事件のオープニングはいつも良い事があった後2
「招待状をお見せ下さい。」
そう言われ上品な所作で渡す。そこは豪華客船で行われる船上パーティー。お城に見まごう程の会場、煌びやかなシャンデリア。至る所に飾られた豪華なお花は、四季を感じさせない多様なものだ。
「ご確認致しました。…ご同伴者様は…?」
「…おりません。」
「左様でございますか。失礼致しました。」
申し訳なさそうな顔をして返された招待状を受け取るミラ。そんな様子を少し離れた場所からケイゴ、他のポイントから紫苑や美琴が見ていた。その瞬間、ミラがなぜ呼ばれたのか察した3人は、心配そうにミラを見つめる。
ちゃんと教育されているフットマンなら、同伴者が居なくても態々聞かない。それをわざと聞いたとするならば、これから先が思いやられる。
招待状を受け取ってすぐ、パートナーを決めなければならなかったミラ。公で婚約者となっている紫苑は、父親の名代として母親のエスコートをする事になってる。そうするとケイゴに頼む他ないが、ケイゴは公爵令嬢のパートナーと既に決まっており、ミラをエスコート出来る人物が居ない。その為同伴者無しで行く事になってしまったのだ。
そんな状況にも関わらず、ミラは堂々としている。そしていつものふにゃんとした雰囲気では無く、上品で気高い空気を纏っている。KAHO家として恥ずかしくない様に、ミラはいっぱい、いっぱいだった。
「お手荷物をお預かり致します。」
「ありがとうございます。こちらが皆様に振る舞わせていただきます、お茶菓子になります。宜しくお願いします。」
「畏まりました。どうぞ会場へお入り下さい。」
会場には既に多くの招待客がおり、歓談している。ケイゴや紫苑達はVIPな為、2階へ案内されて行った。
(今回は私1人で何とかしなくちゃ。)
そう意気込みはするが、正直話す相手も挨拶周りする相手も居らず、ミラは豪華なご飯を食べるくらいしかやる事が無かった。
(本当は積極的にお話しないといけないんだろうけど、全く知らない国からの招待状だしなぁー。無難に終えよう。)
ミラが料理を眺めていると、サッとスタッフの方が来て取り分けてくれる。ついでにテーブルまで運んでくれ、飲み物も注いでくれた。
お礼を言って食べていると、周りから変な視線を感じた。辺りを見回すと、チラチラとこちらを見ながら話しているご令嬢達がいる。
(こっちを見てる…?あっ!食べたいのかなぁ?)
ミラはそう思い立ち上がって声を掛ける。
「よければご一緒にいかがですか?」
「……。」
ご令嬢方はミラを睨み、サッと何処かへ行ってしまう。
ミラはため息を吐いた。
「ミラ、どうしたの?ため息ついて。また迷子?」
その声にビックリして振り返るミラ。
「あ、明くん!?久しぶり!元気だった?」
「元気が無いのはミラでしょ?」
「ん?私?今元気でたよ!」
ミラはとびきり笑顔になる。その顔にドキッとし顔を少し赤らめる明。誤魔化す様に話を続ける。
「そ、そ、それよりミラのパートナーはトイレ?」
「今日は1人で来たのよ。」
明(と護衛達)は心底驚いた顔をする。
「えっ。このパーティーにパートナー無しで来たの…?」
「ええ。招待されたのが1週間前でね、それに私はパートナー頼めるの2人くらいしか居ないのに、その2人とも既にパートナーが居てねぇ。」
「あぁ、亜月様は公爵令嬢のパートナーだもんね。」
「うん。紫苑様はお母様のパートナーだしね。」
「ふーん。ならさぁ、僕がパートナーになってあげるよ。」
「え?」
「僕もパートナー居ないし。」
その言葉に慌てたのは側近の男性だ。
「明様、今回は明様のご婚約候補を探すのも兼ねております。そんな方がパートナーを連れていてはなりません!」
「何を言ってるんだ。目の前に困っている女性が居て見捨てるのか。紳士の名折れだぞ。」
「貴方様がされる事ではありません。」
「そうだよ!私は1人で大丈夫だから。それに明君はフロアが違うんでしょ?」
「…いや、今日はミラのパートナーになると決めた。踊ろう!ミラ!」
明はミラをホールに引っ張り出し、ミラの前に跪く。
「ご令嬢、お手を。」
よく見ると明は準王族の装いをしており、所作も洗練されてきている。それは彼がA国の王子になった事を示唆しているのだが、ミラはそんな事は知らずに笑顔で手を取る。
***
2階からケイゴはその様子を見ている。
「こんな状況でも殿方に助けられるなんて、貴方の思い人はおモテになるのね。」
ケイゴにしだれかかる様に言ったそのご令嬢こそが、A国の公爵令嬢だ。さっきらやたらとベタベタしてきてバックリ開いた胸も押しつけてくる。
「あの子がそんなに大切なら、早く王子位をもらい私のものになりなさい。」
「それは既にお断りさせて頂いた筈です。ミラには手を出さない代わりに恋人のフリをしたじゃなですか。」
ご令嬢は悩ましい顔をする。
「私の思う恋人とは違うね。愛し合う2人は熱くキスやそれ以上の事をするのよ?」
「ええ、愛し合う2人ならそうですね。」
それを聞いてムッとする。
「やってくださらないのぉ?王子として私をおもてなしする必要があるでしょ?」
「何度もお伝えしていますが、俺は王子ではありません。今回は貴方の要請に個人的に応じたに過ぎません。将来的にA国で商業をするに当たって有利だと思ったからです。」
「当家が他国企業の許可出しをしていますからね。それが理由なら肌を重ねてもいいんじゃない?」
「さぁ?そう言う事は愛し合っている方とお望み下さい。」
「もしかして初めてなのかしらぁ?」
「どうぞご自由にご想像下さい。」
「連れないわねぇー。つまんない男。」
「貴方の為に存在している訳ではありませんから。」
「あっそ。本当に私の事は眼中に無いのね。でももうすぐ私のものになりたくなるわよ?」
「…そうですか。」
***
会場の真ん中では、王弟殿下とミラがダンスを踊っている。「可愛らしい」と好意的に見てくれる人はほぼ居らず、歳の差が激しい2人を嘲笑し、「王子をあんな無様に踊らせるなんて」とミラに批判が集まっていた。
ケイゴはその様子に氷の様な視線を投げているが、その表情の中にはミラの笑顔を引き出している明への嫉妬やミラが一先ずはその場を楽しんでいる事への安心感なども含まれている。
「ねぇミラ。」
「ん?」
「ごめんな、オレが声かけたから白い目で見られて…。」
「何言ってるの!パートナーが居なくて困ってた私に声を掛けて助けてくれたじゃない!感謝こそすれ、嫌な事なんて一つもないよ!」
ミラは明るい笑顔だ。
「…。」
曲が終わると、会場にスウィーツが運ばれて来る。どれも美しく飾られ美味しそうだ。これは招待状に書いてあった『手作りのお菓子を何か一つお持ち下さい。』のやつだ。
「うわー!美味しそうだな、ミラ!」
明は嬉しそうに目を輝かせている。
「う、うん。本当にプロが作ったみたい…。」
その中に一つ地味なチョコチップなソフトクッキーが。
皆好きなスウィーツを取り分けて貰い食べ始める。どんどん減っていくがミラの持ってきたクッキーだけは誰も見向きもしない。ミラは惨めな気持ちになってくる。
そこへケイゴを伴った公爵令嬢が来る。
「まぁ、美味しそうなスウィーツですこと。でも、この中に控えめな見た目の物がありますわね。そちらのご令嬢が作ったの?KAHOミラさん?」
「お初にお目に掛かります、KAHOミラでございます、Joel様。」
「!!Joelと言うのは名なしという意味ですのよ。人に対して使うものでは無いわ。」
明らかに「無礼者」という言葉が言外に含まれている。
「それは失礼致しました。てっきりJoel様と仰るのだと思っておりました。」
「それより…そこにある控えめなお菓子は貴方が持って来た物ですか?」
「そうですが。」
「どうやら、皆さんのお口には合わないようですよ?」
「…その様ですね。知り合いのパティシエの方に協力して頂き、頑張って作ったのですが力及ばず申し訳ありません。」
「ふふっ。それなら貴方が美味しい事を証明されては?」
「そうですね。」
ミラは自分で作ったソフトクッキーを手に取り口に入れる。
「オ、オレも食べるよ!」
かわいそうに思った明が慌ててソフトクッキーを口に運ぼうとした瞬間である。ミラは明が持っていたクッキーをはたき落とし、ついでに山盛りに盛られたお皿も下に落として体を翻し急に走り出す。
多くの者は惨めだったからそんな行動に出たと思っただろうが、しかしケイゴは見逃さなかった。口を押さえた指の間から、血が出ていた事を。




