君は誰?
「お嬢はお花が好きですね。」
***
お散歩を終えて楽しそうに話しながら部屋へ戻ってきたミラとケイゴ。
ケイゴがサッと部屋のドアを開けて中へ促すと、ミラが感嘆の声を上げる。
「…わぁ。」
「どうしました?」
ケイゴが部屋を覗くと、そこにはさっき庭にあったお花達が部屋のあちこちに飾られており、まるでお庭の続きの様になっている。
「ケイゴが…これを…?」
「えっいえ、俺では…。」
「じゃぁ誰が…?」
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
メイドが頭を下げる。
「あ、あの、このお花達は誰が…?」
「若旦那様の指示でございます。庭を気に入っていたようだから、花を飾って欲しいと仰られました。」
(きっと私が寂しそうにしてたから、気を遣って下さったんだわ。)
ミラはキラキラと目を輝かせる。
「お礼を言いにいなきゃ!ケイゴ、アレク様はどちらにいっしゃるの?」
「えっ?今ですか?どちらでしょう…。」
「若旦那様でしたら、今執務室だと思います。」
「ありがとうございます。お会いできるかなぁ?」
「確認致しますので、お待ちください。」
メイドが内線を掛けて都合を聞いてくれる。
「今大丈夫だそうです。」
「ありがとう!じゃぁ急いで行かなきゃ!」
ケイゴもミラに続いて行こうと歩き出す。
「ケイゴはやることがあるならいいよ?」
「ありません。お供します。」
***アレクシスの執務室
コンコンコン
「どうぞ。」
その声はジョシュだろう。開けてくれた人を見ると、やっぱりジョシュだった。
「あの、お部屋のお花をありがとございました!あの絵画の続きがお部屋でも見られるなんて、とっても幸せでした!」
「………!」
アレクシスはとても驚いていた顔をしている。
「?」
ミラは首を傾げる。
「あっ。フフフ、アハハ。ごめんね。ミラちゃんにお礼を言ってもらえるなんて思って無くてビックリして。」
「急に来てしまってすみません!でも、すぐに感謝を伝えたくて!」
(やっぱり良いな、ミラちゃん。)
アレクシスはそれを聞いてとても穏やかに微笑む。そしてミラに近づき、ケイゴがいるにも関わらずミラの頬に手を伸ばす。
「何をさせているのですか?アレク様。」
ケイゴはミラに触れる前に手首を掴んでアレクの手を止める。笑顔とは対照的に強い力で掴んでいるようだ。
「野暮だね、君。」
余裕そうな、挑発的なお顔を向けるアレクシス。ケイゴは嫌な感覚を受けるのだった。
***翌日
「ねぇ知ってる?絵里奈様が亜月様と昨日庭園でデートなさってたこと。」
「えっ!流石ね。絵里奈様って普段は控えめで大人しいけど、男性を虜になさる愛嬌があるのよね。あの抜群のスタイルでせまられたらイチコロよね。」
実際はミラと過ごしていたが、人違いで翌日には絵里奈との噂になってしまっている。本人達の耳に入るのも時間の問題だろう。
今日はアレクシスパパと会談があり、ケイゴを呼びに来た絵里奈と2人で打ち合わせをしながら移動しているところを多くの人に目撃された。
「今日も絵里奈様とケイゴ様は一緒にいるわね。仲睦まじいわ。」
「ええ。まだ知り合ってそんなに経ってないのに。運命かしらねー!」
ミラの存在を知らない人達は、2人が運命的な出会いをしたと噂している。
一方ミラはケイゴが居ない場合は1人で過ごさなければならない。初日に屋敷内の探検は終わったため、手持ち無沙汰になってしまった。
「ミラ様、今日はどうなさいますか?」
お世話をしてくれるメイドさんが気を遣って声を掛けてくれる。
「うーん。ケイゴも居ないし、ちょっとお出かけしようかな。おすすめスポットとかありますか?」
「それでしたら、水族館がおすすめです!とってもステキなところがあって、楽しいですよ!」
「そうなんだ!じゃぁそこに行ってみようかな!」
「はい!ではご準備致しますね!」
***
ミラは1人でオススメスポットの水族館に来ている。メイドさんがお供を申し出てくれたが、他の仕事が滞ってしまう事を懸念し、丁重にお断りした。
(1人水族館はちょっと寂しいケド…。)
色んな魚がいて、クラゲの水槽なんかもあって、とても見所満載の楽しい水族館だ。レストランのご飯もとてもおいしかった。
(でもやっぱり今度はケイゴと一緒に見たいなぁ。)
そんな事を思いながら、早々に切り上げて帰って来たミラの頭上から、急に雨が降ってくる。何かと見上げれば、庭師さんがノールックで水をあげており、風で流されかかってしまったのだ。
「も、申し訳ありません!!」
「お気になさらず。すぐに着替えますから!」
思いがけずビショビショになってしまい、メイドが慌ててお風呂を沸かしてくれる。
「ミラ様、申し訳有りません。まだミラ様のお着替えのご用意が十分整っておりませんで…。」
「使用人さんのお洋服を貸していただければ大丈夫ですよ?」
「そ、そんな訳には!ドレスではなくスーツになってしまうのですがとお伝えしようと!」
「構いません!ありがとうございます!」
ミラは迷いなくスーツに袖を通す。
「わー!何かスーツって初めて着たんですけど、大人になったみたいですね!!」
「とてもお似合いです!」
(ミラ様がスーツを着ると、いよいよ絵里奈様みたいね。)
ミラは鏡の前でクルクル回り、スーツを着た自分を何回も見る。
(折角だし、ケイゴに見せちゃおう!)
ミラはケイゴがいる棟へ歩いて行く。途中で何人かに人間違いをされながら。
(今日はいつも以上に絵里奈さんに間違われるなぁ。)
そう思っていると、後ろから声を掛けられる。
「あれ?春島さん?」
ミラはその声に肩をビクつかせる。そしてどんどん近づいてくる足音に恐怖すら覚えた。何故なら、その声がケイゴだったからだ。
「春島さん?」
ケイゴが真後ろにいる。そして私を他人の名前で呼ぶ。流石に振り返る事が出来ない。後ろ姿とは言え、仮にも婚約者を間違えるだなんて、ケイゴにとってはかなりの失態だ。事実に気付かなければ、ケイゴが傷付くことは無い。
そう思った瞬間、ミラは物凄い勢いで走り出していた。
「えっ!!」
その様子にケイゴは凄く驚く。そして呟く。
「ミラ…。」
ケイゴは顔を真っ青にしながら目元を抑える。
(あの感じ、絶対ミラだ…。ヤバいどうしよう…。最悪だ…。)
珍しくケイゴは途方に暮れその場に暫く立ち尽くすしかなかった。




