17-1.襲撃
「ふわぁ……もう12時か。そろそろ寝なきゃな」
オーギュストは12時を少し過ぎた時計を見たあとに大きなあくびをすると、書き物を止めてベッドに飛び込みゴロンと仰向けになった。
……それにしても、エリザベスさんは大丈夫かな。あの後は普通にしてたけど、変に引きずってないと良いけど……
オーギュストはその日の昼の出来事を回想した。
変な女性に怒鳴られた後、彼らはシャーロット達と合流して約束の通り広場でピクニックをしたのだが、エリザベスはその女性の事を話題にも出さずに、いつも通りの様子を見せた。
だが、今考えるとあの女性の話を出さなかったのは、少々不自然に彼は感じた。
普通、あんな怒鳴られ方されたら、話のタネとして変な人に会ったくらいは言っても良いはずだ。
しかし、触れなかったと言うことはやはり何かあの女性とはあったのだろうか? 明日シャーロットにそれとなく聞いてみようかどうするか……
オーギュストはそんな考えをぐるぐると頭に巡らせながら目を瞑ると、いつのまにか夢の世界へと落ちていった。
◆◆◆
翌日。
オーギュストは昨日の事をシャーロットに聞いてみようと思ったのだが、彼女は朝食を食べた後珍しくすぐに出掛けてしまった。
実は彼女、村で今度開催する祭りの踊り子に抜擢されていたそうで、今日はその踊りのレッスンに行って夕方まで帰って来ないのだという。
……まあ、急いで聞く話でもないし。聞いたところで何かあるわけでもないしな。よいしょ!……
オーギュストは気にはなりつつも、いつものように、牧場で羊のための藁を集める作業に精をだした。
それにしても今日は気温が特に高い日だ。作業量は変わらないのに、いつのまにか額から汗がポタポタと垂れてきている。
彼は首に巻いた布でそれを拭き、飲み物の入ったカバンの所まで戻って休憩していると、男達を乗せた何台かの馬車が家の前にやってきてきたのが目に入った。
◆◆◆
ドンドン! ドンドン!
早く出てきて欲しいとでも言いた気に、小太りで背の低い中年男性が玄関のドアを強めに叩く。
「はい、どなたで……」
呼び出された女中がドアを開けるやいなや、男達は雪崩のように無理やり家へ押し入りエリザベス嬢はどこだ! と言って叫んだ。
男たちは女中の制止を振り切って、ドアを荒々しく開けてティールームやリビング、さらには食堂とズカズカと家の中を歩き回った。
「ちょっと! あなたたち勝手に何やってるの?! 人のうちに断りもなく入ってくるなんてあまりにも無礼でしょう! さっさと出て行っ……」
突然押し入ってきた男達を前に、何事だと急いで階段から降りてきたエリザベス達の母親がそう叫んだ。
しかし、男のうちの一人がうるせえ! と逆に大声で怒鳴りつけて彼女を黙らせた。
「あんた、母親なんだろ! さっさと例の娘をこっちに引き渡せ! あんたの家の娘のせいでこっちは大迷惑してんだよ!」
男は怒りをぶつけるかのように、わざと壁をガンガンッ! と大きく拳で叩いた。
さらに他の男達も早く出せよ! 隠しても無駄だぞ! と大声で叫んだり、壁を叩いたりしている。
男達のあまりの気迫に、普段ツンケンしている母親も流石に恐怖を感じて頭の中が真っ白になり、誰か! と叫ぶどころか足がすくんでその場で動けなくなってしまった。
一方、自室で読書をしていたエリザベスも、ドンとした物音や、自身の名を大きく叫ぶ聞き慣れない男の声を聞き取った。
彼女は驚いて本から顔をあげると、ただならぬ雰囲気を感じとり、声を潜めた。
だが、彼女が窓から逃げたり、部屋の鍵を掛けるよりも前に、男のうちの一人が彼女の部屋を見つけてドアを開けてしまった。
「おい! ここに居たぞ!」
見つけたとの声に、他の男達は探索を辞めると一斉にドタドタと彼女の部屋の中に集まった。
「……いきなり何なんですか?!」
窓際に追い詰められたエリザベスがそう叫ぶやいなや、男の中でも一番ガタイのいい男が彼女に近づくと、彼女の両手を掴んだ。
「痛いっ! 乱暴はやめてください! 一体何を……」
腕を掴まれた彼女は意味不明な男の行動に顔を青くした。
すると、男の中で最も年配そうな男がこう言った。
「あんたのワガママのせいで俺たちは皆んな迷惑してるんだ。一緒に来い!」
「……ワガママですって? 一体どこへ? どういう事?」
彼女を捕まえた男に両手を背中で捕まえられながら、エリザベスがそう尋ねると、年配の男は苛立ちを隠せない様子で大きなため息をついた。
「何も知らないって事はないだろう! ……あんた、何度もマコーリー氏からプロポーズされてるのに断ってるんだろ! いい加減受け入れたらどうなんだ。この行き遅れ女が!」
「プロポーズを断ったからですって? 彼の命令なの? 彼のところへ連れて行こうとしてるの? こんなの誘拐と変わりないじゃない! こんな事をしても私は彼と絶対結婚なんてしません!」
バシンッ!
部屋中に痛そうな音が響き渡った。
エリザベスが刃向かった途端、年配の男は彼女の頬を思い切り叩いのだ。
突然のことに、エリザベスは声も出せずにただ茫然とした。
「生意気な……一人じゃ何もできない女のくせに! いいか、お前のワガママのせいで、俺たち農家は破産するかもしれないんだぞ! 自分たちはこれからも悠々自適に暮らそうとする癖にな! つべこべ言わずに来い!」
男はポケットから縄を取り出すと、エリザベスの白い手首にそれをぐるぐると巻いて、彼女を部屋から連れ出そうとした。




