33.婚約破棄の真相
半年後。
その日、突然パーシーは連絡もなくエリザベスの家へとやってきた。
「エリザベス、話があるからちょっと外に来てくれないか」
妙なことに彼は顔色も悪い。
そんなに改まってどうしたんだろうと思いながら、エリザベスはパーシーと共に外に行くと、突然彼は涙を流しながら彼女にお願いだと言って、懇願し始めた。
「お願いだ、エリザベス。どうか俺との婚約を白紙に戻して欲しい」
……え? ……
エリザベス頭の中は雷に打たれたように真っ白になった。だが、彼の言ってることは妙に一言一句がしっかりと彼女の耳に入ってきた。
どうか婚約を白紙に戻して欲しい
実は他の女性を妊娠させてしまった
相手の女性の家は激怒している
ただし、責任を取るならこの事は丸く収めると言っている
そして、女性の家は資産家で持参金もエリザベスの家より多く出すと言っているので、自分の家もそちらの女性と結婚する事を賛成している
だから、自分はその女性と結婚しなければならなくなったため、婚約は白紙にして欲しい
彼が伝えてきた内容はそう言うことだった。
エリザベスは彼の話の全てを聞いた後、喜怒哀楽が一緒くたになって自分自身に襲ってくるような、今まで感じたことのない感情に襲われた。
とても嫌な予感がする。
だが、彼女の中の冷静な自分が自然と次の言葉を彼に投げていた。
「相手の女性は一体誰なの?」
と。
パーシーはその質問にしばらく黙った。
しかし、エリザベスが再度、誰だと聞くと重い口を開いた。
「相手は……君の友達のメアリーなんだ」
その後、エリザベスは自分でもどうしたのか覚えていないが、気がつけば彼のことを泣きながら平手打ちにしていたらしい。
確かに最近のメアリーからは、体調が優れないと言われていたため、エリザベスも会う事を控えていた。
なぜそんな事になったのか、ずっと二人して自分を騙していたのかと、気がつけば普段の彼女からは到底信じられない様子で彼に怒りをぶつけていた。
すると、パーシーは彼女に向かってこう叫んだ。
「だって、俺が何度も君と一夜を過ごしたいと言ったのに、君は拒否してきただろう!! 俺だって辛かったのに……君も、君も悪いんだ!」
パーシーの言い分によれば、二人は婚約したのだし、キスよりも親密なことがあってもいいのではと、何度か彼女を誘っていたのである。
しかし、エリザベスはそれはいけないことだと頑なに拒否。むしろ、彼の言い分はただの冗談だと思ってまともに相手をしなかった。
一方、美しいエリザベスという女性が近くに居ながら、何もできないと言うのは餌に飢えた檻の中のライオンと同じこと。彼はどうしようもなく不満を溜めていた。
そんな時、メアリーが怪我をして馬車まで送って行った際、今度お礼がしたいと彼女から提案された。
その誘いに何も考えず乗った彼は、彼女の家に行った際に彼女から誘惑をされ、我慢できずにそれから何度も関係を持つ間柄になったと。
さらに彼はこう続けた。
「それに君もどうせ本当の狙いは俺が継ぐ財産のためだったんだろう? そもそも、俺たちは惹かれあって出会ってわけじゃない。それが目的で出会っただけなんだから、お願いだから別れてくれよ……」
そこまで話を聞いてしまったエリザベスは、泣きながら家に入り、母親に言葉にならない声で何かを叫んで、そのまま気絶して寝込んでしまったそうだ。
そして、その後の事は両親が全て対応し、パーシーの家とメアリーの家からそれぞれ慰謝料をもらう事で話はついた。
しかし、普段温厚なエリザベスの父親もこれには大激怒しており、慰謝料ならエリザベスの家の相続権を放棄しろと他の親戚にも協力してもらって詰め寄ったそうなのだが、結局それは交渉に失敗してしまい悔しさを滲ませていたそうだ。
「でもそのあと……」
エリザベスはその後も少し続きがあると話した。
◆◆◆
パーシーとの婚約破棄から一年が経ったある日、エリザベスの元へ一通の手紙が届いた。
差出人を見ると見覚えのない名前だ。
一体誰だろうと彼女が手紙を開封すると、そこにはパッピーバースデー、エリザベスと書かれており、最近調子はどうだとか彼女を気遣う文章が続き、文末には愛を込めてパーシーと書かれていた。
普通であれば、別れた男、しかも自分を振った男からこんな手紙を貰ったところでゴミ箱行きか暖炉の燃料するところだろう。
しかし、彼女は頭ではこの手紙を拒絶するべきだとわかっていても、それをする事がどうしてもできなかった。
「自分でもバカバカしいと思ったわ。でも……どうしても心が追いつかなくて。この手紙を捨ててしまったら、もう彼とは完全に終わってしまうような気がしたの。もう彼の事は好きではないって思おうとしてるのに、変な話よね」
でも、手紙の返信は絶対に書かないようにしたと彼女は付け加えた。
なぜなら、もしその手紙の返事が返ってきたら、復縁を期待して家を飛び出して彼の元に向かっていたかもしれないからと。
そして、そんなエリザベスを試すかのように毎年毎年彼女の誕生日には彼からの手紙が届いていたと言うことも。
「いつからか、私はもう一生このままで、彼の事を忘れることも出来ず片思いだけで生きていくんだわと思うようになってたわ。マコーリーさんと結婚するかもしれないとなった時も、心だけは絶対にあの人には渡さない。私が好きになったのはパーシーだけと心に誓っていた」
そこまで話すと、彼女の目にはまた涙が浮かんでいた。
しかし、目を瞬かせ、鼻を啜りそれ以上涙が出ないように彼女は堪えた。
「だけど……今日の一件で、彼への気持ちはただの幻想でしかなかったと思い知ったわ。浮気を疑った時と全く同じ反応だったもの。それに、街で会った女性のことを覚えてる?」
エリザベスは、以前ピクニックでパンを二人で買いに行った際、どなりつけてきた女性の事を覚えているかと問うた。
「あの女性がね、実はメアリーだったのよ。もし、彼女の方が本当だとしたら、彼の言っていたことは嘘ばっかり。仲が悪いのにどうして三人目の子供がいるのかしら。それにこの地域に戻ってきたのも、彼女の出産に合わせたからでしょうね……本当、そんな人をずっと好きなままでいようと思っていた私が愚かだった」
そこまで言うと、彼女はとうとう抑えきれなくなったのか、両手で顔を覆って泣き始めた。
外の雨もまるで彼女に同調するように、ザアザアと音を立てながら降り続いている。
一方、エリザベスの過去を知ったオーギュストは、ただ彼女を傍観するしかできなかった。
また、この時ばかりは彼はパーシーの顔を知らないで良かったと心底思った。
もし、顔を知っていたら怒りを抑えられず殴りかかっていた事だろう。銃も携帯していたら最悪……
「沢山泣いて大丈夫ですよ。今はここに僕しかいませんから」
オーギュストは自身の目的を果たす事は辞め、彼女にただそう言うしかできなかった。




