29.王子様とお姫様
いよいよ祭りの当日。
天気も良く、街の広場、家の窓、店先など至る所に様々な花が飾られ、まるで街全体が花でできていると錯覚するほどだった。
「あの変わった人型のようなオブジェは何だろう? 前はなかったような気がするけど」
オーギュストは街から少し離れた広場に建てられた、木の破片か何かで作ったと思われる巨人のように大きなオブジェを指さした。
「あれは、”スワロー・マン”というものよ。毎年このためにみんなで作って、お祭りの終盤にあの像を燃やして豊作を祈るの。踊りの会場もその下にあるわ」
そうエリザベスが解説していると、後ろにいたエドガーが、あの中には実は神にささげるための人間の生贄が入れられてたりしてと言って、オーギュストの背中をバッと叩いた。
「うわっ! 脅かすなよ……」
「ははは。なんてな。僕をぎりぎりまでお祭りに誘ってくれなかったお返しだよ」
オーギュストはシャーロットから祭りにエリザベスを誘ったらどうだと言われた際、エドガーも誘っていいかと聞いたのだが……
なぜか本気でシャーロットは嫌がり、もし勝手に誘ったらオーギュストがエリザベスを好きな事をバラすとまで言ってきたのだ。
流石にそこまで怒るのなら、エドガーは誘わないとオーギュストは言ったのだが、今度はこれに怒る人物がいた。誘わない事を知ったエリザベス達の母親だ。
そんなに来てほしくないのなら、エリザベスもオーギュストも行ってはダメだと言ってきたのだ。
「まあ、わざと誘わなかった訳ではないんだからそんなに怒らないでよ、エドガー。それにシャーロットが言うように、ちゃんと踊りを見る時は遠くから見ないと」
母親に怒られたシャーロットは、それなら来ても良いが、顔がわからないくらい遠い場所で見て欲しいと不服そうにお願いしてきたのだ。
「けど、そんなに踊りが下手なのかな。立ち位置も一番後ろ側の方みたいだし」
オーギュストがそう言いながら、踊りが行われる会場の近くに三人は行くと、彼女の立ち位置をメモで確認した。
「逆にそんなに下手なのなら、どんな踊りをしてくれるのか楽しみだけどね」
エドガーはオーギュストのメモを借りると、ああ、こちらの方だと言って、集まり始めた群衆に先をこされないよう、遠くからと言われていたのにも関わらず、シャーロットをなるべく近くで見られる位置を陣取った。
日が入り始めた頃。
人混みはさらに倍になって増えていた。その人混みに押されて、三人は気がついたら最前列に近い方へと押されていた。
「凄い人混みだ。これじゃあもう後ろにいけないね」
周囲の人を見ながらエドガーがそう言うと
「よく言うよ。確信犯の癖に」
「だって事実だろう? オーギュスト。僕はあの位置が遠い場所だと思ってたのに、こうやって人混みに押されて否が応でも前にきてしまったんだから」
なるほど。それなら仕方ないと、オーギュストとエリザベスは言葉を交わす代わりに目で見あった。
◆◆◆
予定の時刻よりも少し前に松明から篝火に火が灯され、バグパイプ、フィドル、ハープなど様々な楽器がセッティングされると、先に楽器隊の面々が登場して前奏をし始めた。
出だしから、民族音楽らしい軽快で思わず飛び跳ねて踊りたくなりそうな曲だ。
実際に演奏をし始めたとたんに観客で踊り出すグループがで始めると、つられるように他のグループも踊り始めていた。
そして、最初の曲が鳴り止むと、すぐさま別の曲に演奏が変わった。
「あら、この曲は懐かしいわね」
「知ってるんですか?」
オーギュストがそう尋ねると、昔ねとエリザベスは言って
「まだできるかしら?」
と踊りのステップを曲に合わせて踏み始めた。
曲に合わせて正確に踊る彼女に、オーギュストもエドガーも凄い! と言って彼女に拍手を送る。
「こんなの簡単よ。いい? 見てて?」
彼女は簡単にステップを彼らに教えると、一緒に踊りましょう! と言って二人も踊るように促した。
彼らのように他の観客側も盛り上がるなか、突如演奏がストップした。
一瞬の静寂が訪れたあと、ハープの前に数人の女性たちが現れて、演奏に合わせてオーギュストの聞いた事がない言葉で歌い始めた。
その歌声は優しく、彼は初めて聞いたのにどこか懐かしさを覚える曲だった。
観客たちが聴き入っていると、舞台の中央から頭には花冠、そしてタータンチェックの民族衣装を着た若い女性たちが現れた。
彼女たちは一列に並ぶと、曲に合わせてタップダンスのように踊り始め、曲が進行するに連れて、二列、三列と別れた。
「あっ、あそこにいた!」
オーギュストが指をさすと、反対側の方からシャーロットはステップをしながら移動してきて、後列のこの辺りにいると言っていたポジションについた。
最前列にいた女性達は、やはり踊りが上手く顔も笑顔を保っている。
一方でシャーロットは踊れてはいるのだが、ステップを取るのに集中しているのか、笑顔を忘れてしまうほど真剣なようだった。
三人が近くにいるというのにも関わらず、それすらも気づいていないという有様だ。
曲も終盤になり、女性達が二人一組で踊り始めたとき、ようやく彼女は三人が近くにいたことに気が付いた。
ちょっと、何でいるの?! という顔をシャーロットがすると、三人は彼女に向って気にせず踊れと声援を送った。
しかし、彼女はそのことに気を取られてしまったため、一瞬バランスを崩して足を変な方向に曲げた。
一緒に踊っていた女性は大丈夫か? と声をかけると彼女は頷き再び踊り始めた。
◆◆◆
踊りが終わると、ほかの女性たちも家族や友人、恋人がそれぞれ見に来ていたようで、衣装を着たまま舞台を降りて、それぞれの観客のもとへと散っていった。
シャーロットもエリザベスたちのもとにやってきたのだが、足を庇うようにして歩いており見るからにして痛そうだ。
「大丈夫? やっぱり捻ってしまったのね」
エリザベスがそう声をかけると、シャーロットはだから来て欲しくなかったのにと呟いた。
「もう。恥ずかしいから遠目で見ていてって言ったのに。何で近くにいるのよ……はあ」
彼女は不機嫌そうにそうため息をつくと、彼女が踊りに失敗した事が気になってか、踊っていた女性たちがやけにこちらの方を見ている。
「そんなことより、放っておいたら余計に痛くなるわ。早く冷やさなくちゃ」
心配しているエリザベスを援護するように、エドガーも確かにと言った。
「シャーロット。とりあえず衣装を着替えて一緒に向こうにある小川まで行って足を冷やそう。それにそんな足じゃ歩き回れないから僕と一緒に帰ろう。オーギュスト達はこのまま祭りを楽しむといいよ。それでいいですよね、姉上?」
「いえいえそんなの悪いわ、エドガーさん。せっかくのお祭りなのに。ここは私がシャーロットを連れて帰るわ」
しかしエドガーは首を横に振って引かなかった。
「いや、もとは僕がシャーロットを見たいと言って前に来てしまったんだ。その責任はちゃんと取りますよ」
エドガーはそう言うと、シャーロットに着替えておいでと促した。
◆◆◆
シャーロットが着替えから戻ってくると、エドガーは一列目で踊っていた女性と話し込んでいた。何やら笑顔ですごく楽しそうだ。
……もう! やっぱり!……
シャーロットは口をへの字に曲げると、戻ってきたことに気付いたエドガーを無視して、自分一人で歩いてどこかに行こうとした。
「おいおい、シャーロット。そんな足でどこに行くんだい?」
声をかけるエドガーを無視して、さらにどこかへ行こうと彼女は歩いた。
しかし、足を引きずっていたため、駆け寄ってきたエドガーにすぐに追いつかれてしまった。
「どうしたんだよ急に。何か忘れ物でもした?」
「……」
不機嫌そうに黙ったままのシャーロットに、後から追いかけてきたエリザベスたちもどうしたのかと声をかけた。
「送ってくれると言っているエドガーさんに対して、その態度は失礼よ。どうしたのよ?」
エリザベスがそう彼女に問うと、シャーロットはまた彼女たちのことを見てくる女性たちの方をちらりと見た。
「だって……さっきあんなに楽しそうに話してたじゃない」
うつむきながら彼女はそう答えた。一体誰が? とエドガーが訪ねると、先ほど一列目で踊っていた女性のことだと彼女は言う。
「女の子達の間で言ってたのよ。最近、この地域に都会の方から王子様みたいにすごくお金持ちの若い男性がやってきて、結婚相手を探してるって。でも、本人は素性も含めてそのことを隠しているから、一体それは誰なのかわからないって。でも、もしかしたらエドガーさんのことなんじゃないかって」
ぎくり。エドガーとオーギュストは一瞬顔を強張らせてお互いを見合った。
「だから、もしかしたらあの子もそれが目的でエドガーさんに声をかけたのかと思って。あの子は昔から男子の間で人気だし、もしそうなら楽しそうに話してるのに、お邪魔したら悪いし」
エドガーは一瞬黙った。だが……
「ぷっ……」
シャーロットの言い分に対して、突如エドガーは噴き出すと笑い始めた。
「それって、もしかしてやきもち? それなら見当違いだよ。彼女は僕に対してそんなつもりで声をかけてきたんじゃない」
いやぁ、参ったなとエドガーは頭を掻いた。
「そうじゃなくて、君がバランス崩したときにイヤリングを落としたみたいなんだよ。だから後で渡してくれって頼まれたんだ」
そう言って、彼は手に持っていたイヤリングを彼女に見せた。
彼女は慌てて耳元を確認すると、確かに片方のイヤリングがない事に気づいた。
「ほらね。まっ、でも通りで女性たちは僕をチラチラと見てた訳だ。でも、残念ながら僕はそんな王子様じゃないけどね……よいしょっ!」
エドガーはそう掛け声をあげると、シャーロットの背中と膝を抱き上げ横抱きにした。
「きゃっ!」
突然の事にシャーロットは驚きの声をあげた。
「ちょっと、やだ、やだ、降ろしてよエドガーさん」
二人のことをみた周りの女性たちは羨ましそうだったり、きゃーなどの黄色い声を上げている。
「恥ずかしいってば!」
「いや駄目だね。痛がってる女性をそのまま歩かせるのは男が廃るよ。ではお姫様、参りましょう。じゃあオーギュスト。後はよろしく」
そう言って、エドガーは颯爽とシャーロットを抱き抱えたまま小川の方へと去っていってしまった。
「全くキザなところがあるんだよなぁ」
エリザベスと共に残されたオーギュストはそう呟いた。しかしその直後、グーーッと彼の腹の虫が鳴いた。
「あ……」
オーギュストは思わず自分の腹を押さえた。
「あら。またお腹空いちゃった? ふふふ。まだ屋台はやっているし、クライマックスまでは時間があるから、何か食べ物を探しに行きましょうか」
エリザベスはクスクス笑いながら、恥ずかしそうにしているオーギュストに、しょっぱいものにする? 甘いものにする? と尋ねるのだった。




