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13-1.謎の贈り主

 案の定、彼女たちの母親は体調が戻らないとその日の夕食は欠席をした。

 いつもは、のんびりとしている父親も今日ばかりは心配しているようで、後で寝室に何か口に入れられそうなものでも持って行ってくれないか? と料理を取り分けている女中に指示をした。


「ところで、君達のお母さんは何か好きなものはあるの?」

 食事をしながらオーギュストがシャーロットとエリザベスにそう聞くと、彼のことを嫌ってる母について突然尋ねるなんてどうしてだろう? とでも言う様に、聞かれた二人は顔を見合わせた。


「あぁ……なんだか今日の事件で凄くショックを受けていたようだから。こう言う時は好きなもので気を紛らすのが一番かなと思って」

 オーギュストは誤魔化すように苦笑いをしながら頬をぽりぽりと掻いた。

「うーん、お母様の好きなものねえ。何かしら? ……お花かしら? そういえば聞いた事が無かったわ。ねえ様はわかる?」

 シャーロットはそう言ってエリザベスに尋ねた。


「そうねぇ、秋のバラが好きとは言っていたけれど今の季節ではないから……食べ物ならステーキパイが好きだったと気がするけれど、作ってもらったところで、今は食べたい気分では無いかもしれないし」

 何がいいのかしらねぇと二姉妹が考え込んでいると

「なんだ、お前たちは娘なのに、自分の母親の事がよくわかってないのか。はあ……彼女のご機嫌を取るならスパークリングワインだよ」

ため息をつき、母親のことをよくわかってない娘たちに少し呆れた様子で、父親がそう言った。


「いやぁ、若い頃にちょくちょく喧嘩して、こちらが悪いと思った時は街でちょっといいのを買って、ご機嫌取りに行ったもんだ。そう言えば……貯蔵庫に無かったかな?」

 父親がおーいと台所に下がった女中を呼び、貯蔵庫に無いか尋ねると、あいにく今切らしてると彼女は首を横に振った。

「そうか。じゃあ、明日工場に出向くついでに買って帰るかな。ついでに私の好物のウイスキーも……うひひひ」

 父親がしめしめと言ったような笑いをしていると、オーギュストがあのーと静かに手を上げた。


「よければ、明日、僕がグラハム邸に戻ってスパークリングワインを取ってきましょうか? 仕送りしてもらってる荷物の中に、僕の故郷で作っているスパークリングもあったはずですから。それにワインは沢山送ってきてくれているので」

「ほお、新大陸で作ってるものかね。それはここら辺では見かけないから珍しい! 彼女も喜ぶと思うぞ」

 彼の提案に父親は少し驚いたようだが、賛成している様子だ。

 そして、私も飲んでみたいから、一本とは言わずに二本でも、三本でも、ついでに他にも有るなら白でも、赤でもいいぞと彼は冗談で言っているのか、本気で言っているのか分からないが彼はそう付け加えた。


◆◆◆


翌日。


 シャーロットが、母が寝ている寝室のドアをコンコンとノックをすると、小さな声でどうぞという声が返ってきた。

 彼女の手には、よく冷やしたワインを入れた桶とグラスが携えられている。


「お母様、調子はどう?」

 サイドテーブルに桶とグラスを置きながら、ベッドに横たわったままの母親に、シャーロットはそう声を掛けた。

 さりげなくシャーロットが母親の顔をみると、彼女の目元は少し腫れてさらにクマができていた。


「心配ありがとう、シャーリー。結局昨日もあまり眠れなかったの。だから、悪いけどもう少し横にならせてくれないかしら」

 そう言って、彼女は元気でない様子をみられたくないのか、片方の手で目を覆った。

「そう……じゃあ、ちょうど良かったかも。これでよく眠れるかもしれないわ」

 見てみて! とあえて明るい声で、シャーロットは茶色のボトルとグラスを母親に向かって見せた。


「なあに、それは」

 母親は億劫そうにシャーロットからボトルを受け取ると、ラベルをまじまじと見つめた。

 それは自分が今まで見た事のないデザインで、文字もフランス語が書かれている。

 たが、ラベルの一部に書かれた英語から、それがスパークリングワインだと彼女は理解した。


「あら……まーあ。私の大好物を差し入れてくれるなんて! あの人かしら?」

 母親はボトルを見ながらベッドからゆっくりと上半身を起こすと、さっきほどとはうって変わって少し顔を輝かせて微笑んだ。

「あの人って、やっぱりお父様かと思った? でも残念! このワインを送ってくれたのは違う人よ」

 シャーロットがニヤけた笑いを浮かべながら、ハズレだと首を横に振る。


 予想外の娘の反応に、え? 嘘でしょう、違うの? とかなり驚いた様子で母親は目をパチクリとさせた。

「じゃあ、誰がこれを……」

 母親は少し考え込んでいる様子だったが、ハッと何かに気がついたらようだ。

「……! あ、わかったわ。彼しかいない。そうよ、エドガーさんよ。こんな素敵な差し入れをくれたんですもの、さすがセンスのある方だわ」

 母親はきっとそうよ、当たりでしょう?と言う様に嬉しそうな笑みをシャーロットにして見せたが、彼女はまだニヤニヤした様子を続けたままだ。


「そうねえ。どうかしら。まあ、くれた人はともかく飲んでみて。お礼も元気になったら本人を前に言ったらいいわ」

 シャーロットがシュッと音を立ててコルクの栓を抜き、グラスに静かにスパークリングワインを注ぐと、甘く華やかな香りが辺りに漂った。

 ああ、香りもなんて素晴らしいの! きっとこれは一流品よ! と飲む前から絶賛している母親は、グラスをシャーロットから受け取り、すぐそれを口にした。


「はあ……予想通り。こんなワイン今まで飲んだ事がないわ! この地域の名士のパーティですら、このレベルのワインを出されたことがない。今まで飲んだ中で一番美味しいわ!」

 彼女は飲む前よりもさらに大絶賛すると、クイっとグラスの残りを飲み干した。


「ふふっ。お母様がお気に召したみたいで良かったわ。それで眠れると良いわね」

 シャーロットはお代わりの一杯をグラス半分に注ぐと、これ以上は体に良くないからとボトルに栓をして、部屋から立ち去る準備をした。


「このワインは持ち主が他にもまだ何本か持ってきてくれているから。元気になったら、また飲みましょう」

「あら! そうなの。これなら絶対によく眠れるわ。早く良くなってもっと飲みたいわ!」

 注いでもらったお代わりの分も飲み干し、気分の良い様子で母親は目を閉じると、数秒もせずにスーッと寝息を立ててしまった。


……まさか、持ってきてくれたのがオーギュストさんだと知ったら、お母様はどんな反応をするのかしら。ふふっ……


 そう思いながら、シャーロットは母親を起こさない様にゆっくりと動くと静かに寝室のドアを閉めた。

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