強くありたいと思う者たち
「いらっしゃい。貴方がケイゴくん?」
「はい。亜月ケイゴです。この度はご迷惑をお掛けしました。」
「いいのよ!若いって良いなぁって思ってるの。
私は妹のライナよ。ミラちゃんはこっちよ!」
リビングに案内される。そこには、ミラっぽくないミラがいた。
ライナが声を掛ける。
「ミラちゃん、お迎え来たわよ。」
「ミラ…。」
ミラは一瞬視線をくれるが、すぐにそらす。無言で座っている。
「あっ!私少しお買い物してくるわね。お留守番、お願いね!」
「はい、お気をつけて。」
「お気遣いありがとうございます。」
ミラは普通のお買い物だと思っているが、ケイゴは席を外してくれたと分かった。
ミラの目はとても腫れている。今朝たみさんも言っていた。凄く泣いたのだろうと。
ミラはずっと無言で机を見つめている。折角話すチャンスをくれた二人に感謝して、ケイゴから話す。
「ミラ、真綾に何を言われた?」
実際ミラが何故こんな態度を取るか分からないが、ここ数日のミラの様子から真綾だと推測し、断定的に話す。多分間違っていないだろう。
「………真綾先生とは、どんな関係ですか?」
冷たい空気を纏った敬語にショックを受ける。
「…真綾とは高校時代に付き合ってた。でも浮気されて別れた。真綾は別れた原因を、両親が決めた婚約者と無理矢理婚約させられたからだと思っている。」
「あながち間違ってはいません。親分の孫である私が、貴方を好きと言えば断れませんから。」
「俺の気持ちが伝わってないのか⁉︎君が好きだ!」
「真綾先生は綺麗でスタイルも良くて、亜月先生とお似合いの方だと思います。今の貴方なら、浮気もされないんじゃ無いですか?」
「真綾の話はどうでもいい。俺が一緒にいたいのは君だ!」
「でも今日はお泊まりですよね。了承したんですよね。」
「あれは…家業をばらすと脅されて。ミラを守りたかった。」
「………。」
「俺が一緒にいたいのはミラだけだ。」
吐き出す様に言う。悲壮感漂う顔だ。
「その言葉を、今の私はどうすればいいか、分かりません。」
ミラの瞳から涙が溢れる。堪えれば堪える程。
そんな壊れそうなミラを初めて見た。許されるか分からないが、躊躇いがちにミラを抱きしめる。
「俺は弱い。情けない。好きな女を笑顔にも出来ない。でも諦めたくない。こんなカッコ悪く縋り付く姿を見せたく無かった。」
ケイゴは呟くような、語りかけるような、噛み締めるような。そんな声で言った。
「………人は弱いものです。かっこ悪いし情けないし、ちっぽけです。だから補い合える人と人生を共にするんです。カッコ悪いケイゴも、情けないケイゴも、ちっぽけなケイゴも、全部大好きです。だから泣かないで。私は貴方の涙に弱いんです。」
ミラはケイゴの両頬を包んで顔を上げさせる。しばし見つめ合う二人。ケイゴもミラの涙を親指で拭った。そして、どちらともなく唇を交わした。それは、慰め合う様な穏やかなキスだった。
***
「ただいまー!」
結城の陽気な声が響く。
「どう?ラブシーンは終わった?」
ケイゴは殺人級の睨みをかます。
「な、なんだよ…。ミラちゃん助けてやっただろ!それにお前とも合わせただろー!」
ケイゴがプリプリしているので、代わりにミラが話す。
「結城先生、ありがとうございました。お話出来ました。ライナさんもありがとうございます。」
二人は安堵する。
「良かったよ。あーそれよりケーキ買って来たから、食べよ!」
「わー!ありがとうございます!!」
「ミラちゃんどれがいい?」
結城の言葉と同時に、ケイゴがシンプルなイチゴのムースをミラに渡す。
「あーそう。」
苦笑いしている結城を見向きもせず、もう一個、今度はガトーショコラをミラの前に置く。
「ケイゴは食べないの?ケイゴもガトーショコラ好きでしょ?」
そう言いながら、ミラはガトーショコラをすくってケイゴに差し出す。所謂『アーン』である。ケイゴは一緒躊躇ったが、ミラの期待する眼差しに折れ、口にする。
その後は結城たちがいるのも憚らず、ミラは『アーン』を繰り返していた。ケイゴはいつもの余裕のある妖艶な笑みではなく、イタズラっ子の様な少年の様な笑みをしていた。




