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10.王妃を知る者

 オーギュストは部屋の窓辺に佇むと、ティーカップに口をつけて外を眺めた。

 エリザベスの家に来て何日か経過しているが、今日は休息日として一日自由にさせてもらったのだ。


 部屋の掃除や洗濯物の取り込みなど身の回りの事は済んでいるし、あとは何して過ごそうかとあれこれ考えていると、馬のいななきと共に玄関の方へ何台の馬車が停まるのが見えた。

 馬車からはぞろぞろとおしゃべりをしながら女性達がおりてくる。

 年頃としては、エリザベスの母親と同じくらいだから、きっとお茶会か何かをするのだろう。

 そう思って彼女達を見ていると、一人だけ他の女性よりも若く、少し雰囲気の違う女性がいた。


 黒い髪の毛に糸目、目元には黒子がある。

 そして顔立ちはどこかで見たことのあるような……あれはもしかしてフランス人か?

 ロンドンならともかく、こんな所に珍しいなぁと思いながら、オーギュストは紅茶を口に含んだ。


◆◆◆


 来客が来る前に、母屋ではエリザベスとその母親がバタバタとしていた。

 母親はエリザベスに今日は大事なお客様がいらっしゃるのだから、なるべく新めで清楚に見せてくれるドレスを選びなさい。

 お化粧は丁寧に、でも香水は控えめでと、彼女をいかに美しく見えるようにするかに力を注いでいた。

 

 ……お見合いでもないのに、何をそんなに細かくいうのだろう。お母様はただのお茶会といってるけれど、本当かしら……


 部屋で支度をしながらエリザベスがそう思っていると、コンコンとドアを誰かがノックした。その正体はシャーロットだった。

「何だか今日のお母様は妙に張り切ってるわね。誰が来るのかしら? ねえ様聞いてる?」

「ええ。いつものメンバーと、あと、プレストン夫人がお連れの方を連れてくるみたい」

「お連れの人ってまさか……男の人?」

 シャーロットは小さくキャッと声を上げて、両手を口元に寄せた。


 しかし、まさか! と言って、エリザベスは首を横に振った。

「それならとうに、私はお茶会に出ないって拒否してるわ。女性の方だそうよ」

「ふーん。じゃあ、何のためなのかしら?」

 シャーロットは唇に指を当てて首を傾げた。


「ところで、シャーリー、あなたは忙しくしていないようだけど参加しないの?」

「私はなぜか声が掛かってないのよね。まあ、いつものメンバーなら私が居ても居なくても変わりないし。それに……実はこれからエドガーさんとデートしてくるの」

 デートですって! いつの間にそんなにあなた達進展したの? とエリザベスはわあっと嬉しそうに声を上げた。


 いつの間に進展した……

 そうエリザベスが声を上げたのも、エドガーをこの家に招待したのは、シャーロットといい雰囲気になったからと言うわけではなく、実はオーギュストがハンカチを直接返す機会を作るためだったとシャーロットから明かされていたのだ。


 それに、エドガーと仲が良さそうに見せることはシャーロットにとっても思いがけず都合が良かった。

 もし彼がいなければ、シャーロットはまだ結婚願望もないのに、舞踏会で早くいい人を見つけなさい! と毎日のように母親からの圧が掛かっていたに違いないからだ。

 そのためシャーロットは

「本当はエドガーさんとは何もないという事は、お母様にはちゃんと秘密にしてね。うるさいから」

とエリザベスにお願いをしていた。


「デートなんて冗談よ。あの方、意外と読書家で感傷小説も興味あったりするんですって。だから、今日、彼の持ってる本を貸して頂くのに合わせて夕食に招いたの。それに、オーギュストさんの様子も気になるって言ってたしね」

「あらあら。てっきりいい話が聞けると思ったのに。私、あなた達はなかなか良い組み合わせだと思うわよ。今度、本当にデートに誘ってみたらいかが?」


 やだ、ねえ様! 私たちそんなんじゃないんだから。

 本当に本当にただのお友達なんだから! とシャーロットは首をブンブンと振っていて、少し頬を赤くしている。

「もうっ! ねえ様ったら揶揄うなんて。それにエドガーさんは都会の人だもの。私みたいな田舎娘なんて興味ないだろうし、きっと都会に帰ったらお見合い話もたくさんきてるわよ。それに、私たちには男兄弟がいないから……そうね、お兄様! お兄様的な存在であるわけよ。だから、私たちは一切何もないの!」


 シャーロットは腕を組みながら弁明をしたが、それでも顔はちょっと赤いままだ。

 そんな可愛らしい妹の姿を見てエリザベスは微笑むと、もし妹が自分でも気づかぬうちに恋をしているなら上手く行きますようにと、心の中でこっそり祈るのだった。


◆◆◆


 ……小腹が減ったな。アンにりんごでも分けてもらおう……


 オーギュストがそう思って、母屋の台所に行くと、お茶会の準備がひと段落して、余った焼き菓子をヒョイと摘んでいる小太りなアンと、同じ小腹が空いたのかつまみ食いをしているシャーロットがお喋りしていた。


「りんごあるかな? 一つ貰いたいんだけど」

 そう言ってオーギュストが棚の中のバスケットの中を見ていると、あいにく今は切らしてるとアンは言った。

「でも、あんたの好きなスコーンをたくさん焼いてあるからさ。どれでも好きなの選びなよ」


 彼女は作業台に置いた数種類のそれらを指差した。

 今日はシンプルなものやら、胡桃の入ったもの、紅茶の茶葉の入ったものなどがある。

 やったー、ツイてると言って、オーギュストがどれにしようかなと選んでいると、台所に隣接したティールームから、まあ凄い! という声があがった。


「その時、お預かりしたのがこちらなんですの」

 少しフランス訛りが入った英語を話す黒髪の女性がテーブルに出したのは、百合の紋章のシーリングスタンプで封をされた手紙だった。

「私も正直言って、信じられなかったんですけど、フランス王室に詳しい方がその時ちょうどいらして、こちらの手紙を見たら本物だとおっしゃったんです」

 プレストン夫人が興奮した様子でそう言った。


 なんでもこの黒髪の女性、実は先代の国王の公妾だった夫人の姪と自身を名乗っており、悲劇の王妃がフランス革命で処刑される前に監獄へ世話係として忍び込んでいたらしい。

 そして、皆の目の前に出した手紙の宛名には『愛しい人へ』と書かれており、差し出し人は悲劇の王妃のファーストネームと国名が記されているものだった。


 本当であれば検閲されるものなのだが、それを防ぐために女性にこっそり手渡されたそうだ。

 だが、未だに相手に会えないため、未開封のままだという。

 女性は王妃は本当に無実だったやら、とても優しい方だったやら、このように振る舞って大変優雅だったと語り、特に子供と別れさせられた話が出た時は、時折目に涙が浮かぶのかハンカチを目元に当てた。


 それを見た他の夫人方も、なんと可哀想な王妃様。

 聞いていた話とはやはり全然違う、ああ、なんとおいたわしいと一緒になり泣いている様子だ。

 しかし、他の夫人方とは対照的に、エリザベスはある疑問が浮かんだようで、ちょっと宜しいでしょうかと尋ねた。

「あの……お聞きしたいんですけど、先代の国王の愛人と王妃は大変仲が悪かったとお聞きしています。ですが、あなたはなぜ叔母様と仲の悪い方のお世話に行ったのでしょうか?」


 すると女性は、ハンカチで目を拭いながら

「うっ……仲が悪いという噂。それは、叔母を良く思わなかった方々の策略なんですの。王妃は外国の方でしたし、国王陛下には公妾がおりませんでしたから、嫁いできた時点で王妃の事を悪く言う方もいまして。だから、叔母が敢えて悪役を演じて王妃を守ろうとしたんですわ!」


 その言葉に、他の夫人からはまあ! と言う声が上がった。

「ですから、王妃が監獄に収監されたと聞いて、当時フランスにまだいた私に、世話係として勤めて欲しいと懇願されたんです。私は貴族の身分ではありませんし。その叔母も、身の危なくなった私を助けようと亡命先のこちらの国からフランスに渡って捕まって……ああ、私を助けようとしたばかりに……!うう……」

 女性は嗚咽を漏らしながら泣き、プレストン夫人がそうよね、辛かったわよねと、背中をさすった。


「皆さん、ちょっと今日はお願いに来ましたのは、このマリアンヌが今度、国王の弟の伯爵に会える事になったそうなの。それで、このお手紙を王妃の娘にやっと渡せるそうで、感動的な出来事なので、ぜひお祝いに伯爵が舞踏会を開きたいと。でも……伯爵は亡命中なので正直先立つものがね。それで、開催するのにあたり寄付を募ってるそうなの」

 気の毒に思ったプレストン夫人は、自身もいくらいくらを寄付をしたと言った。

「そして、なんと。そのお礼にこの舞踏会の招待状を伯爵からいただいたのよ! そんなつもりは無かったんだけど、驚いてしまって」

 ほほほほ……とプレストン夫人は笑った。


「はい。感動的な瞬間を一人でも多くの方に見てもらえればと思いまして、私がお誘いできないかと提案したら伯爵がその通りだと。ですので、もし、他にもご一緒できる方がいれば……寄付はお気持ち程度で結構ですので」

 マリアンヌがそう言うと、他の夫人たちは寄付をすれば私たちもお呼ばれされるの? と目を輝かせた。

 エリザベスとシャーロットの母親は何かを決意したようで、ちょっとお待ちいただけるかしらと言って、どこかに立ち去って行った。



 一方、この話を立ち聞きしていたシャーロットは、すごい! 舞踏会に行けたら本物の王侯貴族に会えるじゃない! とはしゃいだ。

 しかし、オーギュストは舞踏会に寄付? 寄付のための舞踏会ならわかるが舞踏会を開くために寄付なんて聞いた事ないと眉間に皺を寄せた。

 それにあの女性、やはり、どこかでみたような……とオーギュストが彼女をもっとよく観察してみると

「……!」

彼はある事に気がついた。

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