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1.花嫁を求めて

 イングランド北部のとある田舎。畦道の両側には緩やかな丘がひろがり、羊や牛が群れをなす田園地帯になっている。

 その道の端でひとりの男が座り込み、もうひとりの男が約束の時間はとうに過ぎてるのだから早く立つ様にと、座り込んだ男に話しかけていた。


「あー、僕はもうお腹が空いたし疲れたんだ! ほっといてくれ! もう動きたくない!」

 男は二十歳そこそこというのに、まるで2、3歳の男の子のように駄々をこねた。


「ちょっと、本当にいい加減にしてください! 元はと言えば、シェリ……いや、オーギュスト様が屋台に寄り道しようと言ったのが原因でしょう! 予定よりだいぶ時間が遅れてるんですから、夫人だって首を長くしてまってますよ!!」

「じゃあ、お前だけでも先にいって馬車を呼んでくれよ! どうせ歩いて一時間もすれば着くだろ」

「どうせとか言うなら、ご自身で歩いてください。いくら、あなたが僕の主人だからといってこれ以上のわがままを言うなら、お尻を引っ叩きますよ!」


 二人がなぜ、こんなやり取りをしているのか。


 実は座り込んでいる男の方が珍しいガラス細工を売ってるから夫人へのお土産にしようと言って、途中で立ち寄った村の屋台で買い物をすることにした。

 普段であれば男も注意を払っていたのだが、人混みでもない、何より目的地もあと少しだからということで気を緩めてしまったのであろう。

 男が荷物を地面に置き、屋台の主人から品物を受け取っていたところ……やられてしまったのだ。

 しかも盗まれたのはよりによって、高価な衣類や現金の入った鞄だった。


「くっそー、何であんなボロボロで古い鞄の方を持っていったんだよ! お金さえあれば、こんなに歩かずにすんだのに」

 恨めしい声で男は空を見上げる。

「きっと、盗みのプロなんでしょうね。カモフラージュしていたのがアダとなりました。が、それとこれとは話は別です! とにかく立って!」

 やだ! 動きたくない、いや立って! と不毛なやり取りが続く。


 とりあえず馬車を借りて、到着先の夫人に代金を立て替えてもらえばなんと言う事はなかった。

 しかし、彼らが不運だったのは、この地方には前金制の馬車しかなく、手持ちの金で払うには全く足りなかったのだ。

 また、安価な乗り合い馬車もあるにはあったのだが、タイミングが悪く、本日最終の馬車はちょうど出発してしまったところだった。

 もちろん、翌日の乗り合い馬車を待つために宿に泊まる……ということも考えたが、宿代を考えるとそれは全くの選択肢外だった。


 そもそも彼らは一体何者で、どこへ何しにいこうとしているのか。それは少し前へと遡る……



◆◆◆


「僕の代でこの家は終わらせる!」

 シェリルは、そう従僕のシャルルに啖呵を切った。

 というのも、彼は祖父の遺言で次の当主と遺産を譲り渡されることに任命されたのだが、そのためにはお互いに好きあった女性と二年以内に結婚しろと条件づけられたのだ。

 しかし、シェリルは自身のトラウマからそれを拒否。当主になることを放棄しようとした。


「ふーん、そうですか。では、好きにしてください。アーロン様もそこまでは鬼ではないので、仮にシェリル様が当主にならなくても、数名の使用人と住む場所、贅沢しなければ困らない程度に財産は残すと遺言にも書いてくれてましたしね。ですが……僕はともかく、いいんですかね〜?」

 何か含みを持たせるように、シャルルが言う。


「良いって何だよ?」

「僕はいいんですよ。仮に整理要員となっても、若いし、成績優秀だし、多言語を話せるし、もちろん体力もあるから、家庭教師もできる使用人として紹介してもらえれば他に行く当てはありますから。でも、僕以外の人……例えば、沢山の子がいるのに旦那さんが亡くなって働きに来ているベッティーナ、倒れるまで働きたいといってる年老いた庭師のフランソワなんかは、紹介状をもらっても行く当てはあるのかなぁ?」

 シャルルはとぼけたように目線を斜め上にした。


「ハン。それでも僕は、僕の道をいこうと思う。他の人の事なんて気にしていられるか!」

「まあ、商会のほうだって、後継者の当てはあるんでしょうけど、経営手腕は優れていても今の様に働きやすい環境を考えてくれる人かはわかりません。コストのスリム化を重視して少数精鋭だと、今の人員は不要と言うかもしれませんし。そんなことになれば何十人、いや何百人が首を切られるのかなぁ」

「そっそれは……」

「あと、アーロン様は慈善事業で、賢いのに経済的に恵まれない子達へ奨励金を出して学校に行かせてあげてましたけど、それも新しい人は引き継いでくれるかどうか。申し込んでくる小さい子たちも、頑張れば学校に行けると信じて目をキラキラさせてるんですよねぇ。でも、シェリル様が当主にならないなら、そんな話は関係ありませんよね?」

「うっ……」

 気まずさを感じているのか、段々と言葉を失いシェリルはシャルルから目を背けた。


「再度確認しますけど、本当に本当にシェリル様は、他の人が路頭に迷おうが、どうなろうが関心が無いんですよね? 散々子供の頃から可愛がっててくれた、フランクやローズだって身体がしんどいからそろそろ引退して、屋敷の片隅でのんびり畑仕事をしたいって言ってましたけど、その夢も屋敷を処分することになったらぜーんぶ吹っ飛んじゃいますね! それに、身寄りのないジャンヌはそれこそどうするのかなぁ〜。三人とも忠義を尽くして僕らの親の代から勤めてくれたのになぁ〜」

 シャルルは、僕はそんな事になっても知らないと言うような顔をしている。

「……!」

「みんな目に入れても痛くないって言って、シェリル様を本当の孫のように思ってくれてたみたいですけど、シェリル様はそれほどじゃなかったってことですね! わかりました! では、放棄することを執事に……」

 シャルルはくるりとシェリルに背を向けて、ドアノブに手を掛けた。


「…って!」

 部屋から出ようと一歩踏み出したところ、シェリルが声を上げた。

「待て!」

「はい〜?」


 振り返って、何かまだ言いたい事が他にあるんですか? とシャルルは続ける。

「ちょっと待て。よくよく考えたけど、別に今当主にならなくてもいいって決断する事ないんだよなぁ。少しは猶予があるんだし」

「ほぉ〜、それで?」

「だ、だから、とてつもなく素敵な人が現れて、僕の気持ちだって変わるかもしれない。いなそうなら辞めればいい。それに、社会勉強として僕が知らない土地に行ってみるのも良い事だ」

「で?」

「でっていうか……だ、だから、旅に出てみようかと思う」


 その言葉を待っていた。と言う代わりに、シャルルは背中でぎゅっと片手の拳を握り締め、少しニヤけた。


 ……さすがアーロン様。もし、遺言の内容をシェリル様が渋るようなら、罪悪感を抱かせるようなことを言って揺さぶりをかけてみろって言ってたけど、本当にその通りだ。よし、シェリル様の気が変わらないうちに……


 シャルルは効率的に花嫁探しができるよう、いくつかのルールを提案した。


その1.

 メリディエス家を知っている人間がいない地域に行く。

 これはメリディエス家の名前を出す、つまり、噂されるありもしない"呪い"の事を警戒されてしまうので、この近隣はもちろん、家名が知られていそうな都市部はやめておこうということだ。


その2.

 本名は隠す。

 その1.とも兼ね合いもあるが、もし知っていても金目当ての女なら気にせず喜んで飛びついてくるだろう。それを避けるため、シェリルはミドルネームのオーギュスト、姓は母方の方を名乗ることにした。


その3.

 一つの滞在先には数ヶ月までとする。

 これは二年間という時間制限もあるが、良い人がいない場合はあまり長居しても見つかりにくい可能性が高い。反対に、長くいる事で正体がバレる可能性を避けるためだ。


 その結果、彼らは祖父のツテを便り、まずは新大陸内の栄えていない地域で探してみることにした。

 だが、なかなか縁談が進まない上に新大陸は思っていた以上に広く、そもそも人がいる場所への移動に時間がかかるため効率的とは言えなかった。


 それならば、海外に目を向けてみては……と思ったものの馴染みのあるフランス周辺は政治的な影響で情勢が安定せず、むしろ渡航する方が危険に思た。

 そのためそちらへの方面は断念して、なんとかイングランドへと渡ったがやはり苦戦し、現在の北部の地域へとたどり着いたのだ。

 しかし、そうこうしていたうちに遺言に書かれていた期限はもうあと4ヶ月に迫っていた。つまり、これは彼らにとってはラストチャンスとなる旅となったのだ。


◆◆◆


「ほら、もういい加減にしてください。 向こうから馬車が来てるでしょ! そこにいたら邪魔になります」

 シャルルの言う通り、二人の進行方向とは反対側からカタカタ音を立てて、二人の女性が乗ったフェートン馬車がやってきた。

 だが、それでもオーギュストは動こうとしなかったため、近づいてきた馬車をとうとう止めてしまった。


「コホン」

 馬車を操縦している方の茶髪の女性が軽く咳払いをするも、オーギュストは耳に入らないのかうずくまったままだ。

 もう一方の座席に座っている、まだあどけなさの残る女性に至っては、彼らを警戒しているのか手持ちのバスケットをギュッと強く握りしめた。


「す、すみません……この人邪魔ですよね。ほら、どいてー!」

 そう言ってシャルルはオーギュストの腕を引っ張るがそれでも動かない。

 埒が明かない様子に、とうとう茶色い髪の女性の方から

「ねぇ、あなた達大丈夫? 具合が悪いなら、ちょっと先にお医者様がいるから呼んできましょうか?」

と声が掛かった。

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