遅れた時間を取り戻せ8
「お嬢!」
松本邸に駆けつけたケイゴは、家政婦さんを追い立てる様にして応接室に飛び込んで来た。ソファーに座っていたミラは、俯き落ち込んでいたが、ケイゴの方をゆっくり見ると、再び涙が込み上げてきてしまう。
ケイゴは出来るだけ冷静に、落ち着いた声で尋ねる。
「どうなさったんですか?お嬢。」
「………。」
「ゆっくりで良いから、話して下さい。」
「…T_T」
「俺たちは話し合わなければならないんじゃないですか?」
ミラは心配と困惑が混ざった様なケイゴの眼差しに、意を決してポツポツと話し出す。
「…浮気…してしまいました…。」
「…俺の事が嫌いになったって事ですか?」
ミラは首を横に振る。
「じゃぁ、他にも好きな方ができたんですか?」
それにも首を振る。
「…塾の、塾の先生と…デートしちゃってた…。」
「デート?今日は塾だったのでは?」
「…塾の後 ciel RoZe行った。」
「そうですか。」
「そこで新作のケーキ、食べて…美味しかった…。」
「そ、そうですか。」
「パンダも可愛くて。」
「そうですか。」
ケイゴは表情を崩さない。しかし周りで見守っていたナオや家政婦さんは思った。
(ここで感想言うの変でしょ。ミラ(様)らしいけど。)
「木原先生がシーって…ドキドキ、して。浮気した。」
「…つまり、デートした事と木原にドキドキした事が浮気といっているんですね?」
ミラは頷く。しかしナオと家政婦さんは目を丸くしてお互いを見合わせている。
(「えっ!あれで分かるの!?全く分からなかったんだけど!貴方分かった?」「いいえ、全く分かりません!分かる余地がありません!」)
2人は目で会話している。
「お嬢、それくらいでは浮気にはなりません。それに、木原は俺が買収した監視です。」
「────え?」
ミラは音が鳴りそうな程大袈裟に顔を上げ、ケイゴを驚いた顔で見る。
「監視です。お嬢の。」
「どう言う事?」
「うーん。松本さんにも一緒に聞いてもらおうかな。」
ケイゴはナオを振り返り目で着席を促す。それを受けてミラの横に座るナオ。
「あなた方が通われている塾ですが、セレブ御用達なんです。でもこれには理由があって、イケメンを講師にしているからです。講師の質を担保するために、良い大学の苦学生が選抜されていて、セレブに気に入られる為にマナー講座などを行っているそうです。そして気に入られたら政界や財界人などに人脈を広げたり、そのまま愛人におさまる人もいるとか。」
「えっ!」
声を上げたのはミラではなくナオだ。
「ど、どういうことですか!?」
「…松本さんには悪いけど、詐欺集団みたいなものだ。表側は健全な塾だけど、その実体は経営陣やそれぞれが甘い汁を吸うだけの集合体。沼にハマった時にはあっさり捨てられて吸い尽くされている。最近大企業が急に傾き出した件あっただろ?息子があそこに通っていて、女性講師に心酔しているらしい。」
「そんなぁ!?」
「松本さんもあまり深入りはしないで。間違ってもお父上に紹介しない事だね。」
「先生!どうしよう!もう紹介しちゃいました!」
「…そう。分かった。じゃぁこちらで手を打つから、これ以上はデートしないで無視するんだよ。」
「…はい。はー、ミラみたいにイケメンで優しくて頭のいい彼氏ができたと思ったのに…。」
「それは…俺を褒めてくれてる?ならありがとう。大丈夫、松本さんにも然るべき時に然るべく縁談が来るから。KAHO家がついてるから安心しなさい。」
「はい。」
「で、ミラは帰るよ。」
「うん。」
そうして2人は松本邸を後にした。




