18.煽動の原因
男達の押し入りから数時間後、連絡を受けた父親が大急ぎで戻ってきた。
彼は皆が集まるリビングへ向かうと、妻と娘が無事で良かったとそれぞれを抱きしめた。
「はぁ……まさかそんな事になるなんてな」
彼は大きくため息をつくと、手で額を抑えながらいつも自分が座っている椅子にどかっと腰をおろした。
「あなた、何か理由を知ってるの?!」
彼の側に座った母親は、こんな事になった原因は? やはり指示したのはマコーリー氏が原因なの?! と矢継ぎ早に質問をした。
「まあまあ、母さん。順を追って説明するから、落ち着いてくれないか。この話はエリザベス自身にも話さないでおこうと思ったのだが……こうなった以上、黙っておくことはできないな」
そう言って父親は発端になった出来事を話し始めた。
◆◆◆
父親によると、そもそも発端となったのはある日突然マコーリー氏が農作物用倉庫の使用料を2倍も値上げすると言ったのが始まりだという。
この地域は農作物を船で早く送れるように運河をメインで使用しており、その送る農作物を船に積むため、一時保管用の倉庫をマコーリー氏から借りていたのだ。
もちろん、そんな事は急には受け入れられないと街の議員も、付近の村の議員も全員が猛反対した。
だが、マコーリー氏によると寧ろこの地域は彼の善意によって割り引かれていただけであって、本来なら2倍値上げされている使用料の方が正しいのだと言う。
「皆さんがお怒りになるのは十分理解できます。でも、我が商会の次のトップに立つ次兄は死去した長兄に比べ、かなり数字に厳しい性格をしているのです。今まではこの地域は私の担当でしたし、裁量でどうにかできたのですが、もう時期私もここを去る身ですし、次の担当は特に次兄に忠実な部下が来ると聞いておりますからねぇ。ですから今まで通りというのは流石に。とはいえ、どうしても値上げさせない方法がない訳でもないのですが」
マコーリー氏はそう言って、とある条件を突きつけてきたという。
「その条件というのはまさか……」
エリザベスはサッと顔を青ざめさせた。
「ああ。お前の予想通りだよ。エリザベス。彼は値上げしない条件として、お前との結婚を持ち出してきたんだ」
父親は彼女の目を見つめると、膝で組んでいた手をギュッと握りしめた。
マコーリー氏はさらにこう続けたそうだ。
「値上げしない方法があるとするならば。それは、私とこの地域のどなたが親族になるーーーつまり結婚するということです。実は、私の家の教えでは、身内は最大の味方であるべきという考えが有りましてねぇ。言い方を変えれば、身内に対しては甘くする事に抵抗がないのです。ですからもし、私がこの地域のどなたかと結婚さえすれば、ここは妻の実家がある訳ですし、その実家の名誉のために使用料だけではなく、その他についても色々と融通を効かせることができるでしょう」
名前はあえて出しはなかったが、その場にいた全員がマコーリー氏の指す人物について直ぐに誰のことかと察した。
そのため、マコーリー氏との話し合いの後、すぐにでもエリザベスを彼に差し出すことに賛成する意見と、それは流石に気の毒すぎるし本当に融通を効かせてくれるのか疑問だと反対する派に別れたそうだ。
「だから農業を主体でやってる連中はいてもたっても居られなかったんだろう」
エリザベスを連れ去ろうとした男達は、多分その議員たちに焚き付けられたのだろうと父親は語った。
「そんな……それじゃあ、私はマコーリーさんと結婚するしかないじゃない」
エリザベスはショックが大きかったのか、両手で顔を覆い、あぁと声をあげた。
しかし、父親は首を横に振り立ち上がると、私は娘に不本意な結婚なんて絶対にさせないさと彼女の肩に片手を置いた。
「幸い、反対派の仲間に交渉と法律に強い人間をロンドンから呼んでくれると言っていた人がいてね。来週来て頂いて、再度交渉する予定だったんだ。まあ、仮に交渉に失敗したとしたら、お前はどこかに逃げてしまいなさい。そうすれば、マコーリー氏も手は出せないだろ。いっそのこと、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれればいいのにな」
はっはっはと彼は、冗談なのか本気なのかはわからないが明るく大きく笑った。
「でも、来週に来てくれるとはいえ、焦った人達にまた押し入られないかと考えたら恐ろしいわ。それに、オーギュストが銃を持ち出して追い払ったんだから、あちらだって武装してくるかもしれないし。そんな事になったら、流石にまた追い返す事はできないわよ」
悩み事は尽きないとでも言うように、母親はハァとため息をついた。
「その点については安心してくれ。連絡を受けた時、ちょうど幼馴染のジョンもいたんだ。彼なら絶対信頼できる。だから彼の家に来週までエリザベスを匿ってもらうようにすでに頼んだ。そういう訳でエリザベス。今すぐ急いで荷物をまとめて、人目がつかないように日が暮れたらジョンの家に向かってくれないか」
エリザベスは頷くと、わかったわと父親に返すして、すぐにリビングを出て自分の部屋に戻った。
一方、父親が作戦を話している最中、その場に同席していたオーギュストは、交渉時に交わされるであろう内容を頭の中でシミュレーションしていた。
仮に交渉したとしても、2倍なんて言ってるものをなしにするなんて、よほどの弱みでも掴まない限り無理だ。
きっと相手も下げられたとしても1.5倍くらいが限度だと言ってくるはずだ。
だが、仮に1.5倍にしたとしてもそれでもかなりの負担になるし、規模の小さな地主にとっては大打撃になることは間違いない。
そんな事になれば、エリザベスを差し出さない限り納得できないと彼らは怒り、憎悪を向けてくる事になるだろう……そうなれば、いつかはエリザベスも彼と結婚しなければいけない時がくる。
つまり、この交渉は失敗に終わる可能性の方が高い。
だが一方、いくら身内に甘いと言ったって、なんの血縁もなく、さらに赤字になる可能性もあるのに長年ずっと割り引いていたなんてあり得るのだろうか?
そう考えると、幾らトップが数字に厳しくない人間と言えど、見逃せないはずだ。
それを踏まえると、本来は値引きなどはしておらず、マコーリー氏による嘘の値上げの可能性が高い。
となると、何としてでもマコーリー氏のエリザベスに対しての思いを捨てさせ、他の地域の使用料もどうなっているか大至急調べる必要があるな……
「よしっ! 思いついた!」
ガタンッと大きな音をたて、オーギュストは椅子から立ち上がった。
「きゃっ! ちょっと何よ急に。こっちは非常事態だっていうのに」
「ははは……ビックリさせてしまってすみません。奥様。僕も急に用事を思い出したので、これで失礼します!」
オーギュストは突然どうしたんだろうと言う顔をした父親と母親を尻目に、急いでリビングから自室に戻ると、ペンを手にしてとある人物に大至急の依頼と手紙を書き始めた。




