遅れた時間を取り戻せ7
「ハナミネさん、こちらへ来て下さい。」
木原は授業後にミラに声をかける。ミラは不思議そうな顔だ。連れてこられたのは応接室だろうか、ソファとテーブルがあるだけの簡素な部屋。だがそのまま部屋を通り反対側の扉を開けた。
「ちょっとだけ付き合ってほしいんだけど。」
そう言って振り返る木原。爽やかな笑顔だ。
「えっ…あの…。」
「大丈夫。」
そう言ってフッと微笑む。ミラの肩を抱き外へと誘う。
「あ、あの…。」
「フフ。恥ずかしがり屋さんだなぁー。」
外へ出て車に乗せられる。
「どこに行くんですか…?」
ミラは恐る恐る聞く。
「ミラちゃん、よく知らない男の車に乗るのは、とても危険な行為だからやめた方が良いよ。」
運転しながらそう言う木原は、全くミラを見ない。
「俺だから良かったものの、今後は気をつけないとね。」
「は、はい…。」
「そんなに警戒しなくても大丈夫。言ったでしょ?僕以外は信用しないでって。僕の事は信用して大丈夫だから。」
「…じゃぁどこへ行くのか教えて下さい。」
ミラは依然硬い口調だ。
「着いてからのお楽しみ!」
暫く走ると、見知った通りに出て来た。
「ここだよ!」
着いた先はカフェ ciel RoZe。
「ここ、大好きなお店なんです!!」
「そっか!良かった!最近も来た?」
「いえ、久しぶりです。」
「新作が出てるから、一緒に食べたくて連れて来たんだ!」
何か変な空気を感じていたミラは拍子抜けする。
「私、変に緊張しちゃってて、すみませんでした!」
「いいよ。予約してるから入ろう。」
優しく扉を開けてエスコートしてくれる。
そのごく自然な所作がとてもスマート。育ちの良さを感じさせた。
「いらっしゃいませ、木原様お待ちしておりました。」
そう言いながらミラの顔を見た店長は、一瞬驚いた顔をする。しかし特に何も言わず、「お連れ様もようこそお越しくださいました。」と笑顔で対応してくれる。
「こちらが新作のケーキでございます。ごゆっくりお過ごしくださいませ。」
「うわー!かわいい❤︎」
目の前にはフランボワーズのムースが置かれる。ハートの形の上には、イチゴがのり更にチョコレートで作られたパンダが寝そべっている。
「この動物は、いろいろ変える事が出来るんだって。」
「そうなんですね!!」
「さぁ食べよっか。」
「はい!いただきます!」
一口食べてミラはミラを輝かせた。
(う〜ん。美味しすぎるぅ〜!やば〜い!)
本来はもっとお淑やかに食べなければならないが、ミラは大口でパクパク食べる。その様子に木原は少し驚いたものの嬉しそうにミラを見つめる。
因みにミラも公式の場では粛々と食べるが、家でも外でもプライベートではこんな感じだ。ケイゴも公式で無い限りは特に注意しない。もちろん、デート中に指摘された事も一度も無い。
「パンダカワイイ❤︎大好きなんです、パンダのキャラクター!」
「そっか!良かったね!」
(本当はリサーチしたから、知ってるんだけど。)
ミラがカフェ ciel RoZeの常連で、最近は海外にいた関係で来ていない事や、ベリーのムースが好きな事も調査済みだ。
(もう少しで落とせるかなぁ?)
「ねぇ、この後時間ある?」
「…あの、コレは何ですか?」
「コレって?」
「何でここに連れて来てくれたのかと思って…。」
「あぁ!デートだよ、もちろん。」
そう爽やかな笑顔で言い切る。
「で、デートなんですか!?いつの間に?」
「やだなぁー。ずっとだよ。強いて言うなら塾を出た瞬間からかな?」
「これデートだったんだ…。」
ミラは呟きながら逡巡している。
「じゃぁこの後は…?」
「もちろんデートだよ!」
「あのー、私付き合ってる人がいるんです。その人の事が大好きで────」
そう言いかけた時、ミラの唇に木原の指が触れる。
「しーだよ!」
そのイタズラっぽい笑みに、不覚にもドキドキしてしまった。真っ赤になってしまったミラは、席を立ち駆け出す。急いでお店から出てタクシーを拾う。
その様子を茫然と見ていた木原は、ハッと気付きハハハと乾いた声で笑う。
「逃げられた。流石KAHO家のお姫様。」
ミラはタクシーを降りると、ナオの家に駆け込む。
「ミラ様?ようこそお越しくださいました。お嬢様に確認してまいりますので、暫くお待ち下さい。」
家政婦は急に来たミラに驚きながらも冷静にそう伝えた。少しして驚いた様子のナオが迎えてくれる。
「どうしたの、ミラ?」
「あ、あのね、、、わ、私、、、」




