ケイゴと喧嘩7
意識が浮上する。鼻を薬品の匂いがかすめる。
(病院?)
目を開けようとするが開かない。瞼が何故か動かない。体を起こそうとするが力すら入れられない。唇も動かせない。
(ダメだ。起きてるのに声も出せない。)
コンコンコン
ノックの音が聞こえるが、返事が出来ない。しようにも唇に少し力が入るだけで、多分動いていないだろう。
スタスタと足音がする。ベッドサイドに静かに座る。不意に頭を撫でられる。その手つきは愛おしそうだ。
(ケイゴ…。)
手の温度で分かってしまった。いつも私を大切にしてくれるその暖かな手だ。
「えっ!お嬢?」
気づくと涙が一筋頬を伝っている。目を覚さない私に一瞬動揺したケイゴだが、優しく涙を拭ってくれる。
「どうして貴方がこんな姿になるんですか!距離を置こうって言ったのは貴方のくせに。こんな風にする為に俺は離れたんじゃありません。…この一週間、俺がどれだけ辛かったか分かりますか!愛しい女性を忘れようと努力するのに、すればする程、貴女の居ない世界はどんどん虚無に覆われていきました。…貴方から離れるなんて、、、もう、、無理だ…。」
(私も。)
そう唇を動かすけど多分全く動いていないのだろう。
(聞こえてるのに体が動かせないなんて…!)
小さなノックの後扉が開く。
「お嬢様はどうだい?」
「教授(主治医)。まだ目が覚めません…。」
「そうか。もう暫くすれば起きると思うけどね。」
「…はい。」
***
あれから30分くらいだろうか。体がだんだん軽くなって来た。すっと目が開く。
「ケイゴ?」
「ミラ!」
ミラがゆっくり体を起こす。
「まだ寝てて下さい。大丈夫ですか!」
「大丈夫よ。」
ケイゴは体を支えて座らせてくれる。
「…。」
沈黙が流れる。
「なら俺は行きます。今日はここで入院です。」
ケイゴは立ち上がり出て行こうとする。
「待って!」
ケイゴを追いかけてベットから出ようとしたミラは、急に動いた事で目が回り転がり落ちそうになる。そこを慌ててケイゴが支える。
「何やってるんですか!」
「ごめん。」
ミラはそのままケイゴを放さない。
「待って。…あのね、私ケイゴが居なきゃダメだった。」
「…。」
「独り立ち出来ない私は、ケイゴの隣に立つ資格無いよね…?」
「…俺と一緒にいるのに、資格とかいるんですか?」
「いるでしょ!」
「どんな資格ですか?」
「美人でスタイル抜群で、文武両道品行方正なお色気ムンムンのお嬢様。もちろん菩薩のような朗らかな性格で自立してる。」
見つめ合い少しの間が流れる。
「あははは!貴方よく今まで俺の婚約者やってましたね!」
「ムっ!だから理想とかけ離れてる自分が嫌で距離置いたんでしょ!」
「フッ。それなら俺もイケメンで文武両道で品行方正、逆三角形のムキムキ紳士じゃないとKAHOのお嬢様には釣り合いませんね。」
「…ケイゴの場合は逆三角形のムキムキ以外は充分満たしてるじゃん!」
ケイゴはまだ肩を震わせている。
「お嬢には俺がそんな超人に見えてるんですか?」
「皆んなにそう見えてると思うよ。」
「ハハハ。そんな事全然ないですよ?お嬢の前ではかっこよくいたいのに、情けない姿ばっかり見せてますし。」
「???そんなとこ見た事ないけど…?」
「俺からしたらお嬢だって、美人なのに可愛らしくて、勉強も頑張ってて、正義感が強いくせに危なっかしくて天然で。唯一無二の理想の女性ですよ?」
「…全然私の人物像と一致しないんだけど…?」
「そうですか?俺は貴方を理想の女性と思っているのでいいんですよ。」
ミラは自分の体を見る。
「…胸大きく無いよ?」
ケイゴはおかしそうに笑う。
「肩が凝らなくていいじゃないですか。」
「文武両道じゃ無いよ?」
「苦手なところは補い合えばいいでしょ?」
「美人でも無い。」
「俺には美人だし可愛いしステキな女性に見えてますよ。俺だけがお嬢の魅力を解ればいいんです!!寧ろ他のやつには知られたく無い。」
「…私が付き合って欲しいって言ったら、どうする?」
「もちろん付き合いますよ?」
「おじいちゃんがいるから?」
「いいえ。貴方を愛しているからです。じゃぁ俺からも聞きます。もし俺が結婚してくださいと言ったら、貴方はどうしますか?」
「私も同じ気持ちって答えるわ。」
ケイゴは自分の腕時計を取ってミラの左手首に付けながら言う。
「そうですか。なら婚約者になってくださいますか?」
ケイゴは朗らかな笑みを浮かべている。
「同じ時間を一生一緒に過ごして下さい。」
ミラの頬に涙が伝う。
「は、はい。」
ケイゴは優しくミラを抱きしめる。その夜からミラは徐々にご飯が食べられるようになり、3日後に退院した。




