人肌が恋しい
「春島さん…かぁ…。」
(ケイゴが私を間違えた。後ろ姿とは言え、婚約者である私を間違えるなんて…。でも私だってケイゴの後ろ姿を見間違えるかもしれない。だから仕方ない。お互い様だ。)
ミラは走りながらそんな事を考える。しかし相手はケイゴだ。何でも出来て何でもお見通しのケイゴに、ミラや皆んなは全幅の信頼を置いている。そんな完璧なケイゴが間違えるはずがない。
特に私に関しては。そう思っていた…。でも間違えた。なぜ…。
「春島さん、かぁ…。」
二度目に同じ名前を呟いた時、向こうから人が歩いてくる。
「ミラ様?」
俯きながらトボトボと廊下を歩いているとジョシュに声を掛けられる。
ミラはハッとして笑顔を作る。
「あれ?ジョシュさん!会談は終わったんですか?」
「いえ、ですがもうすぐかと。ミラ様こそどうされましたか?」
「どう?」
「元気がない様に見えましたので。」
「さっきお出かけしていたので少し疲れてしまったかもしれません。ご心配をおかけしました。」
「どちらに行かれてたんですか?」
「水族館です。お勧めされて。凄くステキな所でした。」
「ああ、あの水族館は素晴らしいですね。」
「はい!こちらにいる間は1人で過ごすことも多そうなので、お気に入りのスポットが見つかって良かったです!」
「それはいい事ですね。私からもぜひお勧めしたい所があります。」
「!!」
「お屋敷の地下の図書館です。」
「このお屋敷には地下がかるんですか?」
「えぇ。誰でも入れますから。そこからだけ入れる礼拝堂があるんですけど、そこのステンドグラスがとても美しいんですよ。是非行ってみて下さい。」
「わー!凄く見てみたいです!」
「ただ、図書館はいつでも入れますが、礼拝堂は縁がないと入れないみたいですので、運試し程度に行ってみてください。」
「そうなんですね。ありがとうございます。」
***
続き部屋がノックされケイゴが入ってくる。
「お嬢…。」
「会談お疲れ様!」
「…はい。あの、今日はどう過ごされていましたか?」
「水族館に行って、凄く楽しかった!」
「水族館…ですか?」
「うん。」
「…誰と?」
(ミラは1人で行くタイプじゃない。)
「1人でに決まってるじゃん。」
「…そうですか。」
「…今度は一緒にいってくれる?」
「はい!もちろん!!あーでもしばらくは…。」
「いいよ。私もしばらくはネットで授業受けなきゃだし。」
「そうですね。でも休みの日には行きましょう。」
「うん!」
ミラはケイゴの為に人違いされた事を悟られない様に振る舞った。
***
「亜月様との会談はいかがでしたか?」
「あぁ、とても有意義だったよ。営業が上手だった。」
「そうですか。」
「ミラちゃんはどう?」
「ええ、お一人で寂しくお過ごしの様ですので、礼拝堂をご案内しておきました。」
「そうか。屋敷内の美術品を楽しんでいた彼女なら、きっと気にいるだろうね。」
「ええ。そしてそろそろアレも耳に入っている頃でしょうから、きっと揺さぶられていると思いますよ。」
「そう。分かった。では引き続き彼女の行動を見ていてくれ。」
「はい。」




