11-1.ラブレター
「お待たせいたしましたわ。マリアンヌさん、どうぞこちらを……」
どこからか戻ってきたエリザベス達の母親は、マリアンヌに木箱に入った金の留め具に大ぶりな宝石をあしらったブローチを見せた。
「ま、まあ、こんなに立派な宝飾品を……! ありがとうございます。きっと伯爵も喜びますわ。ぜひ、いえ、必ずご招待頂けるように、私も力を尽くしますわ」
そう言って、微笑んだマリアンヌが母親から木箱を受け取ろうとした瞬間だった。
「渡してはダメです! ちょっと待ってください!」
台所から大声を上げてそう制したのは、オーギュストだった。
突然の事に、この男性は誰だ、一体何だとお茶会の招待客一同は呆気に取られた。
しかしすぐに、
「ちょっと! あなた、人のお茶会に乱入して何を言うの。ほほ、皆さん、気にしないでください。しっしっ! 変な事言わないでさっさとここから出ていきなさい!」
と、母親は手を振りながら、オーギュストの事をティールームから追い出そうとした。
だが、彼は真剣な顔をして首を横振った。
「いや! 引きません! その女は……ここにくる途中にお尋ね者の貼り紙で見かけた詐欺師なんです!」
詐欺師? そんなのはただの勘違いではないのかと、招待客らは口々に声をあげ、連れてきたプレストン夫人にいたっては何て無礼なと険しい顔をしている。
また、詐欺師呼ばわりされたマリアンヌは困ったわとでも言うように
「まあ、酷い。詐欺師だなんて人違いですわ……なんのことかさっぱり……」
と上目遣いをしながら、気弱そうに言った。
「その公娼と王妃が仲良かった? いや、そんなのはありえない。なぜなら、王妃自身の母親が娼婦に対してかなり否定的で、王妃もその影響を受けていた。だから、本当は仲が良くて姪をわざわざ世話をするために監獄に行かせていたなんてありえない! 仲の悪さは僕のお爺さ……いや、僕が世話になってる事業家がよく語ってくれてたし」
オーギュストの言葉に、それでは私が嘘を言っているとおっしゃるの? 私は嘘なんてついていません! と彼女は泣きそうな声で否定した。
「仲が本当に悪かったなんて、第三者の話の方が証拠になりうるんでしょうか……第一、私は王妃からお預かりした手紙をもっているんですよ?」
彼女はテーブルに置かれた手紙を指差した。
「そうですとも。この手紙は本物だと、フランス王室に詳しい私の知人も言ってたのよ。嘘のはずがないわ!」
マリアンヌに加勢するように、顔を赤くしながらプレストン夫人も声を荒げた。
だが、オーギュストの方も譲らなかった。
「おかしいなぁ。王妃はファーストネームと国名なんて書名をしなかったそうだけど。それに……監獄なんて検閲が当たり前なのに、わざわざ封を閉じるためのシーリングスタンプなんて用意するかな? しかも王家の紋章入りなんて」
わざとらしく、なんでだろうとでもいうように腕を組んだオーギュストの指摘に、マリアンヌの顔色が少し変わった。
「ましてや、監獄には誰が閉じ込められているか秘密にされていたはずだし。もちろん王妃だって名前を出す事を禁止されてたとか。だから、仮にシーリングスタンプを用意したとしても、王家の紋章入りのものなんて絶対に許されないはずだ!」
彼のさらに鋭い指摘に、マリアンヌはクッとした表情をした。
一方、本物だと信じていたプレストン夫人はおろおろし始めて
「で、でも、そうしたなら私の知人はなんで本物なんてだなんて私に言ったの? それに、頂いた招待状だって同じマークのシーリングスタンプだったのよ?」
と、マリアンヌの顔をちらちらと見た。
あの夫人……のオーギュストは声をかける。
「僕だって気づくくらいなんだから、フランス王室に詳しい人ならもっと変だと気づくと思いますよ。その知人もこの女に騙されたというより、実はグルで夫人を最初から騙す気だったんではないでしょうか」
そして、オーギュストはおもむろにテーブルに近づくと、証拠だという手紙を手に取った。
何をするか察したマリアンヌは
「何するの! 辞めてください、大事な物なんですよ?!」
と大きな声で叫んで彼の行為を止めようとしたが、その声を無視してオーギュストは手紙の封を切った。
「これは……」
中の手紙を取り出し、それを読んだオーギュストはなぜかハハハと笑い始めた。
「何で笑ってるの? 何が書いてあるの?」
心配そうにエリザベスが理由を聞く。
「あー……確かにこれは本物だ」
なんですって? やっぱり偽物じゃなくて本物だったの?! と夫人たちから声が上がる。
だが……
「これはある意味本物ですよ。でも、これは王妃が書いたものじゃない。多分これは……首飾り事件でやり取りがあったと言われるニセ王妃の手紙だ!」
オーギュストによると、明らかにこれはラブレターであり、詳しい内容についてはあまりにも生々しくて下品で、女性を前に僕の口からはとても言えませんと言った。
「だから、こんなものを死刑直前の王妃があなたに渡す訳ないんだ! ましてやこんな内容の物を実の娘に対してだなんて。いい加減、白状したらどうだ!」
彼は、黙り込んで困り顔をしているだけのマリアンヌに向かってそう叫び、突如彼女の髪の毛を無理やり掴み強く引っ張った。
すると、彼女が痛がるそぶりもなく髪の毛は抵抗なくするんと取れ、オーギュストはそれを床に投げた。
招待客からはきゃー! っという悲鳴があがったが、目の前には髪の毛をむしり取られた女ではなく、金髪の髪を短く刈り込んだ女が現れた。
つまり、マリアンヌは黒髪のかつらを被っていたのである。
「はあ、上手く行きそうだったのに……」
マリアンヌはそう呟いたあと、大きな声で、ふざけんな! と悪態をついた。
そしてイスを思いっきり蹴り上げて、オーギュストの方を思いっきり睨んだ。
先程の大人しそうな女性とは全く違う様子に招待客たちは怯え、悲鳴をあげて彼女のそばから一斉に離れた。
「やっぱり詐欺師だったのか! 大人しくそこに座れ!」
オーギュストは怒りで震えてる彼女にそう命令した。
しかし、彼女はその命令に従うどころか、テーブルに飾られていた花瓶を素早く取ると、思いっきりオーギュストに向かって投げつけた。
ガシャン!!
と大きな音が室内に鳴り響く。
「!?」
オーギュストも防御の体勢を取ったため、一瞬の隙が生まれてしまった。
そして、その隙をチャンスとばかりに彼女はスカートをたくし上げて、ガーターベルトに差し込んでいたナイフを取り出すと、目についたエリザベスの元へと駆け寄り、彼女を捕まえると喉に向かってナイフを当てた。