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21.売られた喧嘩は買います

 夕刻。

 外にいたシャーロットは自分の部屋に戻ろうとしていた。

 すると、家の前のあぜ道に見慣れた女性が馬車に乗ってやってくるのが見えた。

 その女性というのは、なんと来週まで街のほうの家で過ごすはずのエリザベスだった。


 シャーロットはエリザベスが馬車から降りてくると、すかさずに彼女のもとへと駆け寄った。

「ねえ様、どうしたの?! 交渉人の方が来るまであちらで過ごすはずじゃ……何かあったの?」

 心配そうな顔をしているシャーロットに、エリザベスは軽く微笑んだ。

「ちょっとね。事情が変わったのよ。それよりも、今日はお父様がいらっしゃるはずよね。夕食の前に話しておきたいことがあるの」

 彼女は大きな荷物を持つと、自分の部屋の方へと向かった。


◆◆◆


 作業服からの着替えを済ませ、オーギュストは母屋の方へ移動すると、座り込んでリビングの扉越しに耳を立てているシャーロットの姿が彼の目に映った。

「何してるの?」

 彼は変な行動をしている彼女に対してそう尋ねると、彼女はシッと言って、一緒に盗み聞きするようにジェスチャーした。


「エリザベス、それは本気なの?! あんなに嫌がっていたじゃない。どうして……」

 事情を説明して欲しいというふうに母親が言った。

「そうだとも。それに、来週には交渉人が来てくれるはずなんだから、その結果を待ってみても良いじゃないか」

 父親の方も納得できないという様子で、説明しなさいと彼女に求めた。


「お父様。お母様。急に意見を変えてごめんなさい。でも……私、決意したの。確かに今まではずっと未婚でも構わないと思っていたわ。けれど、私は妹たちに何もしてあげられないのに、ずっと彼女たちの家族を頼って生きて行くことになるなんて、なんだか急に自分が情けなく感じてしまって」

 エリザベスは笑みを作りながらそう言った。


「だから、こんなに私を熱望してくれるマコーリーさんの胸に飛び込んでみようと気が変わったの。せっかく交渉人を呼んでもらったのに申し訳ないけど、交渉して頂くのはもう不要よ。その代わり、今度マコーリーさんと会食の予定が入ったからよろしくね」

 話し終えたエリザベスがドアに近づいてきたため、聞き耳を立てていた二人は急いでドアから離れて物陰に隠れ、彼女が立ち去るのをやり過ごした。


「ねえ、今の会話って……」

 シャーロットたちは再びリビングの前に戻りドアをゆっくりほんの少し開けると、信じられないと言った様子で話し込んでいる両親の姿が目に映った。


「両親も初耳のようだったし、きっと避難してる途中で何かあったのよ」

 様子を伺ったシャーロットは小声でそう言った後、ドアを再び閉めた。

 そして、オーギュストの方に振り返ると、再度小声で

「ちょっと、ねえ様本人に何があったのか聞きにあってみましょう。やっぱり、あんなに急に意見を変えるなんておかしいもの!」

と言って、オーギュストに姉の部屋までついてくるようにお願いした。


◆◆◆


 鞄をあけて、中に入れていた荷物をクローゼットに戻す作業をエリザベスが行っていると、コンコンと誰かがドアをノックした。

 彼女は誰? と確認をすることもなく、どうぞとだけ返答すると、ドアを開けたのはシャーロットとオーギュストだった。


「ねえ様。本当にマコーリーさんと結婚するつもりなの?! どうして? 私はもし、ねえ様が未婚だったとしても、私は結婚相手と話し合ってねえ様の事を支えるつもりだったわ。それは真ん中のねえ様も同じ気持ちよ。だから、マコーリーさんの結婚するなんて事は辞めましょう!」

 シャーロットは少し目に涙を浮かべ、荷物を仕舞う彼女の手を止めさせた。

 しかし、エリザベスは首をただ横に振るだけだった。


「もう、シャーリーったら! さっきの話を盗み聞きしてたのね。悪い子。でも、私の気持ちは変わらないわ。あなたは親切のつもりかもしれないし、私もそれに甘えようとしていたけれど……やっぱり、未婚でこのまま一生を過ごすなんて、おかしいことなのよ」

 それに、自分の気持ちだけではもうどうしようもない事だと彼女は言った。


「もうすでに周りに影響が出ているのだし。仮に私の気持ちを押し通したところで、結局後ろ指をさされるのは私だけでなく、お父様やお母様、そしてあなたにも冷たい目を向けられたり、嫌がらせがあるかもしれないのよ? 下手をしたらあなたの縁談だって上手く行かなくなるかもしれないわ」

 そう言って、エリザベスは片付けを再開しだした。


「それじゃあやっぱり……ねえ様は、自分の気持ちよりもほかの人に迷惑がかかるから彼と結婚しようとしているのね? そんなのおかしい! だって、こんなの明らかにずるいやり方じゃない! ここはやっぱりちゃんと交渉人の到着を待って……」

「シャーロット!!」

 食い下がる妹に対して、エリザベスは普段は見せない表情を浮かべて一喝した。


「これはもう、子供の意地悪の話ではないの。もう私たちは大人なのよ。だから個人の意見だけを通して生きようなんてするのは土台無理なのよ。あなたがなんと言おうと、私の気持ちに変わりはないわ。それ以上何かこの件について言ってきたとしても、私はもう答えるつもりはありません! それ以外に用がないなら、荷物も片づけたいしこの部屋から出て行って!!」

 いつもの穏やかな彼女とは全然違う物言いにシャーロットは一瞬無言になった。

 だが、彼女がは顔をクシャっとさせると、うわぁと子供のように泣き出し、そのまま部屋から出て行ってしまった。



 一方、一人残ったオーギュストは無言で再び荷物を片付け始めたエリザベスのことを見つめていた。

「あなたも何か言いたいことがあるの? さっきも言った通り、結婚に関しての話なら答えるつもりはないわよ」


 いつもと比べて棘のある言い方に、オーギュストは心がきつく締めあげられるような感覚になった。

 だが、もちろん彼もこの件に関しては全く納得はしていなかった。

「あの、僕がとやかく言える立場ではない事はわかっています。でも一つ気になることがあって。牧場の人から聞いたんですが、昨晩、街の方で工場の火災があったらしいですね。それも全て燃えてしまったとか」

「ええ、そうよ。でもそれが何?」


「これは僕の推測ですが。もしかして、その工場は先日見に行ったご親戚の紡績工場だったんではないですか? そして、全て燃えてしまったために、その再建費用の援助受けないかとマコーリー氏から提案があったのではないですか?」

 その彼の言葉を聞いて、エリザベスは目を見開き片付けする手を止めた。


「どうして? どうしてそれを? トッドから聞いたの?」

 いいえ! とオーギュストは首を横に振った。

「言ったでしょう。これは僕のただの推測です。でも、やはり図星だったようですね。実はこの街を状況を勉強するのにあたって、参考にあの紡績工場の経営状況を調べていたんです。失礼な言い方ですが、あの工場はなんてしたら全焼したら、とてもじゃないけど自力で再建できるだけの力は持っていない。それでエリザベスさんが急に結婚するって言い出したし、いきなり180°意見を変えると言うことは、もしかして……と思ったんです」


 ふぅとエリザベスはため息をつくと、これ以上は絶対に誰にも聞かれたくないから、シャーロットが開けっ放しにしたドアを閉めてくれないか。

 そして小声で話したいからもっと近寄ってと彼に頼んだ。


「驚いたわね。でも、そのとおりよ。あなたの推測通り、マコーリーさんは再建費用を条件に私との結婚を望んだの。だからそのためのお付き合いを承諾した。そうでもないと、おじ様やトッド達はおそらく……だけど、そんな話をうちの家族にしたら、私をダシにしたのかとあちらの家族を憎むことになるし、それこそ余計に苦しむことになるわ。だから、取引があったことは内緒にしようと思っていたの」

 あなたにはバレてしまったけどね。

 ふふっと、いつものエリザベスと変わらない様子で、その時の彼女は笑った。


「じゃあ、本音としてはやっぱりエリザベスさんは嫁ぎたくないんですね?」

 オーギュストは自分としても絶対にそれはやめて欲しい。

 自分だってあなたのこととを……と言いそうになったが、グッと堪えてそう尋ねるだけに留めた。


「それは……ね。でも、仮にマコーリーさんからの求婚は抜きにしたとしても、未婚を貫き通して妹たちに負担をかけてしまうというのは、考えてみるとやっぱりよくないと思う。正直、真ん中の妹の嫁ぎ先だってさほど裕福ではないし、シャーリーだってどんな人と結婚するのかはまだわからないんだもの。だから、これはいい加減私の身の振り方を決める時期なのかもしれないわね。それに……ううん、何でもないわ」

 エリザベスはなんとかポジティブに振る舞おうとしているようだ。


 そんな健気な彼女に、オーギュストはマコーリー氏に対して恋敵という感情を通り越して、人の弱みにつけ込むなんて心底軽蔑する男だと怒りを感じていた。

 そして、あちらがそういった手を使うのであれば、こちらも徹底的に応戦してやろうと心に決めたのであった。

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