スマホさえ持っていれば3
応接室には紫苑、紫苑の父親である外交官のクリス、その弟であるゲイル(同じく外交官)、その娘のレニーと執事のルシア、そしてケイゴがソファーで対峙している。重い沈黙が流れている。口火を切ったのは紫苑だ。
※『』内はA国の言葉です。ミラはA国語は話せません。ケイゴは以前留学していたのでペラペラです。
『父上、ゲイリー、急遽お呼び立てして申し訳ありません。』
『いや、お前が呼ぶのは珍しいからな、どれほど緊急かと思って────』
『緊急です。なんせKAHO家の跡取り娘がハリス家の執事に襲われたんですから。 』
「「「!!!」」」
『今のどう言う意味だ!襲われた!?』
ケイゴの表情と声に殺気を感じる。
『ち、違います!』
剣呑な空気を読まず、レニーが紫苑に説明した通りの説明をする。
『看病して貰ってるのを良いことに、ミラさんが私の執事であるルシアを誘惑したんです!素朴な見た目ですし、男性に飢えていたのでしょうね、きっと。』
ケイゴは鋭い眼差しでレニーを睨み、レニーは怯む。その中で声を上げたのはルシアだ。
『本当です!私はお世話をさせて頂いただけですのに、キスや身体への愛撫を強要されました。』
紫苑は恐ろしい物を見ていると言う顔をしている。紫苑の父親は顔面蒼白だ。そしてケイゴは表情を失くしワナワナと震えている。
『そうか。分かった。つまりお前たちはミラに無理やり強要され、キスや身体を愛撫したと、そう言いたいんだな。』
ケイゴは怒りに身体を震えさせる。
『『そうです!』』
『…紫苑』
紫苑はケイゴに視線を送る。
『こいつら抹殺してもいいか?』
物凄く冷徹な目で2人を睨むケイゴ。
『正直ボクも同じ気持ちだな。でもミラちゃんはそれを望まない。』
『あぁ、そうだろうな。でも今ならミラは知らないからな。』
紫苑は覚悟した様に口を開く。
『叔父様、カホウミラさんは本当の婚約者ではありません。』
『え?』
『彼女は亜月ケイゴの婚約者です。ボクは彼が独り立ちするまでのカモフラージュです。』
『『…。』』
『ではお兄様はご婚約なさっておりませんの?』
レニーの顔が明るくなる。
『あぁ。』
『なぁーんだ!良かった!でしたらあの女に執着する必要ありませんわね!』
レニーは空気を読まず1人嬉しそうだ。
『お父様、私お兄様と婚約者したいわ!話を進めて下さる?』
『確かに彼女はボクの婚約者ではないが、KAHO家のお嬢様に手を出したと知られれば、ハリス家だって消されかねませんよ。』
『そんな事をしたら外交問題だろ?』
叔父は馬鹿な事をと言う様子だ。
『でも残念ながら、既にKAHO家にバレてますから、この後どうなるか分かりませんよ?』
紫苑はケイゴに視線を送る。
『レニーとか言う馬鹿女と、ルシアとか言う強姦魔をよこせ。警察に突き出されるより恐ろしい所に送ってやる。』
『なっ!貴方無礼じゃございません?初対面の私を馬鹿女なんて!それにルシアは強姦魔などではありません!』
『へー。高熱を出している人間の体に触る事が強姦にならないと?』
『誘惑してきたのよ!』
『そうですよ。彼女も感じていましたよ?気持ちよさそうに声を上げて。』
それを聞いた瞬間、何かが弾けた様にケイゴはルシアの胸ぐらを掴んでいた。裏社会の目をして。
レニーよりルシアの方が遥かに頭が切れるらしい。ここでケイゴを挑発し、ペースを乱そうとする。
『流石ですね。今は正業でも昔は裏関係の仕事をされていた家の方だけある。まるで殺人者の目だ。ふふ。ミラ様のお胸を舐めさせて頂きましたよ。それは甘い果実の様に私を誘って、実に甘美だった。』
『貴様!』
ケイゴはルシアの首をギリギリと締め上げる。しかし苦しそうにしながらもルシアは微笑み舌なめずりをする。
『ミラ様はどこを舐められると感じるのですか?先端?それとも…蜜の出るところでしょうか?』
あまりに聞くに耐えない。殴りたい衝突に駆られるが、すんでのところでミラの顔が浮かび、なんとか堪える。
『ケイゴ様だって自分の顔がいい事に、色々な女性を誑かしてきたでしょう?』
確かに仕事上でハニートラップを仕掛けた事は何回もある。しかしそれはあくまでも仕事上だ。それに女性から触れてくる事はあっても、自分からは絶対に触れない。
『貴様と一緒にするな。』
地を這う様な恐ろしい声。
2人の様子を見ながら、紫苑の父親と叔父はさっきから真っ青だ。特に叔父に関してはかわいそうならくらいの顔色だ。
『ケ、ケイゴ君、ハリス家当主として謝罪させて欲しい。申し訳ない。』
ハリス家の当主クリスが頭を下げる。それを見て慌てて弟であるゲイルも倣う。
『お前も頭を下げろ!』
ゲイルはレニーも無理やり頭を下げさせる。
『嫌よ!お父様!私がなぜ!?』
『お前、KAHO家のお嬢様を強姦させたんだろ!』
『違います!何故信じてくださらないんですか?』
『お前は昔から紫苑君に憧れていて、婚約発表した時も憤慨していたな!KAHO様は色々な所にツテがあるんだぞ!KAHO家に睨まれたら、もうこの国相手にやっていけない…。』
『そんな!』
『あぁ、もうハリス家は終わりだ。』
クリスも苦渋の表情だ。
「お待ちください!」
そこに清廉な声が届く。戸口にはミラがトラさんに支えられて立っていた。話はトラさんが分かる範囲で訳してくれた。
「ミラ!寝てろ。」
ケイゴがルシアを投げ捨ててミラを支える。
「私はそんな事望んでないわ。ケイゴ。」
「あぁ、貴方はそう言うだろうな。でもやった事は強姦だ。」
「でも私のせいでたくさんの方が路頭に迷うのは本意ではないの。お願い。」
ミラはケイゴを見つめる。
「…。でも俺は許さない。」
「ねぇ、レニーさんは、紫苑さんが好きなんでしょ?偽の婚約をしている私にも責任があるわ。」
「…。」
「ね?全てレニーさんが悪いとは言えないでしょう?」
「でも君が汚された!」
「犬に舐められた様なもんよ!」
「い、犬?」
その言葉に全員が惚ける。
「犬…。」
ケイゴはその言葉をもう一度口に出してみる。
「ねぇ、被害者は私だから、お仕置きも私が決めていい?」
「…。」
ミラはみんなに向き直り笑顔を向ける。
「初めまして、カホウカ ミラです。この度は私のせいで多方面にご迷惑をおかけしました。」
ミラは淑女の礼をする。
「ハリス家の皆様には、私のお願いを聞いて頂きます。でもそれは今ではありません。時が来た時に私のお願いを聞いて頂きたいのです。宜しいですか?」
それは疑問形だが疑問ではなく決定事項だ。それにクリスが答える。
「もちろんです。我々の持てる力全てでお願いを叶えさせて頂きます。」
クリスはミラの手を取りキスをする。ゲイルも倣う。
「お初にお目にかかります。ゲイル ハリスと申します。私も持てる力でお応えさせて頂きます。」
そう言って手の甲にキスをした。




