17-2.襲撃
男達がエリザベスを廊下に連れ出したその時ーーー
「待て!」
一人の若い男が部屋から彼らに向かって叫んだ。
男達が見知らぬその男に視線をむけると、彼の手にはなんと拳銃が携えられており、今にも彼らに向かって撃とうと身構えていた。
これには男達も驚き、その場ですぐに足を止めてどよめいた。
……よし、今だ!……
一瞬の隙をつき、若い男は拳銃を天井に向かってバンッ! と一発撃った。
あたり一面に煙とその臭いが充満し、男達は先ほどの荒々しい勢いはどこへやらと言うようにうわっと声をあげて身をすくませた。
しかし、年配の男が
「おい! 相手は一人に対してこっちは大人数なんだ! それに今のは空砲だ! 天井に穴は空いてねえ! 一発撃ったらしばらくは撃てねえから、こんなのはハッタリ……」
と言いかけた途端、若い男はなんと今度は彼らにほど近い壁に向かってにバンッ! バンッ! と二発続けて撃ち込んだ。
年配の男が空砲と言い張るのとは裏腹に、今度は煙が消え去ると、くっきりと銃痕がついていた。
「この銃は連射できるように特殊な加工がしてあるんだ! 忠告はこれで最後だ! 今すぐ立ち去らないと一人づつ頭をぶち抜くぞ!」
若い男は腰の後ろに手を回すと、さらにもう一丁の拳銃を取り出して、両手でそれぞれを構えた。
男達はうぎぁぁ! と声をあげ、エリザベスを突き放すとその場に放置して、蜘蛛の子を散らすように一斉にその場から走り去って行ってしまった。
威張り散らしていた年配の男ですら、降参ですとでもいうように両手をあげて逃げていく有様だった。
若い男はへたり込んでいるエリザベスの元に駆け寄ると、キツそうに縛られている手首の縄を解いた。
「大丈夫ですか?! 頬も赤くなってるし、早く冷やさないと」
心配そうに見つめる彼を見て、エリザベスは安堵した表情を浮かべた。
「ええ、ありがとうオーギュスト。私は大丈夫……それよりも、お母様や女中は大丈夫かしら?! あの人達に乱暴な事をされてないといいのだけど」
「ええ、他の人は大丈夫です。奥様は狼狽えていましたけど、今は牧場の人達がついていますから」
オーギュストによると、牧場での作業中に先ほどの男達を見かけたのだが、来客があれば事前に教えてくれるはずとなったのに今日はそれもなかった。
違和感を覚えて様子を伺っていたところいきなり家に押し入ったため、牧場の人間を連れて飛び込んだのだという。
「とりあえず、奥様のところに行きましょうか。あちらも心配しているでしょうから」
そう言って、オーギュストはエリザベスが立ち上がるのを助けると、廊下の先にある階段の方を指し示した。
◆◆◆
「あぁ、エリザベス!」
「お母様…!」
エリザベスと母親は互いに目に涙を浮かべ抱き合って、互いに助かった事を喜んだ。
「あの男達があなたの部屋の方に向かった後、銃声のような音が何度か聞こえたから気が気じゃなかったのよ。そういえば、あなたの頬が赤くなっているけど……まさか撃たれては無いわよね?」
母は娘の体を総点検するように、彼女の全身を見渡した。
「ああ、あれは……だ、大丈夫よ。あの人達を脅すためにオーギュストが何度か撃っただけだから」
「あら、そうなの。なんだオーギュストだったの……え、何ですって?!」
母親は彼女から目線をオーギュストに移すと、確かに彼のウエストの両脇には拳銃が収まっていた。
「きゃあっ! あ、あなたなんでそんなものを持ってるのよ! しかも家の中で発砲って何考えてるの!! うちの娘に当たったら、どうしてくれたのよ! 本当に信じられない! ……それに、まさかあの男の誰かを撃ち殺したりなんてしてないでしょうね?!」
安心したのも束の間、母親は物騒なものを所持しているオーギュストに向かって、いつも以上にヒステリック気味に大きく叫んだ。
「お母様、大丈夫。大丈夫よ。どうか落ち着いて。彼はちゃんと私の方に当たらないようにしたから、私は怪我をしてないし、あの人達にだって当ててないわ」
エリザベスは母親を落ち着かせるためにそう言ってはみたものの確かにある事が気になった。
「そう言えば……オーギュスト、あなたはどこからそんな物を持ってきたの?」
彼の銃をよく見れば、グリップスクリューには銀色の十字架があしらわれている。
大きさからしても、明らかに彼女の父親が所有している猟銃でもないし、害獣を追い払うための銃でもなかったのだ。
「ああ、これは。実は護身用にずっと持たせられていた銃なんです。この前、詐欺事件みたいなこともあったから、最近はすぐ使えるように一応手元にあるようにしてて。もちろん、使ったのはこれが初めてですけど!」
彼によると、よほど当たりどころが悪かったのならともかく、そうではなければ実弾が当たったとしても致命傷にはならない程度の火力らしい。
「それにしたとしても、一人であんな人数を相手にしようとするなんて無茶よ! もしあちら側が銃を持っていたら、あなただって危なかったでしょうに!」
エリザベスの母親は怒っているのか、心配しているのかわからない態度で、彼に向かって叫んだ。
「まあ、まあ。お母様、結果的に私は助かったんだから、どうかあまり彼を責めないで。それよりも、こんな暴挙に出たのは、マコーリーさんが原因なのかもしれないの。詳しい事はわからないけど、お父様が帰って来られたら、何故こんな事をしたのか聞いてもらうように伝えないと」
「マコーリーさんですって? もしかしてあの方、あなたと結婚したいのを我慢できなくて、こんな誘拐まがいな事をしようとしたの? キーッ! 暑さで頭がおかしくなってしまったかしら!」
エリザベスがマコーリー氏の名前を出した途端、母親は怒りの矛先をオーギュストから彼の方に変え、それならあの人の帰りなんて待ってられない! 使いを出してすぐに帰ってきてもらうように連絡します! と、どこかへ行ってしまった。
「そう言えばあの男達、自分たちを破産させるつもりかとか言ってたのが聞こえましたけど、どういう意味だったんでしょうかね?」
エリザベスと全く接点のない事を彼らが言ってきたのは引っかかるな、とオーギュストは腕を組んだ。
「さあ。私も何がなんだかさっぱりよ。もしかしたら、何か誤解があったのかもしれないわね。ところで、この後は牧場の作業をストップして、私のお願いを聞いてくれるかしら?」
そう言ってエリザベスはオーギュストに向かって、ふふっと微笑んだ。
「え、作業を止めてすること? 今日は他に予定がありましたっけ?」
オーギュストは何か忘れてたかなと頭を掻き呟きながら彼女にそう尋ねた。
「ううん、予定はないのだけど」
彼女はそうではないと首を横に振った。
「お父様も助けてくれた事はとても感謝すると思うわ。でもね、あなたが上の階の壁に打ち込んだ銃痕をみたら、流石に温厚なお父様でもなんて言うかわからないでしょ?」
確かに彼女の言う通り、実弾を放ったと知ったら……
「だから、まだ帰らないうちに"偽装工作"しておきましょう。幸い、現場を見てたのは私だけだから、空砲だったと言えばいいし、壁を塗り直したのも男達が暴れて穴を開けたとでも説明するわ。私、壁を塗り直すための道具を取ってくるから、あなたは弾の残骸を回収しに行っててくれる? 二人だけの秘密よ」
「二人だけの秘密……ですね。承知しました」
二人はお互いに人差し指を口元にたてると、軽くふふっと笑った。




