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34.オーギュストの決意

 シャーロットが朝目覚めると、部屋の外では女中や母親が大声で話しており、家の中がバタバタしている事を察した。

 どうしたのかしら? と彼女は思いながら、朝の着替えを済ませてリビングに行くと、母親は酷く取り乱してる様子で、父親に村の人間に力を借りてはどうかと言っていた。


「お父様、お母様、おはよう。どうしたの?」

「あぁ、シャーロット! あなた、昨日は途中であの二人と別れたと言ってたけど、どこかに行くって聞いてなかった?」

 母親の質問に、シャーロットは何のことだと一瞬思ったが、そう言えば今日の朝はエリザベスもオーギュストもいない……


「お母様、もしかして、二人は結局帰って来なかったの?!」

「ええ。あなた達が帰ってきた後に、大雨が降ってきたから、まさか川に流されでもしてたら……」

 母親は首を振ると、父親の方に向かって、やはり捜索に協力してもらうべきだ、あなたが言ってくれないなら自分が行きますとまで言い出した。


「そんなねぇ、母さん。落ち着きなさいよ。二人は子供じゃないんだぞ。きっとどこかで雨宿りでもしてだんだろう」

 やれやれ、あんまり騒ぎ立てても恥をかくだけだと必死な母を諌めたが、むしろそれがかえって火に油を注いだ。

「あなた! いくら大人だからって、夜なのよ、夜! もし馬車が転倒でもしてたりしたら……やっぱり、ここは私が伝えに行きます!」


 父親の制止を振り切り、母親は廊下にでて玄関の扉をバンッと思い切り開けた。


 するとーーー


 ちょうど同時に玄関の扉を開けようとしていた男女と鉢合わせし、いきなり目の前の扉を開けられた二人はわぁ! っと驚く声をあげた。

 母親も目の前にいきなり人が現れたので、一瞬驚いた顔をしたが、手を胸の前で押さえて、あぁ良かったとほっとする声をあげた。

 彼女の目の前には探しに行くつもりのエリザベスと、オーギュストが目の前に立っていたのだ。


「まあ、二人とも! 無事に帰ってきたのね。良かった……ん?」

 彼女は違和感を覚えた。

 確かに、彼女の大切なエリザベスは帰ってきたのだが。

 男物のジャケットを肩に羽織り、顔には泥がつき、さらにはドレスが裂けて下着の一部も見えてしまっているようだ。

「ちょっと……エリザベス、それ、どうしたの」

 母親は顔を引き攣らせた。

 だがすぐに、彼女は何かを思ってチラリとオーギュストの方を見た。

「ま、ま、まさか! あなた、いくらお祭りの夜だからって私の娘を……信じられない!」


 そう言って彼女はオーギュストの襟首を殴りかかる勢いで掴むと、彼のことを揺さぶった。

「いくら盛り上がったからと言って、私の娘に手を出すなんてー! キーッ!」

「ちょっと、お母様、お母様! お願いだからやめて! 彼はそんな乱暴な事してないわ! 私を襲ったのはパーシーなの」

 パーシーと言う言葉に、母親の動きが止まった。

「なんですって? あの男が?」

 母親はそう言って、オーギュストの襟からパッと手を離した。


「ええ、そうよ。偶然会場で会ってしまって襲われたの」

「そんな……あなた、それで大丈夫だったの?!」

「何とか振り切れたわ。ドレスはボロボロだけど、私自身は無事よ」

 エリザベスは微笑んで母親を安心させると、母親は彼女の事を優しく抱きしめた。


 だが……


 ドサッ!!

 彼女たちの隣で突然物音がした。

 その方向へ彼女たちが目線を合わせると、なんとオーギュストが地面に向かって倒れ込んでいた。

「きゃあ! やだ、どうしましょう!」

 もしかしたら、私が首を締めたせい?! 窒息させちゃった?! と母親は顔を青くしながら叫んでいる。


「ちょっと、どうしたの? 大丈夫?」

 きゃあきゃあ言いながら叫んでいる母親の事はさておき、エリザベスは彼の事を抱き起こすと、身体がとても熱い事に気が付いた。

 呼吸もはぁはぁと言って苦しそうだ。


 エリザベスは急いでシャーロットを呼ぶと、二人がかりでオーギュストを彼の自室に運び込んだ。


◆◆◆


 目を開けると、彼がいつも目覚めた時と同じである天窓が見える風景が広がっていた。


 ……うぅ……頭がすごく痛い……

 

 目覚めたオーギュストは体を起こそうとした。

 しかし頭痛に加えて怠さも酷く、とてもじゃないが動けそうにない。そのため、彼は少しそのまま横になっていることにした。


 すると、誰かがそっとドアを開けて部屋の中に入ってきた。

「あら、目が覚めたのね。今、ちょうど額に当ててた布を冷やそうと思ってたの」

 声の主はエリザベスだった。

 彼女はオーギュストの額に当ててた布を取って、洗面器の水に浸して絞ると、また彼の額にそれを当てた。


「昨日丸一日寝込んでいたんだけど、熱はまだ高そうね。食欲はどう?」

 その質問にオーギュストは無言で首を横に振った。

「そう……ごめんなさい。私のせいで薄着で過ごさせてしまったから……母も体調が悪かったのに、勘違いとは言え首を締めて悪かったと猛反省してたわ」


 彼女の視線の先には、彼女が借りたオーギュストのジャケットが掛かった椅子がある。

 昨夜エリザベスが自身の過去を語った後、彼らはいつの間にか教会で眠りこけていたのだが、大雨のせいで朝を迎える頃には気温が肌寒いくらいに下がってしまっていたのだ。

 そのため、薄着だったオーギュストは体調を崩したのだと彼女は判断したようだが、本当のところは……


「何か他に欲しいものがあれば、遠慮なく呼んでちょうだいね」

 ぐったりしてる様子の彼を心配しながらエリザベスはそう伝えて、部屋を出ようとした。

 しかし、彼女はああ、いけないと言って、くるりと彼の方へ振り返った。

「大事な事を忘れてたわ。先ほどシャルルさんがいらっしゃったのよ。あなたに至急、グラハム夫人のお宅に戻ってきて欲しいって事を伝えにきていたけれど、この調子じゃ難しそうね。後でまだ体調が回復してない事を伝えに行くわ」

 それじゃあ、ゆっくり休んでねとエリザベスはドアを静かに閉めた。


 オーギュストはまた天窓を見つめると、はぁと軽くため息を吐いた。

 ……なんでシャルルが? うっすら嫌な予感がする……ますます頭痛がしてきたな……

 

 だが、自分の"決意"をシャルルに伝えるのには丁度良いタイミングかもしれないと彼は目をつぶった。

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