14.両親について
「それは親としてどうなの。全く理解できないわ!」
エリザベスが食堂の様子を伺った所、顔を赤くした母親がそうオーギュストに向かって叫んでいた。
テーブルにはワインのボトルが何本か置かれており、部屋の中はそれらの香りが漂っていた。
「大体ね、そんな2歳くらいの幼い子を置き去りにして二人だけでどっかいっちゃうなんて。私からしたら理解不能よ。死期が近いだかなんだか知らないけど!」
オーギュストももうさすがにやめておきましょう? と母親に向かって止めに入っているが、彼女はいいえ、私はまだ大丈夫。あともう一杯注いでちょうだい! と譲らない様子だ。
「ちょっと。お母様ったら飲み過ぎじゃない? 手に持ってるボトル返して」
見かねたエリザベスが食堂に入り、出来上がっている母親に注意をするが、彼女はボトルをギュッと抱くと返さない! と大きな声で叫んだ。
「仮に私がそうだとしたら、最期まで子供と過ごす事を選ぶわよ。なのに、二人だけで旅行して、その上心中ですって?! キーッ! 子供をなんだと思ってるの! その場にいたら私が二人を引っ叩くわよ。なんて身勝手なの」
「お母様ったら、こんなに酔っ払うなんてみっともないからよしてよ。はい、紅茶を入れたから飲んで。ねえ、オーギュスト、これは一体どう言う状況なの?」
エリザベスはティーポットから紅茶をカップに注ぎ、母親の前にそっと置くと呆れた様子で少しため息をついた。
「すみません、僕もテイスティングで奥様がサクサク飲んでいくから注意していたんですけど……」
オーギュストによると、試作ワインを最初は一口づつ試飲していたようなのだが、どの味も気に入ってしまったらしい。
さらに一杯づつ飲みたいと言ったので話しながら飲ませたところ、今になって酔いが回ってきてしまったとのことだった。
「大丈夫よ、私は酔っ払ってなんかいないわ! それよりもエリザベス、聞いてちょうだい。この子のご両親があまりに無責任過ぎて……はぁぁぁ」
そう言った瞬間、母親は力尽きたのかテーブルに突っ伏すと眠りに落ちてしまった。
ちょっとお母様、こんなところで寝ちゃダメよとエリザベスは声を掛けるが、すでに母親は寝息を立てている。
オーギュストは苦笑いしながら椅子から立ち上がり、風邪を引くといけないからと自身のジャケットを彼女の肩に掛けた。
「酔っ払ってるとは言え、あなたのご両親の事をあんな悪く言うなんて。どうか気を悪くしないでね」
エリザベスは母親の言った事を気にしたようだが、とうのオーギュストはとんでもないですと首を横に振った。
「いえ、そんなことないです! むしろ、怒ってくれて凄くスッキリしたと言うか。変だと思うかもしれないけど、僕としては嬉しいです。屋敷……いや、僕を育ててくれてた人たちは、こんな風に両親のことを怒ってくれた事はなかったので」
オーギュストは微笑むと幼い頃の事を思い返した。
自分にはなぜ母が居ないのか、父がいないのかと屋敷の人間や祖父に聞いても、いつか帰ってくるから待ってて欲しいと言われるばかりだった。
一年経ち、二年経ち……それがいつしか、屋敷にいる人間の間では母と父はすでに死んでいるという話になっていた。
オーギュストも世の中がわかってくるにつれて、二人はとても仲睦まじかったが母は不治の病で苦しんでいたこと、余命がいくばくもない中に二人で最期に旅行にいった事から判断すると……
行く末に絶望した父が、母と一緒に心中したのではないかと言う答えに行き着いたのだ。
もちろん、屋敷の人間はそうに違いないとは明言していないし、第一に二人の遺体も見つかってないので推測に過ぎないのだが、彼はそうとしか考える事ができなかった。
そしてその推測を思いついた時、彼はなぜ自分だけ取り残されたのだろうか?
自分は彼らにとって一体何だったんだろうかと虚しさが襲い、それ以上の事を考えるのが怖くなったのだ。
「けど、本当に奥様の言う通りですよ。もし、二人が奇跡的に生きて会えたとしたら……僕としては会えて嬉しいというよりも、馬鹿野郎! って叫びたいのが本音なのかもしれませんね」
「オーギュスト……」
エリザベスはその後に何か言葉を続けようとしたが、オーギュストの目が潤んでいるのを見てそれ以上の言葉が出なかった。
彼はシャツの袖で素早く目を拭うと、そう言えばと話題を切り替えた。
「そういえば、明日はエドガーとシャーロットも一緒に工場に行く約束でしたよね? 街も見にいけるの楽しみだなぁ」
「えっ……あぁ、そうそう! せっかくだから、街でお買い物でもしてきましょう。何か欲しいものはある? お店の数は結構多いから、気になるものがあるならご案内するわ」
んーそうだなぁとオーギュストが考えていると、玄関の方から扉が開く音が聞こえた。
こんな時間に誰だろうとエリザベスが見に行くと、家に帰ってきたのは村の会議に出ていたはずの父親だった。
「あら、お父様。こんな時間に珍しい。何か忘れ物でもなさったの?」
エリザベスが不思議そうに尋ねると、彼は食堂で眠り込んでいる母親をチラリと見るだけにとどめて、またすぐ会議に戻る、今日はかなり長引きそうだから夕食も要らないとだけ伝えて足早に去っていった。
「いつもだったら、お母様の様子を聞くのに……聞く余裕もないくらい忙しいなんて。何か悪い事が起きてないといいけど。さっ、それより何か欲しいものは浮かんだかしら?」
エリザベスはオーギュストの方を向くと、先ほどの事をまた尋ねた。
「うーん、まだですね。ここの片付けをしながら思い出しておきますよ。あと、旦那様は今晩いらっしゃらないようですから、残りのワインは牧場にいる人に渡してきます」
ボトルの栓を締めながら、何にしようかと思っていると、私も手伝うわねとエリザベスは空いたグラスを手に持った。
「そう言えば、ちょっと前に新しいベーカリーが出来て話題になってるってシャーロットから聞いたわ。タルトやパイも売ってるそうだから、良かったらそこにも寄ってみましょうか」
すると、はい! っと返事をする代わりにグゥ〜っとオーギュストのお腹の音が盛大に鳴った。
「いいわ。じゃあ決定ね」
とエリザベスが言って、二人は大笑いするのだった。