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19.酒場での謀

 案の定、エリザベスが家から出て行ってから数日後、彼女をマコーリー氏と結婚させたい側の議員が家を尋ねてきた。

 だが、今回は母親の予想に反して、見た目からしても温厚な名士と言われている白髭を蓄えたエイブラハム卿ただ一人だけだった。


「せっかく尋ねていただいたのに申し訳ありませんわ。娘は先日の件で、しばらく家にいたくないと置き手紙をして何処かへ避難しにいってしまいましたの。ですから、私たちも今どこにいるのか存じ上げませんのよ」

 母親は丁寧にそう言って、彼に向かって頭を下げた。


「いやいやマダム。どうか、頭をあげてください。私も賛成の立場ではありますが、彼らのしたことは非常に恥ずべき行為だと思っています。今日は彼らに変わってその謝罪もしに来たのですが、そうですか。肝心のエリザベス嬢がいなければどうしようもありませんな。では、これで失礼いたします。ほっほっほ」

 彼はそれ以上の事は言わずに自分の髭を撫でると、いやぁ、今日の天気は晴れてはいるが暑すぎもせず絶好のお散歩日和ですなあと言いながら、杖をつき家をゆっくりと去っていた。


◆◆◆


 エイブラハム卿が家を訪ねてきてから2、3日過ぎた日の夜。

 エリザベスを誘拐しようとしてた男達は、街の居酒屋に集合すると大声で何やら話し合っていた。


「だからあんな爺さんを説得に行かせるべきじゃなかったんだ! そんなの、刃物でも出して母親に居所を吐き出させれば良かっただろう。絶対娘の居どころを知ってるはずだぜ?!」

 日に焼けた肌に、焦茶の髪をした男はそう言ってビールをグッと飲み干すと、ダンッと勢いよくグラスをテーブルに置いた。


「そうも言ってもなぁ。この前、俺たちが押し入ったせいで、最近は警備隊があの辺をパトロールしてるからなぁ。この前のときはあそこの家も見逃してくれたようだが、次入ったらとっ捕まって全員牢屋行きになること間違いないぞ?」

 俺は牢屋には入りたくないねえ、とこの前エリザベスの両腕を掴んだ大きな男は首を横に振った。


 今回、エイブラハム卿だけが向かったというのは、もちろん彼らの暴挙のせいもあった。

 彼らはその後、議員たちにいくら何でもやりすぎだと責め立てられていた。

 そのため、エリザベスがマコーリーを嫌がっているのであれば、北風と太陽の話のように無理やり結婚させようとするよりも、エリザベス自身が結婚したくなるように、彼にも良いところはあるとメリットを伝えられる人物を派遣してはどうかと、エイブラハム卿に白羽の矢がたったのだ。


「だからってよ、このままあの議員たちに任せておいて、結局いいように言いくるめられて使用料がガッポリ取られることになったらどうすんだよ? あの反対派の奴らにはお貴族様も多いし、農業にも関わりがない奴らばっかりだ。本当、誰のおかげで飯が食てるんだっていうのにさぁ。こっち側にしたって、今日の爺さんみたいに裕福な奴らは大して懐も痛くないんだろうけど、俺たちみたいな零細にとっては死活問題だろ? なぁ、お前ら!!」

 彼らのリーダー的存在でもあり、エリザベスを引っ叩いた年配の男がそう叫ぶと、男達は一斉におおう! と声をあげて拳を突き上げた。


「絶対にあの娘をとっつか捕まえて、結婚することを承諾させてやらぁ!」

 年配の男は更にそう言ってビールをぐっと飲むと、なんかいい案ある奴はないか? ある奴は手を挙げろ! と彼らに叫んだ。


「はーい!」


 すると突然、聞き覚えのない声の若い男が手をあげて彼らに混じってきた。


「なんだおめえ? 見慣れないやつだな。何者だ?」

 怪訝な顔をして、年配の男は若い男を睨んだ。

「ああ、すみません。僕、一人旅をしているものでして、寂しいので勝手に混ざってました。へへへ。そうですねぇ、僕ならば……いっその事、その娘の知り合いの家に放火しますね!」


 ハァ?! とその場にいた全員がそう声を上げ、放火? そいつはとんでもねえ! なんでそんな事をするんだよ? と大笑いをした。

「いやー、だって、そんなに頑固な女性なら自分に危害を加えられる分には耐える可能性がある。でも、自分のせいで知り合いの家に火を付けられたって知ったらねぇ……そんなの罪悪感に耐えかねて、嫌でも結婚するっていうに決まってるでしょ。そこまで被害が及んでいるのなら」


「でもよぉ」

 年配の男が、それは死人がでる可能性があるし、流石の俺でもやっちゃいけねぇと思う、それに罪悪感に苛まれて自殺でもされたら本末転倒だよ、とも言った。


「確かに。でも、それが家ではなく商品や仕事道具だったら? 例えば皆さんは農家であるから、畑を燃やされたぐらいなら、収穫物は減っても死人はでないでしょう。天災だってあるし。それに、もし結婚したがっている方が結婚してくれたらその補填費を出してくれると言ったら、お詫びのために嫌でも首を縦に振るんじゃないかなぁ」

 若い男がそう言った瞬間、居酒屋の壁に置かれた時計がゴーン、ゴーンとなった。すると彼は荷物をまとめだし、帰る準備をさっさと済ませた。


「あー、もっと飲みたかったけど残念。ではみなさん、僕は明日早くここを出ないと行けないので、これにて失礼。あと、楽しく飲ませてもらったから、皆さんに奢りますよ。そこの店員さん! ここにもっとお酒をじゃんじゃん運んでください! お代はここに置いておくんで」

 奢りと聞いて、押し入った男達は、こりゃラッキーだったな、若いの奢ってもらってすまねえな! と大喜びして拍手をしたり、口笛をピーピーと鳴らした。



 男達は、居酒屋の出入り口に向かっている若い男にも聞こえるくらいの大声を出して語り続けている。

 そうだな、商品や仕事道具を燃やされたくらいなら嫌がらせで終わるよなぁ。

 そういえば、あの娘の家は羊飼ってるんだっけ? 

 どうだ、だれかあの家の羊の毛を燃やしにいくか? ガハハ……


 若い男は、このくらい盛り上がれば上出来だろうとニヤリと笑うと、店を出てすぐそばの木の下で待っていた男と落ち合った。


「感触はどうだった?」

 目元を黒いマスクで覆った男がそう尋ねると、若い男は親指を立てた。

「なかなかの盛り上がりだったよ。特にあの焦茶の髪の男を見てみろよ。あの男は特に金に困ってる様子だったし、あれは絶対にやりそうだよ」


 若い男は窓から見えている焦茶の髪の男を指差した。

 周りは大盛り上がりをしているが、彼だけはビールのグラスを持ったままで何やらぶつぶつと呟いている。


「ところで、約束のものは? さっき会計に使ったから全然ないんだけど」

 若い男がそう催促すると、マスクの男は金貨の入った小袋を彼にサッと渡し、若い男は中身をすぐさま確認した。

「ふーっ! こんなに。これだけあればしばらく贅沢しても大丈夫そうだ。むしろあんな簡単な仕事だったのにこんなに貰って悪いね! じゃ!」


 小袋を鞄の奥に仕舞い込むと、若い男は口笛を吹きながら去って行った。

 マスクの男は窓越しに焦茶色の髪の男を再び見つめると、種は撒かれたなと呟いて口角をあげるのだった。

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