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9.父

 翌日。

 早速、羊の世話をすることになったのだか、そのやり方については、牧場に雇われている労働者ではなく、エリザベスとシャーロットの父親が自ら教えてくれた。

 これは私が教えようと自ら買って出てくれたのだ。


 おとなしそうな羊の世話と言っても、なかなかの重労働で、特に干草集めにオーギュストは苦戦した。

 もちろん他に従事している人間もいたのだが、これは人手がいくらあっても足りない。

 体を鍛えるための名目で薪割りはしょっちゅうやらされたがその比ではないと、休憩時間を迎えた時にはすでにクタクタで、オーギュストは草の上にゴロンと横たわった。


 今日は雲は多少あるものの、空は青く澄んでいる。時折吹く風が心地良い。

 ふわぁ〜と大きなあくびをしていると、横いいかな?

 と誰かが彼の側に座った。


 それはエリザベスの父親だった。

 失礼だと思って立ちあがろうとするオーギュストに、疲れただろう? 

 そのままでいいから、いいからと彼は気遣った。

「はっは。いやぁ、わたしも若い時は勉強に飽きた時は羊の世話の手伝いをやってたんだがね。疲れた時はそうやって時折寝転がって休んだなぁ。懐かしい」

 それにしても、今日はいい天気だと彼は言った。

 オーギュストもそうですねぇと答えると二人は少し沈黙した。


 その沈黙を破ったのは父親の方からだった。

「ところで、君は将来的にどうなりたいんだい?」

 予想して無かった質問に、オーギュストは思わずえっと……と言葉に詰まった。

「す、すみません。正直言って、将来の事はまだ……」


 確かに言われてみれば、今のオーギュストの頭の中は花嫁探しの事でいっぱいいっぱいで、仮に見つかったとしてもその先の事は全く考えていなかった。

 花嫁が見つからなかった場合、当主になることはもちろんできないのだが、その場合の生計をどうやって立てていくかも明確にはしていなかった。


「そうかぁ。やはりな」

 彼は父親の顔色を伺った。

 しかし、彼は将来の事を真剣に考えないなんてけしからん若者だと怒っているというわけではなく、良いんだ、大丈夫だと言うように頷いてみせた。


「君は何というか、欲がないね。こういうと失礼だが、恵まれていない環境の人間がチャンスをものにすると、そこから這いあがろうと必死になってギラギラしそうなもんだが、君はそうじゃない。なんというか……本当に素直に従っている感じだ。まるで、貴族の子弟が勉強をしに来ているような、そんな雰囲気を私は感じるよ」

「つまり、それはどういう事でしょうか?」

 叱られているわけではないのは分かるのだが、オーギュストは彼の言っていることがよく理解できなかった。


「不快に思ったらすまんね。私はあんまり喋りが得意じゃないから上手く言えないんだが……私もそうなんだが、君はどこか、決められた線の上を歩いているような気がしたんだ。なぜだかはわからんがね。だが、君は勉強のために色々な所をみて回ってると言ったろう? それでもし、君が見たものの中でピンとくるものがあったならば、将来的にそれになれればいいなと思ったんだ」


 私はね、本当は天文学者になりたかったんだよ。と、父親は続けた。

「しかし、私は家を捨てて夢に走る事はできなかった。兄弟の中で男は私一人だったからね。もし、あの時に親の言う事を反対して、この家を出て行ってたらどうなっていただろうと時々思うんだ。それで、君は将来の事はまだ考えていないと言ったが、裏を返すと君には将来を選択できる自由がある。私は君に後悔しない生き方をしてほしいと思ってね。」


 そんなことを言うと、私は後悔しているように見えてしまうな。でも娘を持てたことは幸せだぞ。それに星を見るのは趣味で続けられてるしね。

 はっはっはと彼は笑って見せたが、それはどこか夢を追えなかった寂しさを隠しているようにオーギュストは感じた。


 確かに今までは何の疑問も持たず、彼も将来の当主となるべく勉強に励んできたつもりだった。

 だが、もし当主とならなければ……他に何しろと言われているわけではないのだし、彼は自由の身になれる。

 まるで頭をガツンと石で殴られたような衝撃を彼は感じた。


「まあ、君の生き方の参考になるかどうかにはわからんがね。今度、妻の親族が経営してる工場の方に連れて行ってあげよう。羊の毛が糸になって布になるのを見るのは楽しいと思うよ。良ければ君の友人も誘ったらいい」

 そう言って父親は立ち上がると、尻についた草をぱっぱと払って、別の用事があった事を思い出したとどこかへ立ち去っていった。


 ……そう言えば、父も母と結婚する前は羊を追いかけ回してたって、ローズとフランクがよく言ってたっけ。もし、父が生きてたらどんな会話をしてたんだろ……


 オーギュストはふと、去っていくエリザベス達の父親の姿を見つめながらそんな事を思うのだった。

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