ウワサの的
「アレク、俺ミラさんを見て思ったんだけど、春島絵里奈に似てない?」
「あぁ、俺も驚いたよジョシュ。後ろ姿なんか驚くほど絵里奈だぞ。空気感だけじゃ無くて顔も似てるし、何なら性格も似てる。まるで生き別れた姉妹みたいだ。」
「えっ?まさか?」
「いや、KAHOミラは正真正銘ひとりっ子だ。」
「他人の空似ってレベルか?あれが?」
「実際そうなんだから仕方がないだろ。」
***
「ミラ様は絵里奈様と似ていらっしゃいますね。」
そんな事を言い出したのは、身の回りのお世話をしてくれるメイドだった。
「絵里奈様と言う方は?」
「ご存知ありませんか?てっきりご関係者かと。」
ミラはケイゴと見合わせる。
「春島絵里奈様は、ミラ様と同じく日本人なのですが、R国に帰化しておられ、若旦那様の幼馴染の方です。お父様と一緒に旦那様の秘書をされていらっしゃるんです。」
「そうなんですね。」
「年齢的にもお二人と近いですから、お会いになることもあるでしょう。とてもお優しい方ですよ。」
「そうなんですね!仲良くしていただけると嬉しいんですが。」
******
「アレク殿はおられますか?」
「今は会議に入っておられます。」
ケイゴが秘書のジョシュと喋っていると、視界の端に見慣れた後ろ姿を捉える。
「!!」
その視線に気付きジョシュがにこやかに紹介してくれる。
「あぁ、彼女は春島絵里奈です。絵里奈ー!」
絵里奈はその呼びかけに振り向きケイゴに向けてふんわりと微笑む。
「お呼びでしようか。」
「この者が現当主の秘書の春島絵里奈です。」
「春島と申します。宜しくお願い致します。」
「亜月ケイゴと申します。KAHO家の一人娘ミラ様の従者をしております。」
「お噂は予々伺っております。お目に掛かれて光栄でございます。」
丁寧に腰を折ったその仕草は育ちの良さを匂わせ、普段のミラよりもお嬢様らしい振る舞いだ。人好みのする表情、カッチリとしたスーツの上からでも分かるスタイルの良さ。
(これは…。)
「亜月様、驚かれましたでしょ?」
ジョシュに声を掛けられ我に返る。
「ええ、失礼の無い様に気をつけなければなりませんね。」
***その頃ミラは
屋敷内の美術品をゆっくり見て回っているのだが、ある絵画に魅入られ20分は動けずに過していたところに、屋敷の人が声を掛ける。
「あれ?こんな所で珍しいね。」
ミラはその声に振り向き首を傾げる。
「絵里奈がそういう格好をしているのも初めて見るな。今日は非番かい?」
「あの、私は華峯ミラと申します。絵里奈さんと言う方は私に似ているのでしょうか?」
「えっ…?す、すみません。知り合いと間違えてしまいました。」
「そうなんですね。お気になさらないでください。私はその方にそんなに似ているんですか?」
「ええ、姉妹と言われなら納得する程です。ビックリしました。大変失礼致しました。」
そう言って去って行った。
ミラはまた先程の絵画に視線を戻す。どうしても心惹かれてしまう。
「その絵が気になりますか?」
横からアレクとジョシュが歩いて来る。
「ええ、何故かとても惹かれる絵画です。描かれているのは部屋から見たお庭でしょうか?鐘の絵は描かれていませんが、1日の始まりの澄んだ空気の中を鐘の音がなっているのでしょうね。」
ここに飾られている絵の中で、唯一題名しか記載されていないこの絵は、他の物に比べ、もしかしたら価値が低いのかもしれない。しかしミラは1番心惹かれたのだ。その名は『暁鍾』。
アレクシスは優しく微笑み、ミラに手を差し出す。
「ミラちゃん、この絵の中に連れてってあげる。」
えっ?と言う顔をしたミラだが、「さぁ。」と促され手を取る。2人はホールを出て庭園に向かう。
そこには色とりどりの花が咲き乱れており、手入れが行き届いている。自国には無い花もいっぱいだ。そして目の前には描かれていた東屋。
「綺麗…」
「あの絵はうちの庭なんだ。」
「じゃぁ暁鐘は…。」
「そう、教会が鳴らす6時の鐘の音だね。そしてあの絵はあそこの部屋から描かれた物だ。」
指し示された建物は、こじんまりとしている。ゲストハウスだろうか。
「あそこは昔女性と男の子が住んでいてね、彼女はゲストハウスを出る事を禁じられていたんだ。凄く外に憧れたんだろうね、それで絵を描いたんだよ。」
「だからなんですね、複雑な感情を読み取れたのは。幸せな絵にも見えるし、どこか寂しい様にも見えて…。きっと色々な気持ちで毎日眺めていたんだろうなぁ。」
「ありがとう。」
アレクシスは小さな声で呟く。
(あの絵は今は亡き母が描いたもの。妾だった母は寵愛された為に正妻から隔離されてしまった。その気持ちを絵に託したんだ。)
「若旦那様、そろそろお時間です。」
ジョシュが声を掛ける。
「はぁ、そうだな。ミラちゃんごめんね。また後でランチを一緒に食べようね。」
「はい。案内してくださりありがとうございます。私はもう少しお散歩しててもいいですか?」
「ええ。メイドに伝えておくのでゆっくり過ごして。」
「ありがとうございます。」
暫く見ていると、後ろから声を掛けられる。
「ミラ?」
ケイゴがミラに声を掛ける。
「ケイゴ。見て、素敵なお庭ね。」
「お嬢は花が好きですね。」
「うん!だって綺麗なんだもん。いい匂いもするし。わーここはバラのトンネルになってる!」
「手が届く範囲は処理がされてますが、トゲがあるかもしれませんので気をつけて下さいね。」




