接待3
ケイゴと荒木が手伝ってくれたおかげで、後半はサクサク捌けた。KAHOの家紋の力で、ペットボトルのお茶と1個70円のお饅頭でも、誰も文句言わない。お茶よりもミラの顔をチラチラ観察する者が多数出ていた。
その視線にケイゴが相当苛立って、ミラをバックヤードに押し込もうとするが、ミラがKAHOの家紋をしているから、あのおもてなしでも許されるのであって、ケイゴや荒木だけでは不敬になってしまう。
顔にも態度にも出さず静かにブチギレているケイゴを何度も荒木が宥め、なんとかその場を収めていた。
「ケイゴ、ごめんね。さっきから怒ってるよね?私が不甲斐ないばかりに…。」
さっきは良いと言われたものの、本当はKAHOの名を明かしたこの状態を怒っていると思った。
その言葉にケイゴは、自分の不遜な態度を反省した。
「いえ、申し訳ありません。お嬢様に向けられるこの視線にイライラしてしまって。」
「視線?」
ミラが周りを見回すと来賓達と目が合い、ニコッと微笑むと気まずそうに外される。ミラ自身は、いつもケイゴとパーティーに行った時に謎のチラ見をされているので、慣れた視線である。それに敵意や蔑む意がこもってないだけマシだと思った。
「見られるのは慣れてるわ。私は気にならないから、ケイゴも気にしないでね。」
「…はい。」
ケイゴは不満気である。そこへ、ある外交官の子息が現れる。
「ようこそお越しーーー」
李子が言いかけた時、その子息はシレッと無視し、ミラの前に来る。そしてミラの手を取りながら挨拶をした。
「ご機嫌よう。KAHOのお嬢様。」
その若い子息はミラの手の甲にキスをする。目は蒼く澄んでいる。その様子にケイゴも荒木も目を丸くしている。ミラは既視感のあるこの光景に、しばし彼を凝視する。
「まさか、名前を明かしてるなんてびっくりだよ。もしかしてケイゴの主は天然さんなのかな?」
「…!!あっ!紫苑様ですよね!ご無沙汰しております。」
「覚えていてくれましたか!荒木の店で一瞬会っただけの私のことを。光栄です。」
再び手の甲にキスを落とす。ミラは少し頬を紅らめる。
「ケイゴにはいつもお世話になっています。」
「だから、いつもお世話はしてるけど、コイツに言う必要無いってこの間も言ったろ。」
ケイゴが呆れつつミラに言う。それから紫苑に向き直る。
「紫苑、いつから帰ってたんだ!戻ったら言えっていつも言ってるだろう?」
「さっき着いたばっかりだよ。」
「だからって、俺にまで内緒にする必要無いだろ!」
荒木も抗議する。
「ごめん、ごめん(笑)今日は父の代理て出来たから、驚かそうと思って!」
紫苑は2人の慌てる姿に楽しそうに笑う。ごめんと言いつつ、まったく謝る態度では無い。
ミラは3人が本当に仲良しなんだと思って嬉しくなり微笑む。それをめざとく見つけて
ケイゴは不満気に声を出す。
「何で笑ってるんですか!お嬢様。」
「ううん?だって、ケイゴが楽しそうだから。私の好きな人が幸せそうたったから、ついついね!」
その言葉にケイゴはギョっとする。
「お嬢様、ここには色々な方が居ますから、不用意な発言はお控え下さい。」
「そっか!ごめんなさい。でも本心でだから。」
ミラはニコッとするが、全然改めてくれない。ケイゴはため息をつく。すると紫苑が話に入ってくる。
「そうだよ。婚約者候補筆頭の僕の前で、そんな発言はダメだよ。レディ?」
紫苑はウィンクをする。それを聞いてミラ、ケイゴ、荒木が固まる。そして1番に解凍されたケイゴが紫苑に対し珍しく殺気を放つ。
「どう言う事だ。」
つ、冷たい。氷河期の若く凍てつく視線。しかし紫苑はそれをものともしない。
「候補と言っただろ?内定者は既に目の前にいる。ただの目眩しだから気にすんな。」
「つまりお前が盾になると?」
紫苑は外交官の息子。ただの本社勤務のケイゴよりずっとKAHO家に得な人物だ。だからとても説得力がある。
「あぁ、内定者が大人になるまで、この場を預かってやる。俺に取られたく無かったら、早くひとり立ちしろ。」
「…わるいな。」
男達は強く見つめ合った。そして視線を外した紫苑は、ミラを見つめる。ミラはハッとして何かに気づいた顔をする。紫苑は会話の内容を理解したのだと思い優しく微笑むと…。
「も、も、も、申し訳ありません!お席にご案内致します!こちは、お茶とお茶菓子です!」
立ったまま、ペットボトルとお饅頭を眼前に突き出す。紫苑は目を点にしてパチクリパチクリした後、吹き出す。
「ハハハハハ!苦しい!もうやめて!ハハハ!やばいぞこの子!おもしれー!」
紫苑はお腹を抱えて笑い出す。涙まで出ている。今度は目の前で大爆笑されているミラの方の目が点になる。
ケイゴはミラを笑った紫苑を睨みつけている。やばいと悟った荒木が紫苑をグイグイ押し、席へ連れて行く。
「来賓様は早くあっちへ行け。」
何はともあれ、接待は無事終わったのである。




