30-1.予期せぬ再会
オーギュストとエリザベスが屋台を色々と見て回っていると、通りの途中にある少し広いスペースで突然、エリザベス! と声をかけられた。
「違ったらどうしようと思ったけれど、やっぱりエリザベスじゃない。ああ、まさかこんな所で会えるなんて!」
声を掛けてきた女性は、彼女に会えた事を嬉しそうにした。
「わぁ、久しぶり!」
エリザベスもそう歓喜すると、二人はきゃっきゃしながら抱きしめ合った。
「ところで、お連れの方はどなた? いきなり声をかけてしまってごめんなさいね」
そう女性が謝ると、エリザベスは彼は自分の家に下宿している学生だと彼女に伝えた。
まあ、そうなの! そういえばね……とその友人からは女性特有の話題が次から次へのお喋りになりそうだったので、オーギュストはここは自分は席を外した方がいいなと判断して、他の屋台をちょっと見てくると彼女に伝えた。
「わかったわ。じゃあ、また踊りの会場にあるオブジェの前で落ち合いましょう」
エリザベスは彼に笑顔で手を振ると、再び旧友と楽しそうに会話に戻った。
◆◆◆
エリザベスと一旦別れて一人になったオーギュストは、この後告白するんだという場面に酷く緊張をした。
実は彼はこの日のために、何度もエドガーを練習台にして告白するシミュレーションを行っていたのだがーーー
「好きだ!」
いや、違う
「愛してる!」
なんか安っぽい
「俺の女になれ」
柄じゃないだろう
「月が綺麗ですね」
曇りで月が見えないかもしれないのに?
「S'il te plaît, épouse-moi parce que je t'aime!」
何言ってるかわからない
と、なかなかいい言葉が見つからないようだった。
そんな庭先で奮闘している二人を見て、グラハム夫人はザラキエルと紅茶を飲みながら語り合っていた。
「私の若い頃を思い出すわ。女は待つだけだけど、ああやって男の人は覚悟を決めて女性に愛を伝えようとするのねぇ」
こちらまで緊張してくるわと夫人は可愛らしく微笑み、同調するようにザラキエルも微笑んだ。
「ただ、男は伝えるまでは悩んでも覚悟を決めたら早い……あの子の父親も、母親が修道院行きになりそうになると、馬を走らせて必死に止めて、親族の目の前でプロポーズをしていましたから」
「あら、お父様は案外情熱的な方なのねぇ」
「シェリル本人は否定しますが、私から見ればそっくりです。親子でいられた時間は短いものでしたが」
そう言うと、彼は紅茶を一口含んだあと、何かを思い出すように一言付け加えた。
「ですが、ここに来て良き友はできたようで何よりです」
と。
「あーだめだ、もう、全然言葉が浮かばない!」
オーギュストはその場に座り込んで頭を抱えた。
「そんな諦めるのは早いだろう。ここで言いたい言葉を決めておかないと、いざという時にしどろもどろになるぞ。さあ、もう一度僕をエリザベス嬢だと思って!」
「……」
二人は本気なのか、ふざけてるのかわからない練習はその日の夜遅くまで及んだ。
―――だが、結局のところ、決めうちになる言葉は決まらなかった。
正確に言えば、もうその場の空気を読んで、告白するのが一番なんじゃないかという元も子もないエドガーの意見に落ち着いたのだ。
……やっぱり、あの時にちゃんともっとやればよかったかなぁ……
オーギュストはそう思いながら、空を見上げた。
◆◆◆
一方、友人と話していたエリザベスは気がつけばその場で30分近くも話し込んでいた。
「あら、ちょっともうこんな時間! いけない。エリザベス、それじゃあまたね。今度手紙を書くわ」
友人は街の時計塔をみて慌てた様子を見せた。
「ええ、楽しみにまってるわ。それじゃあね」
友人と別れた後、オーギュストがまだ到着していなければいいのだけど、と思いながらエリザベスは足を早めて会場の方に向かった。
久しぶりにあった友人はとても幸せそうで、一番下の子ももう時期一歳になるのだという。
先ほど会えたのは、子供は乳母に預けて、たまには夫婦水入らずで羽を伸ばしたらどうかという夫からの提案だったそうだ。
今振り返ると、あの友人も結婚する前はやれ婚約者のここが不安、気に入らない、本当にこのまま結婚していいのかなど、エリザベスに沢山相談していたが、どうやらそれらは彼女の取り越し苦労だったようだ。
蓋を開けてみないとわからないものねぇとエリザベスは歩きながら独りごちた。
だが、彼女が待ち合わせ場所の会場に着いても、オブジェの前にオーギュストはまだ到着していないようだった。
クライマックスの点火式がもう時期始まるとだけあって、先ほどの踊りの時よりもさらに人で混んでいる。
屋台でまだ色々物色しているのだろうかと彼女はほっとしたものの、実はこの会場内に彼はすでに着いていて自分を探し回っているのかもしれない。
それなら、少しこの辺りを歩き回った方が早く見つかるのでは……
そう判断したエリザベスが周辺を歩き回っていると、誰かが自分の名を呼び肩をトントンと叩いた。
「あ、オーギュスト。よかった……」
彼女は彼だと思い、名前を呼んで振り返った。
しかし、彼女は肩を叩いた人物はオーギュストではなく、全く想定していなかった別の男性だった。
※オーギュストの父であるエルのプロポーズは
「血族奇譚ー月下の夜に交わした約束ー」の50話と51話に記載しています




