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第十一話 継承

 順三がずっと扱ってきた刀がこの助真派によって打たれたものだとわかって、その後。


 自身の関わる刀を使ってくれたということで、助真はすっかり順三を気に入ってくれたようだった。


「モニカが護衛として連れてきたってんだ、半端な腕じゃないことはわかっちゃいたが。うちの刀と縁故があったとはうれしいかぎりだ」


「ど、どうも」


「阜章末秋も大した達人だったが、お前もその技を継承してずいぶん磨き上げたみてぇだな。師を超えてるかもしれん」


「それは絶対にないですよ……」


 過分な褒め言葉にこう返すが、助真は聞いているのかいないのか。すすすと近づいてきてさらに褒めを重ねる。


「でもしっかり鍛えてんなぁ。これだけ刀に尽くしたカラダをつくってくれてると職人冥利だね」


「あ、はい」


「鍛錬重ねた年月が感じられるってもんだ。もっとよく触らせろ」


「あ、いやそれは……」


 助真が横に座って肩に腕を回し、二の腕やら胸元やらをまさぐってうれしそうにしている。


 それだけでもこそばゆくてたまらないのに、無防備に袖無し羽織とさらしだけという恰好であるためにいろいろと体の各部を押し付けられて、困る。


 助真も非常に豊かにあちこち出た体型をしているため、密着されると意識してしまってたまらない。熱い体温でとろけた肉の柔さというか、具体的には胸元が腕に当たっている。包まれている。


 助けを求めてモニカの方を見ると、若干冷ややかな目をしている気がした。格之進を見ている時のような。


「……助真さん、その辺りでおやめになっていただけますか?」


「おっと興奮してた悪い悪い。ここらへんでやめとくよ」


 あんまり申し訳なさそうじゃない顔で、するすると助真は離れていった。煙草を取りに行くといって、その場を離れていく。順三はほうと一息つく。


「順三様、なんだかうれしそうではありませんでしたか?」


「えっ」


 ところが針の筵のような、険悪な空気がモニカから放たれている。背筋に脂汗を垂らしながら彼女を見れば、氷より冷えた視線が順三を貫いた。格之進と戦うときより肝が冷える。


「助真さんに言い寄られて、浮かれたご様子とお見受けしました」


「いっ、言い寄られてはなかったんじゃないですかね……別に俺浮かれてもいませんよ」


「本当ですか。助真さんのこと、美人だと感じたのでは?」


「まったく感じなかったといえばうそになりますけど……うそになりますけどね? その目、もう少し逸らしてもらえませんか……?」


 じぃーっと見つめられて観念した順三は、仕方なしに本心を絞り出す。


「……でもモニカさんに初めて会ったときほどは、感じないです」


「えっ」


「花の精もかくや、と感じるような女人に会ったのはモニカさんが初めてでしたし、今後もいないとは思うので……」


「あっ、ぅ」


「髪とか、瞳とか。これまで見たこの世のもので一番きれいだと思ったんです」


「……」


「あの、聞いてます? モニカさん」


「も、もう結構」


 まだ不機嫌なのだろうか。あさっての方を向いてしまった彼女の表情は読めない。けれど全身から放たれていた異様なほど鋭い気迫はなりを潜めていたので、とりあえず理由のわからない怒りはある程度治まったのだろうと理解しておく。


「待たせたな……なんかあったか? 妙な空気だが。まま、いいやなんでも」


 煙草盆の横に戻ってきた助真は、消した火を熾し直す。火打石でもぐさに移した種火を燃やし、小枝に移してから木炭へ。その途中、小枝から紙巻煙草に火をつけ一服した。


 この様子を見るうちに順三とモニカも落ち着いてきたので、あらためて助真と会話する姿勢に戻る。彼女は口から煙を上げ、それが空気に漂い広まっていくのを眺めた。


「しかし、魔法ってモンが広まってずいぶんになるな。こういう火付けだって、魔法士なら杖振りゃ一瞬なんだろ?」


「そうですね。契約魔法で封じられていなければ、妾なら秒であなたも火だるまにできます」


「あんま怒んなよコエーなぁ……べつに盗ったりしないって」


「そんな話は妾、しておりません」


「なんの話ですか?」


「なんでもありませんから順三様はお気になさらず」


 気になるやり取りだったが、突っ込むとまたモニカの機嫌が凍り付く気がしたので引っ込む。さわらぬ神になんとやらだ。


 助真はこの流れを見てけらけら笑っていたのを次第に収めて、まじめな顔をして言う。


「でもま、とにかく。魔法ありゃ楽ができるってのはわかっちゃいるんだが、アタシは楽することに意義を見出せなんだ」


「意義、ですか」


 つぶやいた順三へ、煙を吐き出しながら「そだよ」と助真は言う。火箸で囲炉裏のなかをいじくる。


「貧すれば鈍するたぁよく言うが、アタシは楽しても鈍すると思うね。楽して浮いた時間で、より効率的により得をしてより良い人生にしたいって? そんな、手段を手段以外のものと見るヒマさえないやつになっちゃ、アタシはアタシじゃなくなっちまう」


「手段を、手段以外に」


「そうさ。手段がなんでもいいってんなら順三、お前もきっと剣を握っちゃいない。非合理へのこだわりってのは、その人間を鍛え上げる」


 吸い口を噛みながら、助真は仕込み刀を掌で示した。


 非合理、非合理か。たしかに、刀と剣術などというのは非合理の極みだろう。魔法と異なり近づかねばならず、扱いを禁じられており、なにひとつとして合理と呼べる部分はない。


 けれど順三にはこれしかなく、これこそが自分だと思えた。だから、選んでいる。


「魔法士を切ったっていうお前の非合理()に、重ねてきた鍛錬に、アタシは可能性を感じるよ。単に刀ってモンを絶やしたくない身としてのお願いでなく、お前自身を鍛えるものとして。ぜひコイツを、使ってくれ」


 うれしそうにそう言われて、期待に応えないわけにもいかない。


 順三は譲り受けた刀を捧げ持つようにして、助真に言葉を返した。


「大事にします」


「おう。助真の銘が刻んであるし、アタシだと思って扱ってくれ」


「それは……」


「冗談だよ。……モニカぁ、冗談だ」


 ぱたぱたと手を振ってなにやらモニカからの視線を受け流している。どういうやり取りがあったのかは、パっとそちらを見たときにはすでにモニカがすまし顔だったためよくわからない。


 ともあれ、刀を再び身に帯びることができた。


 手の内に重みがしっくりとくるのは、やはり長年刀を振るいつづけてきた習慣が体にしみこませていた感覚のなせるものだろう。


「少し、抜いてみても?」


「お前ならその辺に当てるようなヘマもしないだろ。阜章の抜刀を見せてくれ」


 家主に許可を得たので、広い土間に降りる。


 天井は高く左右も刃渡り分を加味してもなにかに当たる間合いではない。


 順三は左手に携えた刀を腰に引き付ける。少し重心を落とし、前に出した右足で地をにじる。


 呼吸をひとつ。


 まばたきはせず。


 自分でも右手が柄にかかった、と認識するかどうか。


 ひとりでに刃が滑りぬけるような感覚があった。


 バシャん、と十字鍔が四方へ弾ける音が手元から広がった。


 正面へと切り上げで抜いた一刀が、室内の空気を断ち割っていた。


 切り裂かれていた空気が戻ってきた圧力さえ、刃先に感じられるように思う。


「……手に吸い付いてるような扱いやすさだ」


 切っ先を鞘のうちに戻し、刃を納める。十字鍔を畳まずに刀身すべて納めることもできるようで、つくりの細かさに驚いた。


 モニカも感心した様子で、目をみはっている。


「順三様の動きが以前助けていただいたときよりもなお、鋭いものになったとお見受けします」


「そうですね。俺もこれほど斬れるものだとは思ってませんでした」


「お前が使ったのは十年前の刀で、手入れもあんまできてなかったワケだろ? 目釘や柄内の傷みもあったろうし、日々手入れ欠かしてなかったアタシの剣とはそりゃちがうさ」


 ちがいをわかってくれた、と言いたげで満足そうに腕を組む助真は順三の手と刀とを一組のものとして見る目だった。


「いい腕だ。師匠とやらも、きっと誇らしいだろうよ」


「……だと、いいんですけどね」


 もう会うことはないだろう師のことを思い返し、わずかに気持ちが陰るのを感じた。


 けれどすぐに振り払い、助真に十字鍔の畳み方と展開機構の仕組みを教わる。自分の命を預ける道具だ、細かいことまで気を遣わねばならない。


「ついでだ、丁子油と一式も持たせてやる。ちゃんと大事にすんだぞ」


「はいっ」


 手入れの道具まで預かることとなり、順三は扱いについてさらによくうかがうことにした。



        #



 そうして、帰路。


 また人力車を回してきて、乗り込み。がらがらと揺られながら細い道を行く。


 武としては得物にこだわらず択ばず、というのがあるべき姿だと思うが、それはそれとして良い得物はうれしい。もっとも、『モニカには見られても大丈夫』というだけなので、往来で堂々と抜くわけにはいかないが。


「ともあれ、この刀に恥じない使い手にならなくちゃ、ですね」


「順三様の腕前ならばすでに十二分でしょう?」


「いや、まだまだです」


 言って胸元に仕込み刀を引き付ける。


 先と変わらず、柄は手に馴染み順三にあつらえたかのような質感がある。本当に良い刀だった。


 だが仮に、師であれば。


 この刀はその段階に留まることなく、刃がまるで生を吹き込まれたかのような動きをするはずだ。まさに変幻自在であり、抜いておらずとも相対した者にさまざまな自分の末路を思い描かせてしまうほどの腕。


 それを思えばまだまだ、順三は至らない。


 そう考える順三の様子を車に揺られつつ見据え、モニカはぼやいた。


「お師匠様の腕は、そうまで凄まじいものであったのですか?」


「え」


 師、阜章末秋について考えこんでいたので、図星を突かれた順三は目をぱちくりさせる。


 モニカは「差し出口を」とことわりを入れながら、言葉を継いだ。


「順三様がお師匠様のお話に及ぶ都度、強いお言葉をお使いであったり表情に陰をのぞかせていらっしゃいましたので。よほど、お師匠様に対する思い入れがあるものと」


「ああ……わかりやすいですか、俺」


「どのような方だったのですか?」


「どう、とひとことで口にできるほど長い付き合いではなかった。というのが、まず言えることですかね」


 師とは、十年前に偶然に出くわしたことで剣の手ほどきをしてもらう仲になった。


 すでに当時魔法の才のなさから家に居場所がなかった順三が、すべてをやり過ごすためもぐりこんだあばら家で。そこに住み着いていた阜章末秋と、遭遇したのだった。


「いま思えば浪人だったんだと思います。師匠もとくに過去を語りはしませんでした。ただ『一度限り、掟を破る覚悟があるなら、この剣はお前に人を守る術を与える』そう言って俺に阜章流を授けてくれたんです。……抜けば、捕まる。それを理解してでも必要なときに使え、と」


「なかなか、苛烈な方でいらっしゃったのですね」


「それは否めないですね。それで、授けられた阜章流を十年間、俺はひとりで反復練習してきました」


「ひとりで、とおっしゃるのは……」


「師匠は投獄されました。自分で言っていた通り、ただ一度だけの掟破りを為して……そうです。師匠も、剣を抜いて人助けしたんです」


 そのときも魔法士が相手だった。


 往来でとある魔法士が、人質を取って事件を起こした。その者は使い手としても相応の段位に達していたらしく、幾多の魔法士が負傷し倒れ伏していた。


 そこに、阜章末秋は現れた。


 なんの躊躇いもなく彼は刀を抜き。


 阜章流の技を次々に繰り出して魔法士の男を圧倒して──杖腕を切り落として勝利した。魔法士の男の怯えた目を、いまも順三は覚えている。


「そのときの人質っていうのが、俺です」


「そうなのではないかと考えておりましたが、やはり……」


「まあ、才はなくとも須川の者なので。なんらかの交渉に使えると目されたのかもしれません。そんなこんなで俺は師匠に助けられ、でも彼を待ち受けていたのは、官憲による捕縛と投獄でした」


 どうあれ刀を抜いた。廃刀令に反したこのおこないを断罪することの方が、役にも立たない名家の三男坊を助けたことよりも重かったのだ。師はなにも語らずただ縛につき、官憲とともに消え去った。


 順三は、彼がいなくなったあとのあばら家で、鍛錬用にと授けられた仕込み杖を抱えて途方に暮れた。


「だから決めたんです。俺も本当に必要になったときには迷わないと。斬って助けられるものなら、自分のすべてを懸けようと」


 合理は要らない。合理の先では守れないものを守るために、在ろうと。そう決め込んだ。


「……合点がいきました。順三様のあの剣技は、その継承されてきた意志がさせるわざだったのですね」


「そうです。だから、俺。守りますよ」


 モニカのきれいな横顔を見つめ、彼女が視線を合わせてくれた瞬間に、つづける。


「そうすることで、師匠と並べる気がしますし。師匠の気持ちがわかりそうな気がするんです」


 順三の言葉に、モニカは微笑む。


「きっと、そうですね」


 車はオルマミュータ邸へ向かう。



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