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31.森の中の教会

 エリザベスを見失ってしまったオーギュストは、それでも人をかき分けて必死に彼女を探そうとした。


 ……何から逃げようとしてたのかわからないけど、早く合流しないと!……


 嫌な予感を覚えながらオーギュストは彼女の逃げて行ったと思われる方向へ進み、ようやく人の波が消えてくると、彼は会場に隣接した森の方へと出た。

 まさか森の中へ? 仮に逃げたとしてもこんな森の方へ逃げるだろうか? それともまだ人混みの方にいるのだろうかとオーギュストは判断に迷った。


 ……いや迷ってる暇はない。急がないと彼女が危ないかもしれない!……


 悩んだ末、彼は自分の感を信じて森の方へエリザベスを探しに行った。


◆◆◆


「お願いだからパーシー、こんなことはやめて!」

 エリザベスは覆われて動けないようにされても、なお必死に抵抗した。

 しかし、パーシーは辞めようとせず行為に及ぼうとしている。


 ……どうしよう、このままだと……


 これから起こりうる事態に彼女の顔は青ざめた。

 ここは幾ら叫んでも誰もいない森の中だ。

 どうしてこんな逃げ込んでしまったのだろう。もうダメなのかもしれない。

 彼女が絶望と諦めを悟った瞬間、彼女の中にある事が浮かんだ。


 ……一か八か! ……

 

 それはパーシーが自分のズボンを下ろそうとした瞬間だった。

 エリザベスは一瞬彼の脚と自分の脚に隙間ができたのを狙って、自分の腕をそこに入れた。

 さらに力任せに足を押しのけると、バランスを崩させて彼を逆に組み敷いた。

 エリザベスが今度は上になり、突然形勢が逆転した事でパーシーは何が起きたとあっけに取られ隙ができた。


 ……今だわ! ……


 彼女は自分でもよくわからない掛声をあげると、なんと彼の局部をめがけて思い切り踵を落とした。


「うがぁぁ!」

 悶絶し、なんとも言えない彼の叫び声が森中に響く。どうなったのかはわからない。

 エリザベスは彼の事を見ずにそのまま森の中へとまた逃げた。


◆◆◆


 虫とフクロウの鳴き声しか聞こえない森の中。突如、男の絶叫がオーギュストの耳に届いた。

 今のはなんだ? と彼が不気味に思っていると、彼の後でガサガサと葉の擦れる音がした。


 ……そう言えば丸腰で森に入ってしまったけど、もし狼かクマでも出たら……


 オーギュストは恐る恐る振り返った。

 だが、そこにいたのは顔に泥が付き、服が破れてアンダードレスまで見えている姿のエリザベスだった。


「エリザベスさん?! どうしたんですかその格好は……」

 そんなあられもない姿の彼女に驚き、咄嗟に自分の着ていたジャケットを急いで脱ぐと、見ないようにして彼女にかけた。

 エリザベスもオーギュストの言葉に自分のとんでもない姿に気づき、きゃあっ! と声をあげて彼のジャケットで上半身を隠した。

「もしかして、男に襲われたんですか?」

 オーギュストはサッと顔色を青くした。

「……ええ。でも、なんとか振り切ったけれど」


 実は彼女、詐欺師や、自分を無理やり連れて行こうとする連中に襲われたため、自衛として護身術の本を最近読んでいたのだ。

 結果的に、それが功を奏したようだ。

「だけど、また追いかけてくるかもしれないわ」

 オーギュストがホッとするまもなく、彼女はそう言って自分が逃げた方向を振り返った。

「それなら、ひとまず隠れた方が良さそうですね。ここまで来る途中で教会を見かけたんです。ひとまずそこに避難しましょう!」

 無意識のうちにオーギュストは彼女の手を掴むと、さあ! と言って、もとの道を急いだ。


◆◆◆


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 必死に走った二人はゴシック様式の小さな教会の前に辿り着くと、急いで扉を開けた。


 幸い鍵はかかっておらず中に入る事ができたので、オーギュストは”追跡者”が中に入れないように閂をかけた。

 内部は出入り口だけにかがり火が焚かれており、それ以外はほぼ真っ暗だった。

 月明りもそれほど入ってこないため、ステンドグラスに描かれた聖人の絵さえもよく見えない。

「とりあえず、ここで少し過ごして様子を見てみましょう」

 オーギュストがそう言って、二人は出入り口に一番近い長椅子に腰を下ろした。


「……」

 二人の間に少しの間沈黙が訪れる。しかし、それを破ったのはエリザベスの方からだった。

「ありがとう、オーギュスト。また助けてもらったわね。そして、ごめんなさい。私がお喋りに夢中になってしまったから……せっかくのフィナーレも、きっともう見れないわね」

 すまなそうにしている彼女に、オーギュストはとんでもないと首を横に振った。

「いいえ! フィナーレとかはどうだっていいんです。僕ももう少し会場についていれば……それよりも、本当にケガとかは大丈夫ですか?」


 その言葉にエリザベスは、ふと、昔街へ”彼”と出掛けていた際に、彼女の靴の靴ひもの結び目が解けてしまった出来事を何故か思い出した。

 彼女が結ぶから少し待ってと言っても彼は話を聞かずにそのまま行ってしまい、彼女が追いついた時には、その彼は酷く機嫌を悪そうにしていた。


 それに対して、今、目の前にいるオーギュストは本気で自分のことを心配している。

 その彼の優しさに心が揺さぶられたのかエリザベスは突如目に涙を浮かべて、口を押えて彼から目線を逸らした。

「ごめんなさい。ちょっと落ち着くまでそっとしておいて……」

 わかりました。と一言だけオーギュストは言うと、彼女の言う通りそれ以上は何もせず、その場で寄り添うことだけに努めた。


◆◆◆

 

 外からはパラパラとした音が聞こえ始めていた。雨が降ってきているのかもしれない。

「もう大丈夫。落ち着いたわ」

 しばらく泣いていたエリザベスだったが、ハンカチで最後のふき取るとオーギュストに少し笑みを見せた。


「じゃあ、僕は外の様子を見てきますね」

 オーギュストは良かったと言って微笑むと、立ち上がって出入り口の閂を外し、慎重に扉を開けてあたりを伺った。

 彼はそのまま表に出てあたりをキョロキョロと見まわしたが、誰かいる様子は見られない。


 だが一方で、先ほどの音の通り、外ではすでに雨が降ってきており、遠くでは雷鳴も聞こえている。

 このまま急いで出れば、それほど濡れずに済むかなと彼が思った瞬間、突如激しい光と大きな音が響き、地響きも起こった。

 さらに、その音が響いた直後、今度はバケツをひっくり返したように雨がザーッと降り始めたため、オーギュストは雨に濡れながら急いで中に戻り、再び閂をかけた。


「外には誰もいませんでした。でも、この感じだと、もう少しここに居ないとダメなようですね」

 彼が中に戻ると、先ほどの音に驚いたらしく、エリザベスは長椅子に座りながら少し怯えている様子だった。

 そしてもちろん、雷が苦手な彼女は無言のまま彼の言うことに頷いた。


 ところが、その後雷は落ち着いたものの、雨は一向に止むどころか、ますます雨足の音を強めて降り続いていた。

「それにしても凄い雨ですね。この感じだとこのまま一晩降るのかな……」

 オーギュストはステンドグラスの側に立つと、そこに打ち付けられる雨を見ながらそう呟いた。

「どうかしらね。こんなに降るなんて珍しいから、もしかしたらこのまま一晩ここで雨宿りすることになるかもしれないわね」


「……」

 二人の間にまたしても沈黙が訪れた。

 だが、今回その沈黙を破ったのはオーギュストのほうだった。

「あの、差し支えなければエリザベスさんを襲った男の特徴を教えてもらえませんか? もし、無差別に女性を狙う男だったら、それこそ他の女性へ注意喚起もいけないでしょうから……」


 しかし、それに対してエリザベスは視線を落とすと、それは……と言ってそれ以上話したくないような素振りを見せた。

「す、すみません! 変な事を聞いてしまって。怖かったし、話したくないですよね。僕の言ったことは忘れてください!」

 やはり聞いてはいけない事を聞いてしまったかと言う顔をしたオーギュストは、その場を取り繕おうと次の言葉を必死に探した。


 そんな慌てているオーギュストをエリザベスは見つめると、いえ、間違うのと言って、ふーっと息を深く吸い込んだ。

 そして、何か決意をしたような表情を浮かべてこう言った。

「私を襲った人物……それは私の元婚約者なの」

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