知り合いなの?」
「そう。下宿先が一緒なんだ」
踊っている二人はとても楽しそうだ。
また、それを見ていたギャラリー、とくに女性陣はあんな素敵な男性はこの地元にいたかしら? どこかの貴族の方かしら? など、コソコソ噂話をしている。
中には次のダンスに誘ってもらえないだろうかと、うずうずしている女性も数名いるほどだった。
二人は曲が終わるとお互いに自己紹介をして、エドガーはオーギュストがハンカチを返しそびれて困っている事を彼女に伝えた。
「そうねぇ。私は彼が返しに来ても構わないのだけど」
シャーロットはこちらの様子を伺っている母親の方にチラリと目をやった。
「うちの母はうるさいから、彼が来ても門前払いされてしまう気がするわ。だから……」
内緒話をするようにして、彼女はある事をエドガーにお願いした。
「お母様、こちら、エドガー・サマーフィールドさんよ」
シャーロットはエドガーにエスコートされ、彼を母親に紹介した。
「まーあ、ほほほ。こんな素敵な方にうちの娘を相手していただいて。でも、失礼ですけど、この地域ではあまりお見かけしない方ですわよね? どなたかのお知り合い?」
案の定、母親による"査定"が始まった。
しかし、エドガーは嫌な顔をせず、むしろ慣れていると言った素振りで、今は遊学中でこちらに身を寄せているが、おいおい家業である貿易商を継ぐつもりだと彼女に話をした。
「まあ! そんな、ご立派な方とお知り合いになれるなんて! なんて光栄なんでしょう! シャーロット、よければ今度うちに来ていただいて、お茶をご馳走しなさい。他には何にもないので退屈してしまうかもしれませんがホホホホ……」
「ご夫人。こちらこそ、ご招待いただき楽しみです。ですが、一点お願いがあります。僕の友人も招待してもらえないでしょうか?」
ええ、もちろん。かまいませんわ! とシャーロットの母親は即答した。
作戦成功! と言わんばかりに、シャーロットもエドガーに向かって微笑んだ。
「おーい、オーギュスト! こちらに来てくれ。君もご招待にあずかったぞ!」
母親はエドガーの友人だから、きっと同じように裕福な家の息子がくるに違いない。
そう期待して鼻息を荒くしていたが、いやー、どうもありがとうございます。と言いながらやって来たのは、なんと先ほどの草臥れたジャケットを着ていた男だった。
もちろん、彼女が表情を引き攣らせるのに時間は掛からなかった。