寝室
見た瞬間、寝室のヤバさに驚く。
「防音マットってやつをつけてみたんです。でもね、何でこっちがお金を使わなくちゃいけないんだろうね」
防音出来るという素材は、真っ赤だ。
「赤色を貼ってるとあいつらを殺した気になれるからね。だから、赤色を貼ったんだよ」
おっさんは、嬉しそうにニタニタ笑いながら壁を撫でる。
「こっちが私のベッドだから使ってくれて構わないよ」
「窓は?」
「窓?あーー、窓はね。ずいぶん前に塞いだんだ。ほら、音はほとんど窓を通るらしいからね」
「そうですか……」
おっさんが、カーテンを捲ると窓には何かがはまっている。
「防音のマットなんだって。これで、いくぶんか音は静かになったはずなんだけどね……。なかなかね」
「音って、そんなにイライラするんですか?」
「さあね。人それぞれだと思うよ。だから、君が判断してくれればいい」
「殺すに値するかどうかですよね」 「そうだね。君が決めてくれればいい。本来なら、私がそれを飲むつもりだった。だけど、少しの躊躇いのせいでこんな事になってしまった。だから、君が決めればいい」
「わかりました。もし、殺さない選択をした場合は必ず騒音問題を解決します」
「よろしく頼むよ。吉村君」
寝室のドアが開き、奥さんがやって来る。
「パパ、タクシーを呼んだから」
「わかった。すぐに用意をするよ」
「お願いね。吉村さん、冷蔵庫のものは食べて構わないですから」
「わかりました。ありがとうございます」
「私達は、昼間にくるから。これ、昔の名刺だ。携帯番号は、変わっていないから何かあったら連絡をしてくる」
「わかりました」
おっさんは、ボストンバックに服を適当に詰め込み始める。
「吉村君。人はね、自分が壊れている事に自分で気づけないんだよ。実際、私は気づかなかった。だから、君も気をつけてね。黒い渦のようなものに飲み込まれないように……」
「パパ、タクシーが来たわよ」
「わかった。今、行くよ。それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい。気をつけて……。あっ、これ、娘さんか奥さんに渡してあげて下さい」
「ありがとう。このパスケースでよかったら使ってくれ」
「ありがとうございます」
おっさんの家は、カードキーだった。
俺は、渋柿色のパスケースを渡される。
おっさん達家族はいなくなり……。
俺は、玄関のU字ロックをかける。
「この家の玄関は広いな」
下駄箱の上に置かれた家族写真の三人は幸せそうで……。
とても、隣人を殺したいと望んでいるような一家には見えない。
殺したいほど、誰かを憎むなんて俺は今までなかったな。
俺は、おっさんの家の風呂を借りてシャワーに入りに行く。
風呂場も綺麗だ。
奥さんが、きちんと家事をやっているのがわかる。
いやーー。
風呂の色がいいよね。
翡翠色した浴槽に淡いオレンジの壁が綺麗だよ。
こだわって建てたから、手放したくないんだろうな……。
それと、お義父さんから譲り受けた土地なんだもんな。
さてと……。
住む間、隣人って奴を調べるかな。
俺は、シャワーを出して髪と体を洗ってから上がる。
冷蔵庫のもの食べていいとか言ってたよな。
髪の毛をサッとドライヤーで乾かしてから、キッチンに向かう。
水道の蛇口を捻り、水を飲もうとしたのをやめた。
「置き方浄水器ってやつか……」
俺は、浄水器から水を汲んで飲んだ。
可愛いリンゴ柄の丸いグラス。
これは、もしかしたら娘さんのかな?
まあ、いっか。
俺は、冷蔵庫を開ける。
「ビール飲ませてもらうか」
俺は、寝具が変わると眠れないタイプだ。
昔、祖父母の家に泊まりに行って朝まで起きていたのを覚えている。
高校生の時も友達の家で眠れなかった。
350ミリリットルのビールを二本拝借する。
「本物のビールを家で飲めるって、おっさんスゲーーわ」
ビールをごくごくと音を立てながら二本飲み干した。
「歯磨きしたら寝れそうだわ」
俺は、スーツケースから歯磨きを取り出して洗面所に行って歯を磨く。
何て言うか不思議だ。
他人の家で、1人なんて産まれて初めての経験。
今日会ったばかりの人間の家にやってきて住むなんて想像した事はなかった。
「はぁーー。眠いなーー」
歯磨きを終えて、俺は寝室のおっさんのベッドに寝転がる。
「何か、洗濯されてる匂いだな。加齢臭とかもしないし、奥さん凄いわ。きちんとしてる……」
俺は、スマホを少しいじってすぐに眠ってしまう。
取り敢えず、明日からおっさんの隣人を調べる事にしよう。