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イマジン・ブレイド ~現金至上主義の変態が英雄になるまで~

作者: 藍澤 建

「金が欲しい」


 唐突に思った。

 その日はよく晴れた日だった。

 齢、十になって間もなく。

 僕は、未だかつて無い欲望に支配された。

 それは、世俗にまみれた薄汚い感情であったろう。


「あら、どうしたの、アマタ?」


 ふと、聞きなれた声がした。

 振り返ると、お母さんが立っている。

 父親の顔は知らない。

 物心着いた頃から、ずっとお母さんと2人で暮らしてきた。

 お母さんは女手一つで僕のことを育ててくれた。


 ――僕が覚えたのは、それに対する感謝だった。


 なにか、きっかけがあった訳じゃない。

 ただ、唐突に思ったのだ。

 僕は、お母さんに報いたい。

 苦労をかけてきたお母さんを幸せにしたい。

 そのために、何が必要か?


 ――そう、金である。


 金が欲しい、膨大な金が。

 使い切れないくらいの、狂気的な金額が。

 金で溺れる程の、常軌を逸した国家予算レベルの黄金が。


 欲しい。


 喉から手が出るほどに。

 全身の毛穴から手が湧き出る程に。

 ただひたすらに、僕は金を欲した。


 夢なんて今まで持ってなかった。

 母さんが経営する小さな料理屋を、何の気なしにそのまま継ぐつもりで居た。それ以外の将来なんて、考えようともしなかった。


 そんな僕が、初めて抱いた【夢】。

 胸の内から未だかつて感じたことのない熱を感じた。

 焼けるような熱さと痛みと、興奮と。

 僕は勢いよく椅子から立ち上がると、お母さんを見据える。


「ねぇ、お母さん。1番手っ取り早くお金を稼げる職業って何かな。公務員? それとも騎士とかの方が儲けられるのかな?」

「と、唐突ね……。ええと、うーん。そうだなー。一番安定してるのは公務員かなー。でも、騎士の方が危険はあるけどお給金は多いと思うわよ?」

「じゃあ僕、騎士になる!」


 今この瞬間から、僕の夢は騎士だ。

 よし、頑張ろう、金儲けのために。

 僕は早速準備に取り掛かるべく歩き出すが。


「でも、1番はやっぱり、冒険者かしらね?」

「……冒、険者?」


 聞き覚えのない3文字に、僕は頭をひねる。


「……なにそれ?」

「あー。こんな小さな町にはギルドもないから、アマタはまだ分からないわよね。冒険者っていうのは、世界中に生息する魔物を倒して、みんなを守る素晴らしい職種の人達よ。シンプルに、強い人ほど儲けられる。トップクラスの冒険者ともなると、そのお給金は貴族様にだって劣らないわ」

「!? き、貴族さまにも……!?」


 な、何たることか!

 冒険者、冒険者か!

 強さこそ正義、強いヤツほど儲けられる!

 ()()()()()

 ようは、強くなればいいんだろう!

 強くなれば沢山儲けられる。

 この世界の誰より強くなれば。

 きっと、僕は誰よりお金持ちだ。



「ふ、ふひっ、ひひ、ひひひひひ!」



 思わず、笑みが零れる。


「……あ、アマタ? ど、どうしたの? どこか痛むの?」

「い、いや……お母さん! 僕、冒険者になるよ! 誰より強い冒険者になる! 世界で1番の大金持ちになって、お母さんを幸せにするよ!」


 お母さんは、僕の言葉にキョトンと目を丸くする。

 だけど、その目には徐々に涙が溜まってゆき、お母さんは嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。


「……うん、私は、アマタが私のことを思ってくれるなら、それだけで幸せよ。ありがとう、アマタ」

「……! うん! どうもいたしまして!」


 何たる眩い笑顔!

 やはり金は偉大だ、金という単語だけでお母さんはこんなにも幸せそうに笑ってくれた! なら、世界中の金という金を集めたならば、お母さんはどんなに幸せだろうか! 想像するだけでワクワクが止まらない!



「お母さん! 僕、今から修行してくるよ!」



 かくして、僕の修行の日々が幕を開けた――。




 ☆☆☆




 最初に始めたのは、木を切り倒す事だった。


「ふっ、ふっ!」


 齢10歳の、まだまだ発展途上の肉体。

 今まで運動も活発的にはしてこなかった。

 だから、お世辞にも『鍛えられている』とは言えない肉体に鞭を打つ。

 目の前には、この街でもちょっとばかし有名な巨木がある。


 その大きさ、優に数十メートル。

 幹の太さは、大人数十人が手を結んでやっと囲えるくらいだろう。

 一体どれくらい前からあるのかも分からない、僕よりもずっと年老いた大木。

 それに僕は、思い切り斧を振り下ろす。


「金儲けと……修行ッ! やるなら、同時にだっ!」


 大木へと斧を振り下ろすことで、全身の筋力の向上を図り、切り倒した大木をさらに切り分けて、薪にして売る。

 一石二鳥!

 修行もできて金儲けもできる!

 それが微々たる金額であったとしても、それでも、大きな大きな親孝行への第1歩だ。稼いだ金を集めて武器を買って、冒険者になる。

 稼いだ金をそのままお母さんに渡すことも考えたが、どっちにしろ冒険者になるための武器、防具を買うための金銭は必要。

 ここは、断腸の思いで金銭を自分のために使うとしよう。


「まぁ、まずは、木を一本でも斬ってから、だな」


 僕は、近所のおっちゃんから借りた斧を、一撃一撃、丁寧に振り下ろす。

 その度に運動不足の体が悲鳴をあげる。

 しかし、そんな痛みなんて苦にはならない。

 想うのは、将来僕が手に入れるであろう巨額の富。

 それを貰って、幸せそうに金に溺れるお母さんの姿。

 その幸せな未来さえ想像出来れば、どんな苦労もへっちゃらだ!


「ふへ、へへひはははは! ひーっひひはははははは!!」


 僕は、最高の笑顔を浮かべて斧を振り下ろす。

 さて、僕は一体どれくらいで、この大木を切り倒せるだろうか?




 ☆☆☆




 1日、5000回。

 僕は、斧を振り下ろす。

 生活もあり、子供の僕にはせいぜいこれが限界だった。

 振り下ろす。

 斧を抜く。

 振りかぶっては、振り下ろす。

 それを永遠繰り返す。

 朝早くから始めても、5000回が終わった頃にはもう日が暮れてる。

 もう、日は沈んで真っ暗だ。

 そんな日々だった。


「ぜぇ、はぁっ、はぁっ、……っぅ」


 訓練開始から、1週間が経過した。


 今日も、ノルマが終わった。

 四肢を大地に投げ出して、僕は身体中の筋肉痛に喘ぐ。

 やばい、めちゃくちゃ痛い。

 だいたいいつも、100回目くらいからきつくなってくる。

 筋繊維がブチブチと嫌な音を立て始めるのが、だいたい1000回目あたりから。

 そこから体力の限界がきて、目眩がしてくるのが3000回あたり。

 さらに限界のその先にたどり着いて、4000回。

 そこから先は記憶はほとんどない。

 ただ、作業のように振り下ろしと回数を数えることだけはしていた気がする。

 そんな毎日だ。


「くっそぉ……」


 まだまだ、大木を切り倒すには至らない。

 というかこれ、本当に切れるようなものなのだろうか?

 だって、見た目とか絵本の中で見る世界樹だよ?

 そりゃ、確かに本物の世界樹と比べたら小さいんだろうけどさ。

 ……思いつきで始めたはいいけど、全然切れる気がしない。

 どうしよう、他の訓練をした方がいいのだろうか?


「……いいや! 絶対に諦めないぞ! 僕は金持ちになるんだ!」


 折れそうになった心を、屈強な欲望で固定する。

 僕は荒くなった息を整えて、斧を手に家へと歩き出す。



「待ってろ世界中の硬貨! 絶対に僕のものにしてやるからな!」




 ☆☆☆




 訓練開始から、1ヶ月。

 だいぶ、体に筋肉もついてきた。

 斧の使い方も上手くなってきた気がする。


 けれど、まだまだ、木は切れない。

 1日5000回も、まだまだ日中だけじゃ難しい。

 相も変わらず、日が暮れるまでやっている。

 以前より、少し早くクリアできるようになってきたが、まだまだ僕の望む高みには程遠い。世界で最も金を稼いでる冒険者なら、こんな大木片手間でへし折ってしまうだろう。


「まだまだぁ!」


 僕は、斧を振るう。

 筋肉がブチりと、嫌な音を立てて千切れた。




 ☆☆☆




 訓練開始から、半年が過ぎた。

 体格は大きく変わり、以前の面影などどこにもない。

 僕は昨日も、今日も、斧を振るう。


「ふんっ!」


 今までは「カンッ」と乾いた音が響くだけだった。

 それが今では『ガスッ』と少し鈍くなった気がする。

 うん、順調なり。

 金儲けへの道は着々と進みつつある。

 しかし、まだこの大木は切れない。

 なんとしぶといことか。

 最近になっては、意地になって一日の回数を増やしている。

 5000回から少しづつ増やして、今では7000回だ。

 それでも以前と同じような時間で出来ているのだから、僕もなかなか鍛えられてきたんだろうと思う。


「さぁ、今日も頑張ろう! 3233回目ッ!」


 ガスッ、と斧が大木に突き刺さる。

 筋肉が、引き攣るような感覚があった。




 ☆☆☆




 訓練開始から、1年が経った。

 大木はまだ切れない。


 えっ、何この大木、しぶと過ぎない?

 1年経ってまだ切れないってどういうことだ。

 不思議に思って他の木で試してみたら、この木とは比べ物にならないほどに柔らかく、脆かった。

 長い時を生きるということは……それ相応の強度があるということでもある。

 今まで気にもしていなかったが、この木は他の木々と比べても馬鹿みたいに固く、ぶっといのだ。そりゃ、簡単には切れやしないだろうな。


 でも、僕も諦めはしない。

 もう、意地だよね。

 ここまで来たら絶対に倒したい。

 まだ一文たりとも稼いでないが、ここで逃げたら色々と終わってしまう気がする。今後も、金儲けの大きなチャンスで諦めてしまう気がする。諦め癖がついてしまう気がする。だから、絶対に諦めない。


「こうなりゃ、1日1万回だ! すぐにぶっ倒してやる!」


 僕は無理矢理にノルマを引きあげ、勢いよく斧を叩きつける。

 ゴッ、という鋭く鈍い音が響く。

 筋肉は、既に痛みなど訴えてはいなかった。




 ☆☆☆




 訓練開始から、2年経過。

 やっと、僕は木を切ることに成功した。

 その頃になると、一日に2万回近くは斧を叩きつけていた気がする。

 近所のおっちゃんは、昔、名のある鍛冶師だったようで。

 おっちゃんから貰ったこの斧は、かなーりの業物だったようたが……最後の方にはいい加減ガタがきてたからな。

 斧かダメになるより先に、木が切れてよかった。


 僕は、目の前に倒れる巨木を見下ろし、大きく息を吐く。


「ふぅ……。さて、こっからが本番だぞ……」


 僕は、おっちゃんに頭を下げて貰ってきた、もう一振りの斧を取り出す。

 さぁ、こっからが本番、金儲けのお時間だ!

 この大木を切り分けて、薪にして売る!

 そう考えただけで笑みが止まらない!

 金! 金金金金ぇ!

 このためだけに僕は、2年間も同じことを繰り返してきたのだから!



「さぁ! 金儲けの時間だ!」



 僕は、新たな斧を倒れた木へと振り下ろす。


 12歳の春。

 既に僕は、『体が疲れる』という感覚を失いつつあった。




 ☆☆☆



「おっちゃん! 僕を船に載せてくれ!」


 13歳の春。

 僕の売り出す薪はそれなりに評判だった。

 ここは小さな島だし、まぁ、住民も限られているんだけれど。

 その住民ほとんどが使ってくれるくらいには、良かったらしい。切り倒すのに2年+切り分けるのに1年、合計3年もかけて頑張った甲斐があった。

 というわけで、そろそろ僕もジョブチェンジしようと思う。


「あぁ? アマタじゃねぇか。(きこり)の仕事はどうしたんだ?」

「あんなのもう古いよ! 1番でっかい木を倒しちゃったからさ! 今度は船の上でバランス感覚を鍛えながら、魚で稼ごうと思って! 金をね!」

「お、おおぅ……まぁ、いいんじゃないか?」


 世界一金に目がない13歳児。

 僕に対して漁業のおっちゃんは引き攣ったような笑顔をうかべたが、僕が漁に行くこと自体は反対ではないようだ。

 そりゃ、たった一人で島一番の大木を切り倒しちゃうような子供だ。

 純粋な筋力量だけ見れば、手伝いは願ったり叶ったりなのだろう。


「ま、すぐに辞めなきゃいいんだがな」


 おっちゃんはそう言って船に乗り込み、僕も続いて船に乗る。

 おっちゃんの言葉を、その時の僕は、よく理解していなかったのだ。




 ☆☆☆




「うおっぷ……ぅ!」


 僕は酔っていた。

 やばい、なんという気持ちの悪さ!

 いかに人間が『揺れ』に弱いのか。

 バランス感覚が無いのか、痛感させられる!


「おい、アマタ、悪いこたァ言わねぇ、休んでろ」

「お、おっちゃん……!」


 この船は、島一番の巨大船だ。

 もちろん、多くの人が乗っている。

 彼らはムッキムキの筋肉を酷使し、腕力で網を上げている。

 都会に行けばまた違う方法があるのかもしれないが、ここはド田舎。やることはシンプルイズベスト、筋肉を信じる。それだけだ。


「うぁっしょい! うぁっしょい!」

「今日は大漁だ! こりゃいい飯にありつけるぜ!」

「アマタ! 今日の晩飯はクレハさんのところで頂くぜ!」


 クレハ……我が最愛のお母さんの名前だ。

 僕のお母さんは料理上手だ。

 まぁ、料理上手じゃなきゃ料理屋なんて経営できないんだけどね。

 だから、島中から多くの人たちがお母さんの料理を食べに来る。たぶん、島の中じゃお母さんはトップクラスに有名な人物でもあるだろう。

 さすがお母さんだ。息子の僕は誇らしいよ。


「……そう、だ! 僕は……お母さんの息子! お母さんに、誇れる息子でなくて、どうする! おっちゃん! 僕は絶対に諦めないよ!」

「アマタ……っ、よく言った! なら黙ってついてこい! 揺れるぞッ!」


 船が大波を超えて大きく揺れる。

 僕は吐き気を飲み込み、決死に目の前の網へとしがみつく。


 かくして、僕の新たな修行が幕を開けた。




 ☆☆☆




 漁業開始1週間。

 修行開始から、3年と1週間。


 僕は、まだ酔っていた。


「うぅ……陸に上がると、さらに酔う感じがする……」

「ははっ! 陸酔いってヤツだな! まぁ、三半規管が鍛えられりゃ、自然とそういうのも慣れてくるもんだ! 頑張れアマタぁ!」


 おっちゃんが声をかけてくれる。

 ううーむ、漁業も奥が深い。

 朝は早いし、体は使うし、酔うし。

 金儲けと修行に最適じゃなかったらやってないよ。

 それほどまでにドギツイ仕事だ。

 だけと、それほど悪い仕事じゃないかもしれない。


「ほれよ、アマタ、今日の給料だ! 受け取れぃ!」

「ありがとうおっちゃん! 大好き!」


 僕は満面の笑顔で金を受け取る。

 ふへへ、これだからやめられないぜ……漁業最高!

 ついでに、自分でとった魚は美味い!

 冒険者になって腐るほど金を儲けたら、この島に戻ってきて漁業をするのも、悪くないのかもしれないな。




 ☆☆☆




 漁業開始から、1ヶ月。

 修行開始から3年と1ヶ月。

 かなーり、船酔いには慣れてきた。

 気がする。


「うぁっしょい! うぁっしょい!」


 僕は掛け声を叫びながら、力の限り網を引く。

 おっちゃんたちはバランス感覚だけでなく、筋力もすざまじい。

 僕に引けを取らないくらいのムッキムキだ。

 上には上がいる。僕も慢心していられない。


「アマタぁ! 今日は風が強い! お前が来てから1番の大波になる! ヤバいくれぇ揺れるだろうが、とりあえず安心しろ! この船は沈まねえ!」

「おっちゃんは信頼してるけど……大丈夫かな、酔う気がする」


 僕がそう言って……間もなく、かつてない大きな波が来る。

 船が大きく揺れる。

 事前に体と船を命綱で繋いでいたから落ちるようなことは無かったが、命綱がなかったら危なかったかもしれない。海、こわい。


「さぁ、いくぜてめぇら! 嵐の日しか取れねぇ、伝説のテンペストマグロ! これを取らずに一流の漁師を名乗れるかってんだ!」

「おう! 子供たちに最高のテンペストマグロを見せてやるぜ!」

「ここにも子供が紛れ込んでるがな! がはははは!」


 そんな漁師たちに混ざって、僕もまたテンペストマグロを狙いに行く。

 晴れた日は海底の、決して陽の届かない場所を泳ぎ。

 太陽の隠れた嵐や雨の日に限って海上の浅瀬へと姿を現すテンペストマグロ。

 僕も噂でしか聞いていないが、とても美味いらしい。

 僕もこの仕事を始めてかなり魚を食べてきたが、テンペストマグロを食べればそんな魚たちが稚魚に思えてしまうとか。

 食べたいような、食べたくないような……。

 ううん! やっぱり食べたいよね!

 我が最愛のお母さんに、最高のお土産を釣り上げよう!



「さあ、テメェの値段はおいくら万円だあ!」



 僕は叫んで、海へと釣り糸を投げる。


 追伸。

 嵐の日に船上でする釣りは、本格的に酔うと、身をもって理解しました。

 良い子は真似しないでね。




 ☆☆☆




 漁業開始から、1年が経過した。

 修行開始から、ついに4年目突入である。


「おっちゃん!」

「わぁってる! 揺れるぞ!」


 嵐の日だった。

 入社してから、まだ1度もテンペストマグロには出会っていない。

 しかし、今日という今日こそは、その伝説に物理的な金額を叩きつけてやらねば僕の漁師としての気が済まない。


「テメェら! アマタもそろそろ漁師は終ぇだ! 最後にどデカいテンペストマグロ釣り上げて、胸張ってコイツを次の修行とやらに送り出してやろうぜ!」

「「「うおおおおおおおお!!」」」


 おっちゃんの声に、多くの船乗りが声を張り上げる。

 僕のためにこんなにも……ありがとう、おっちゃん!

 でもテンペストマグロは譲らないからな! 奴の売上金は全て僕のものにする! 何としてでも僕が己が手で釣り上げてやるんだ!

 そして、そろそろ次の修行に行きたいです!

 そんなことを考えていた。


 ――その時だった。



「――ッ!? ぎょ、魚影発見! お、大きいです!」



 漁師の1人が叫んだ。

 僕は目を見開いてその方角へと視線を向けて。

 そして、かつてない驚きに身を硬直させた。


「な、なんっ……で、デカい!?」


 そこにあったのは、この船に匹敵するほどの魚影だった。

 クジラとか、そう言われた方がまだ分かる。

 けれど、1年にわたる漁師の感が告げていた。


 コイツが、僕の追い求めていた【金の成る木】である。



「テンペストマグロだぁぁぁああああ!! 野郎ども! 銛を放てぇ! 奴は凶暴だ! 1度傷つけりゃ、死ぬまでこの船に攻撃してくる! 船が沈む前に引っ捕らえるぞ!」



 おっちゃんの声で、多くの銛が海中へ飛ばされる。


『ぎゅあらァァァァァ!』


 マグロとは思えない叫び声。

 えっ、マグロって声出せたっけ?

 海中から姿を現したのは、明らかにマグロだった。

 だけど、すごく凶暴に見える。

 目は赤く充血して、体には赤いラインが入り、明滅している。

 これは野生の魚って言うより――【魔物】に近いのかもしれない。



 ――魔物。

 正確に言えば【野良】ってヤツだ。

 この世界にはダンジョンがいくつも点在していて。

 そのうち、公に見つかっていないダンジョンから魔物たちが溢れ、自然に住み着き、定着した野生の魔物。それを僕らは【野良】と呼ぶ。

 もちろん、僕らの島にはダンジョンはない。

 だから野良は生息してないし、こうしてみるのも初めてだ。


「これが……魔物! 冒険者が倒すべき相手……!」

「ぼさっとしてんじゃねぇ! てめでも動くんだよアマタ! 銛だ! ありったけの銛をぶっさせぇ!」

「……っ! わ、わかった!」


 僕は近くにあった銛を手に取ると、思いっきりテンペストマグロへと投擲する。

 それはやつの体へと深々と突き刺さり、僕は銛へと繋がったロープを握って、力の限り思いっきり引っ張った!


「ぐ、ぬぬぬぬ……ッ!」

『ぎゅぐぁら! ぎゅぁっ!』


 マグロは叫ぶ。

 あまりの激痛に暴れ狂って。

 その姿を前に、おっちゃんは杖を片手に躍り出た。



「さぁ、最後のトドメと行くぜ! 凍っちまいな!『ブリザード』ッ!」



 それは、初めて見る『魔法』だった。

 ダメージをくらっていたテンペストマグロは、周辺の海水共々凍りつき、一瞬にして動かぬ氷像へと変化してしまう。


 ……そうだった。

 おっちゃんの【ギフト】は【氷魔法】。

 文句無しの【金級】ってヤツだ。


 生まれながらにして、誰しもが神から授かる特殊能力。

 それが、ギフトだ。

 そのギフトにもいくつかの序列があって、【金級】はだいたい1000人に1人いるかどうかってレベルのかなりのレアギフト。

 その上に【魔鉄級】【神話級】と続くのだが、この2つに関しては一生で1度出会えるかどうか、ってレベルの超レアギフトだ。

 実質、金級が1番身近で、1番わかりやすい僕らの最強にあたる。


「す、凄い……こんなにも一瞬で」


 氷になって、海に浮かぶマグロの氷塊。

 それを見つめる僕に、おっちゃんは笑ってこういった。



「そうだろ? 漁師もまだまだ、捨てたもんじゃねぇさ!」



 かくして、僕の1年間にわたる漁業体験は終了した。



 追記。


 テンペストマグロは、とてつもなく美味しかったです。




 ☆☆☆




「おばちゃん! 僕に薬学を教えてくれ!」

「いいよぉー」


 翌日。

 僕は薬学を学ぶことにした。

 冒険者には常に危険が付きまとう。

 そのために開発されたのがポーション薬だ。

 薬学とは、様々な病、怪我に精通し、自らの手でそれに最適な薬を調合するという、金儲け……もとい、冒険者にはなくてはならない【学】である。


 というわけで、やってきたのは島で唯一の薬師ばあちゃんの店だ。

 おばちゃんは、昔はとても名の通った錬金術師?だったそうだが、いろいろとあって今じゃこんな田舎の小さな薬屋を経営している。

 だけど、その実力は本物も本物。

 おばちゃんの作ったポーションはどんな傷でもすぐに治る。

 擦り傷はもとより、小さな部位欠損くらいなら簡単に治ってしまう。

 すごい! めちゃくちゃ高値で売れそう!

 そう思った僕は、おばちゃんの下で働くことになった。


「アマタは、どんなギフトをもってたかね?」


 おばちゃんは、最初に僕のギフトを聞いてきた。


「ん? 僕のギフトは【幻想】っていう、銅級のやつだよ!」


 銅級、ギフト序列最下位の能力だ。

 上から【神話級】【魔鉄級】【金級】【銀級】【銅級】だ。

 銅級は、言ってみれば『ありふれてる』んだ。

 特に有用でもないし、強力なわけでもない。

 まあ、中には『極めたら神話級になった銅級ギフト』なんておとぎ話もあるけれど、僕はあれ、嘘だと思ってる。銅級所有者がギフトを極めるように、神話級も自分のギフトを極める。その差は一生埋まらない。少なくとも僕はそう思う。


「幻想……? どんなギフトかいな」

「えっとね。頭に思い浮かべたものを、現実として出せるんだ。……って言っても、まだ小さな道具とかしか出せないし、本物と比べたら弱っちい。それと、時間が立ちすぎると消えちゃうんだよね」


 僕が思うに、銅級でも最低位に位置するギフトだと思う。

 平凡な日常生活を送る上では便利なんだけどね。

 耳かきとか、ああいった小さな小物は簡単に具現化できるからさ。

 ただ、冒険者として活動するなら、ちょっと使い道が見つからなくなる。

 そんな程度のギフトだよ。

 僕がそう告げると、おばちゃんは楽しそうに笑ってた。


「あれま。知ってたかい、アマタ。おとぎ話の銅級英雄って、あれも、アマタと似たような『便利ギフト』を極めた結果なんだよ。もしかしたら、アマタのギフトも化けるかもねえ」

「そんな不確かなものに賭ける気はないよ! 僕が信じてるのはお母さんと身心と金だけさ!」

「擦れたガキンチョだねぇ」


 おばちゃんはそう言って笑った。


「そうさね。なら、私はアマタに、ありったけの薬のレシピと、材料の調達方法。ついでに、ギフトがどれだけ有用か、ってのを教えてみるとするかい」

「えー、レシピと調達方法だけでいいよ」

「だまらっしゃいな。アマタは信じて私についてくりゃいいんだよ」


 そう言ったおばちゃんは、楽しそうにこう言った。



「幻想を作るには、相応の知識が必要さね」



 かくして、僕の修行、第三弾の幕が上がる。




 ☆☆☆




 薬師生活、初日。

 僕は、山に薬草を取りに出かけた。

 この島には、山は一つしかない。

 鬱蒼と森が生え茂る、大きな山だ。

 入ってすぐのところには多くの薬草が生えている。

 僕がなぎ倒した巨大な木も、森に入ってすぐのところに生えていた

 だけど、今回おばちゃんにお願いされた薬草は、森の奥の方にしか生えてないらしい。

 つまり、山頂付近だ。


 僕は、山を登る。

 山頂に近づくにつれ、酸素が薄い上に、足場も悪くなる。

 大木なぎ倒しで筋肉のついた僕でさえ、息が荒くなる。

 斧を振ることと、歩くことで使う筋肉は違うということだろう。

 現に、漁で網引きを始めた当初は久方ぶりの筋肉痛になったし、息も絶え絶えになったこともある。

 使ってこなかった筋肉を使えば疲れるし、筋肉痛もぶり返す。


「まだまだ、鍛える場所は残ってる」


 そう考えると、無性に嬉しくなる。

 ……にしても、こんな場所へ子供一人で行かせようというのだから、今回の修行のスパルタ加減がよくわかる。なんだかんだで、第一回目の巨木なぎ倒しよりもキツいかもしれない。

 ま、望むところなんだけどね。


 そうこう考えて歩いていると、目的地が見えてきた。

 そう、山頂の薬草群生地だ。

 そこにはあたり一面に咲き誇る赤い花が咲いている。

 名前は確か、『幽紅の花』っていったっけ。

 かなり有名な『毒花』らしいんだけど、おばちゃんが独自の手法によって毒を消したところ、かなり万能な医療薬へと変化したらしい。

 このことは世界でもおばちゃんしか知らないらしく、僕は金儲けの予感にウハウハである。

 さーて、さっそく頂いていこうかな。

 僕は持ってきた収集袋を手に歩き出して――。


『ガルルウウウ……』

「…………へっ?」


 背後から聞こえた獣の唸り声に、思わず間抜けた声が出た。

 振りかえる。

 狼がいた。

 群れでいた。

 死を理解した。


「嘘……嘘嘘嘘おおおおおおおお!?」


 叫ぶと同時に逃げ出した。

 背後から狼たちが一斉に駆け出してくるのがわかった。

 そういえば……この森には絶対に入っちゃダメだって大人たちが言ってた!

 その理由は教えてくれなかったけど……こういうことか! こういうことね!

 魔物じゃないみたいだけど、野生の狼めっちゃいるじゃん、危険地帯じゃん! もうどうしようもない危険地帯じゃん! あんのババア、何考えてやがるんだ!

 おばちゃんが「ほっほっほ」と笑う姿が目に浮かぶ。


『ガルゥッ!』

「ぎゃあああああああああああ!?」


 僕は、一目散に撤退した。


 結果、幽紅の花は一つたりとも取れなかった。




 ☆☆☆




 二日目

 僕は諦めない。


 といっても、狼を倒そうとは思っていない。

 僕はまだまだ、筋トレマニアの弱い子供だ。

 なので、狼に勝てるとか思い上がったりはしていない。

 とりあえず、今14歳なので、18歳くらいには戦闘訓練もこなしておきたいが、まだ早い。今はまだ基礎を作っている段階。今の段階で狼と戦うには足りないものが多すぎる。

 狼に追われても逃げ切れるだけの脚力、山頂で走り回っても息が切れないだけの肺活量、山を下りるまで狼から逃げ続けるだけの体力、いち早く危険を察知し、隠れるための隠密・索敵能力。

 戦わない()()でもこれだけ足りてない。

 狼と真正面から戦おうと思えば……一体、どれだけのものが足りないのか、想像もつかないや。


「おや、アマタ。今日は行かんのかい?」

「うん! 半年待っててよ! 多分それだけあったらいけると思うから!」

「そうかい。頑張りなあ」

「うん、頑張る!」


 そういって、僕は今日も頑張るのだ。

 目指せ、億万長者!




 ☆☆☆




 三日目からは、地道な訓練に戻った。


 ただひたすらに、島外周を走る訓練。

 ここでは砂浜を走ることで脚力の強化を行い、岩場を駆け抜けることで山の不安定な足場を想定した訓練を行う。これは同時に、体力作りも兼ねている。


 海に顔を付けて、肺活量を鍛える訓練。

 山頂付近でも地上と変わらぬ能力を発揮するための訓練だ。

 また、肺活量を鍛えることで、疲れにくい体を作る目的もある。


 そして、実地訓練。

 狼に気づかれず、逆に狼を先に見つける訓練だ。

 これには、島に住んでいる猟師のおっちゃんが付いてきてくれた。

 猟師のおっちゃんは、昔は冒険者であったそうだ。

 しかも、二つ名がつくレベルの超高位冒険者。

 いくら稼いだの? と聞くと、儚く笑われた。

 金に虚しさを感じるほど稼いだんだろう。

 僕もいつかはそんな笑い方をしてみたい。


「いいか、坊主。狼は鼻が利く。そして耳もだ。人間様がまともに太刀打ちしようったって難しい。だから人はギフトだなんだとそういうもんに頼りたがるが……まず第一に【大自然】を味方につけろ」

「……自然を?」

「そうだ。世界で一番強いのは自然だ。だから、まずは自然様を味方につける」


 自然界の泥を身にまとい。

 風向きを利用して狼の嗅覚から逃れ、小川の音で足音を消す。

 それが、自然を味方にするということ、らしい。

 まあ、言っていることはなんとなくわかるが、それってかなり難しいのでは?

 あと、索敵能力に関しては何かコツとかないのだろうか?

 そう問うと、彼はフッと笑ってこう言った。



「――慣れろ。それだけだ」



 かくして、僕の狩猟生活が幕を開けた。




 ☆☆☆




 そして、約束の半年後。

 僕は、幽紅の花が詰まった袋を背負い、山を駆け下りていた。


「くっそおお! あいつら見張ってやがったな!」

『ガルア!』


 既に僕は、息をするように気配を殺せるようになっていた。

 最近は、もう森が僕の住処になってきた気がする。

 サバイバル生活により食べられる食べ物と、食べられないものの区別がつくようになった。

 気が付いたら視力は大きく上がっているし、遠く離れた場所にいる獣の匂いを見分けられるようになった。

 僕は断崖絶壁の岩肌を流れるように駆け下りる。

 狼は崖のような斜面を前に狼狽えて立ち止まる。

 その隙に、僕は一気に距離を開けるべく走り出す。


「ははっ! やっと来た! 幽紅の花だ!」


 僕は幽紅の花の入った袋を握りしめる。

 そして――スンと、鼻が獣特有の匂いをかぎ分けた。

 反射的にその場を飛び退る。

 と同時に、僕のいた場所へと狼の爪が通り過ぎる。


「――ッ!? またお前か……!」

『グルル……』


 そこにいたのは、ひときわ大きな狼だった。

 この森の長。

 毎度毎度、1匹だけ僕の動きについてくるヤツだ。

 他の狼が全員【村人】だとしたら、コイツだけ【冒険者】やってる。まず間違いなくそんな感じの差がある。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き、狼を見据える。

 考えるのは、この山をおりること。

 そこまで行けば、猟師のおっちゃんがいる。

 この狼が新米冒険者なら、あのおっちゃんは超級冒険者だ。

 それはこの狼も分かっているのか、何とか僕が山を降り切る前に倒そうと躍起になってる。


「山を降りる。それだけを考える」


 それに必要な訓練は積んできた。

 この標高にも完全に慣れた。

 脚力も鍛え上げ、今なら狼と森の中を追いかけっこしても勝てる自信がある。

 つまり、コイツを1度でも抜いてしまえば、街まで一直線だ。


 今一度、大きく息を吸って。


「さぁ、一瞬だ」


 一気に、走り出す!

 僕は狼へと真正面から立ち向かう。

 ヤツは僕を前に牙を剥く。

 殺気が身体中に突き抜ける。

 恐怖に膝が震えそうになる中。

 僕は、欲望の限りで心を支える。


「金ぇッ!」


 僕は左手をにぎりしめる。

 狼は僕へと向かって噛み付いてきて。

 僕は、その頭上へと飛び上がった!


『ガルゥ!?』

「ふんっ、ぬらぁ!」


 その頭を蹴り抜いて、さらに飛び上がる。

 近くにあった木の幹に着地すると、勢いそのままいくつかの木々をジャンプして渡り、そのままヤツの遥か後方の地面へと着地する。


『――ゥッ!?』

「は、はははは! ありがとう狼! さようなら、また逢う日まで!」


 僕は腹の底から笑いながら、一気に山の下へと降ってゆく。

 後ろから狼が追ってくるのが分かったが、遅い遅い!

 崖も山肌も、今の僕には障害物にもなり得ない。

 僕はあえて厳しい道を駆け抜けて、狼との距離をぐんぐんと広げゆく。

 やがて、僕の索敵範囲内から狼の気配が消えて。

 僕はあまりの嬉しさに袋を握った拳を突き上げる。



「ひゃっほぅ! やっとポーション作りに入れるぞ!」



 修行開始から、4年と半年。

 やっとこさ僕は、薬学を学ぶことになる。




 ☆☆☆




 15歳になった。

 薬学を学び始めて半年。

 まだまだ『自分で作る』となると荒も見えるが、知識はこの半年で完璧に頭の中へ叩き込んだ。


「あとは、ひたすら技術を磨く。それだけだねぇ。もう、アマタに教えられるようなことはないよぉー」

「あぁ! 今までありがとう、おばちゃん!」


 ということで、僕の第三段目の修行が終了する。

 僕はおばちゃんから製薬の道具を1式貰い(ものすごくありがたい)、次の修行に進むべく、街中をあるきはじめる。


 さて、薬学の知識を身につけた訳だが……。

 改めて、ここまでやってきたことを確認してみよう。



 ①腕力強化

 3年間に渡る大木斬りにより、腕力を初めとした全身の筋肉強化を行った。


 ②バランス感覚

 1年間による船上生活で、決して崩れない体幹と、どんな体勢でも変わらぬ運動能力を発揮出来るバランス感覚を身につけた。


 ③脚力強化

 半年間にわたる砂浜と岩場の長距離全力ダッシュにより、どんな悪い足場でも駆け抜けられるだけの脚力、走行能力を手に入れた。


 ④肺活量強化

 水面に顔をつけ、時に素潜りで貝を漁って金儲け。そのおかげで、馬鹿みたいな肺活量と、いくら動いても疲れにくい体を手に入れた。


 ⑤隠密能力

 ⑥視力強化

 ⑦嗅覚強化

 山の中で生活することにより、様々な能力を身につけた。

 狼に気取られぬような隠密能力の会得。

 自然界のサバイバルによる、視力の強化。そして嗅覚の強化。

 特に嗅覚の強化は、僕の索敵能力にも直結している。


 そして、⑧薬学、と続く。


 うーん、なかなかいい感じに身についてきたんじゃなかろうか。

 それに、薪の販売と、漁のアルバイト。

 肺活量訓練で様々な貝を採って売ったり、それなりに貯金も溜まってきた。

 そろそろ、冒険者として活動するための武器、防具を買ってもいいかもしれない。


「まぁ、それも考えるとして……」


 15歳の春。

 そろそろいい加減、戦闘訓練を始めてもいいかもしれない。

 となると……適任はやっぱり猟師のおっちゃんかな?

 あの人、かなり有名な冒険者って言ってたし。


「そしたら、さっそくおっちゃんのところ行くか!」


 かくして、僕は意気揚々と歩き出す――!




 ☆☆☆




 山の麓に、おっちゃんの家はある。

 今にして思えば、おっちゃんは狼の群れがいつ街まで降りてくるか分からないから、そのためにこんな場所に家を構えているんだろう。

 僕はルンルン気分でその家へと向かっていったが。


「……ん? なんだろう、この気配」


 感じたことの無い気配を、おっちゃんの家から感じた。

 おっちゃんのすぐ近くにいるな。

 特に殺気立っても居ないようだし、知り合いだろうか?

 少なくとも、この島の人間じゃなさそうだ。

 あきらかに……こう、気配が違う。


 僕はおっちゃんの家まで歩いていく。

 すると、家の前には二人の男が立っていた。

 一人は、猟師のおっちゃん。

 そしてもう1人は……見たことも無い、白髪の老人。



「――ッ!?」



 その姿を見た瞬間、僕は察した。


 この人、()()()()()()()


 道理で気配が違うわけだ。

 何もかもが【極まってる】から、気配が違うんだ。

 猟師のおっちゃんで言うところの、【隠密】や【索敵】の能力。

 それと同等の【極意】の集合体。

 感覚でしかないけれど……そんな感じだった。


「おっ、アマタ。そろそろ来ると思ってたぞ」

「ほう、この小僧か」


 老人の目が僕を捉える。

 どこまでも鋭く、冷たい目だった。

 人間じゃない。

 きっとこの男は、人間じゃない。

 人間を辞めた何者かだ。

 怖い、怖くて怖くて仕方ない。

 今までの人生で、1番に死を感じる。

 けれど……ッ!


 僕はその場に膝を着くと、額を地べたに擦り付けた。



「ぼ、僕を……弟子にしてください!」



「…………ほぅ」


 老人は、沈黙の末に呟いた。


「なるほど。実に凡庸。一目見ただけでいかに才覚が無いか理解ができた。が、それを除いても余りある能力。貴様は何者だ?」

「ぼ、僕は……アマタ! 父は知らない! お母さんはクレハ、この島で一番のすごい人だ! その息子だ!」

「……おい、そのクレハとやらは、勇者だったりするのか?」

「いいや、まぁ、普通ではないが、通常の母親だよ」


 普通じゃない? まぁそうだろうね、僕のお母さんだもの。

 僕の誇りだ。普通なわけが無い。

 僕は顔を上げると、老人は僕を見下ろしていた。


「ギフトは」

「げ、幻想! 階級は、【銅級】だ!」


 老人の目が細くなる。

 その反応に、僕は歯を噛み締めた。


「……銅級が、ワシの弟子になる。その意味、分かっているのか?」

「分かってる! あんたみたいになるのなら、並大抵の努力じゃだめだ! ……けど、絶対に叶えたい願いがある! それだけは絶対に曲げられない!」


 金儲け。

 そう、金儲けである。

 僕は頭を今一度地面に擦り付ける。


「どうか、お願いします! 僕に戦い方を教えてください!」

「…………」


 返って来たのは、沈黙だった。

 長い長い沈黙。気が遠くなるほどの無音が続く。

 緊張に喉が鳴り――やがて、頭の上からため息が聞こえた。


「……全く、男がそう易々と頭を下げるものでは無い。もういい、顔を上げろ」

「だ、だけど……ッ!」



()()()()()()()()()()()()()()()()



 たった一言。

 その言葉には、物語でしか知らない、王様のような威厳があった。

 考えるより先に顔を上げていた。

 体が勝手に動いていた。

 僕の姿を見て、猟師のおっちゃんが苦笑いを浮かべている。


「……アマタ。もとより、コイツはお前の師匠にするために呼んだんだ」

「!? って、ことは……」


「何を言わずとも、小僧、お前を弟子にするつもりでいた」


 老人が、静かに告げた。

 その言葉に喜びが弾ける。


「やった……やったぞ! なんだこれ、凄い嬉しい!」


 これでまた、強くなれる!

 僕の望む最強に、また近づける!


「……無駄な土下座と知り、恥辱より歓喜が先にこぼれるか」

「な、言ったろ。コイツは少々頭がイってる」


 二人が何か言ってたようだが、特に気にもしない。

 僕は歓喜にガッツポーズを掲げていると、白髪の老人――『師匠』は、近くの切り株へと腰を下ろした。


「何はともあれ、小僧。貴様は人類史において最初にして最後の、我が弟子となった。中途半端な真似は許さん。……3年間だ。3年間で、貴様を常軌を逸した強さへと仕上げてやろう」

「ありがとうございます! 金儲けが捗ります!」

「そうだ、金儲けが捗る。だから死ぬ気で頑張っ――――今なんといった?」


 老人は静かに頷いて。

 しばらくして……目を丸くして問い返してきた。

 んっ? どうしたんだろう、聞こえなかったのかな!

 なら、正々堂々、胸を張って僕の夢を宣言しておこう!



「僕の夢は金を稼ぐこと! 最強の冒険者になって国家予算クラスの大金を稼ぐのが夢です!」



「おい、この小僧、大丈夫か?」

「さぁな。昔っからこんな感じだよ」


 老人は、頭を抱えてため息を漏らした。

 人類史最初で最後の弟子だっけ?

 そんな弟子が世界で誰より金を稼いだとあれば、師匠もきっと自慢出来る! よし! 頑張って金を稼げるように強くなろう!



「というわけで! よろしくお願いします、師匠!」



 かくして、僕の最後の修行が幕を開けた。




 ☆☆☆




 訓練開始、1日目。

 スパルタ。

 その一言に尽きた。


「なに? 斧を1日2万回? ならば素振りを10万だ。始めろ」


 そう言って()ッッッとい素振り刀を渡された。

 えっ、冗談かな?

 そう思ったけど目が笑ってなかった。

 僕は泣きそうになった。




 ☆☆☆




 訓練開始、1ヶ月。

 スパルタは続いていた。


「なに? 船の上でバランス感覚を鍛えた? ならば船の上で素振り12万だ。始めろ」


 ふざけてやがる。

 回数増えてんじゃねぇか。

 そう思わなくはなかったが、素直に従った。

 だって怖いんだもの。




 ☆☆☆




 訓練開始、半年。

 スパルタは増していた。


「なに? 島の外周を走り回った? ならば『グラビティ』。この状態で島を百周してこい」


 やっと船上での素振りにも慣れてきた頃。

 とんでもねぇことを言い出した。

 ちなみにグラビティってのは、重力魔法だ。

 指定した場所の重力を何倍にも引き上げる、かなり位の高い魔法だったはず。

 まぁ、それを使えることには驚いてませんとも。

 だって師匠だし。

 だけどねぇ、これ、何倍ですか?

 立ってるのもようやくなんですけど。


「こ、これ、百周……?」

「……何か問題でも?」


 いい加減察していた。

 僕は、魔王に魂を売ってしまったのだ。

 僕は心の中で涙しながら、必死になって走り出した。




 ☆☆☆




 そして、訓練開始、1年。

 スパルタは常軌を逸していた。


「とりあえず、グラビティは常時とする」


 そう言われたのは数ヶ月前。

 それからは常に超重力空間で修行をしている。

 この空間の中でも素振りは15万回を超えた。

 島周りも、だいぶ走れるようになってきたし、今じゃ朝早くから始めれば午前中で百周くらいはできるようになってきた。


 ――()()()()()()()()()


「なに? 海の中で肺活量を鍛えていた? ふむ『テレポート』」


 飛ばされたのは、雪の中だった。

 雪山の中だった。

 ちなみにテレポートは転移の魔法。

 やっぱり使えるのね。この師匠に使えないものはないのだろうか?


「ここは、この星において最も標高の高い山だ。貴様にはこれから先1年間、この場所で生き延びてもらう」

「……………………」


 声も出なかった。

 え、僕に死ねと言ってるのでしょうか?

 あまりの寒さに身体中が震えてる。

 息を吸い込めば肺が凍る。

 息が苦しい、それは空気が冷たいからか?


 いいや違う、酸素が少ないからだ。


「完全に息を止めるのも、まぁいいだろう。だが、ワシは思うのだ。そんなことをするくらいならば、酸素の極端に少ない場所で1年でも2年でも過ごした方がいい。まぁ、貴様は3年間という縛りがあるし、今回は1年間で我慢してやる。感謝しろ」


 感謝?

 感謝って、なんだっけ?

 僕はガタガタ震えながらそう考えていると、師匠はテレポートでどこかへ消えてしまった。うん、きっと僕を見守ってるよね? まさか島に帰ったりしてないよね? さすがに怒るよ、僕も。


『グルルルル……』

「ひ、ぃ!?」


 背後から、獣の唸り声。

 デジャヴを覚えた。

 振り返る。

 ドデカい熊がいた。

 シロクマだった。

 というか魔物だった。

 死を覚悟した。


「嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘オオオオオオオ!?」

『グルァアアアアアアアアアアアアアア!!』


 かくして、僕の新たな1年が始まる。

 齢、16の春の事だった。




 ☆☆☆




 雪山生活、初日。

 何とか熊の魔物から逃れた僕は、偶然に見つけた小さな洞穴で寒さを凌いでいた。

 寒い、冷たい、酸素が薄くて意識が遠のく。

 思考能力さえ奪われてくる中、僕は、薬師のおばちゃんの言葉を思い出した。



『幻想を作るには、相応の知識が必要さね』



 ち、知識……ッ。

 僕は息を整えながら、必死に頭の中をほじくり返す。

 思い出せ、おばちゃんの所で学んだ全てを!

 僕は大きく息を吐くと、カッと目を見開く。


「【幻想展開】!」


 僕のギフトは、幻想を現実に変えるもの。

 故に、本来であれば作り出せないものは無い、はず。

 目の前を見ると、そこにはふかっふかの防寒具がある。

 これは、おばちゃんが考えた、綿入りの防寒具だ。

 綿の隙間に空気を取り込み、摩擦熱で服の内側に温かさを保持する。

 仕組みは全て分かってる。

 なら、作り出せない道理はない。


「や、やった! やった!」


 僕はそそくさと防寒具を羽織る。

 これで、最悪の事態『凍死』だけは防げそうだ。


 次に僕は、酸素の薄さに慣れるためにも、その場で動かず。じっと息を整えることに専念した。

 今はまでは仕組みも上手く理解せずに使っていたけど……仕組みを完璧に理解した『幻想』は、不思議と時間経過で消えることは無かった。


「これが、おばちゃんの言ってたことか」


 しばらくすると、この状況にも慣れてきた。

 伊達に、息止めで肺活量を鍛えてはいない。

 呼吸に集中することで、少しずつ、少しずつ楽になってきた。


 喉が乾けば、ギフトで『アルコールランプ』を生み出し、氷をとかして水にした。早く飲まなければ氷に戻るから、喉が乾く度に氷を溶かす作業だ。

 隠し持っていた干し肉を噛んで空腹を誤魔化した。



「……待ってろ師匠。絶対に、生き延びてやるからな!」



 かくして、僕は防寒具の中で体を丸める。

 今は、寒さと酸素の薄さに慣れなければ……。




 ☆☆☆




 雪山生活、3日目。

 干し肉が尽きた。

 水はあるけど食料がない。

 まだ完全に空気に慣れな訳じゃないけど、食べ物が尽きては体力が減衰しているだけ。来るはずもない食料を待つくらいなら、今行動すべきだと判断した。


 なので僕は、外の銀世界へ食料探しに出ることにした。


「ぶ、武器はこれだけ……」


 訓練用の、鈍器じみた素振り刀。

 それと、護身用で持っていたいつもの手斧だ。

 これだけでどうしろと。

 しかもどういう訳か、まだグラビティが続いてやがる。

 あの師匠、この超重力状態でどうやって生き延びろってんだ。

 もういい加減嫌になってくる。泣きたい。

 けど、泣き言も言ってられないんだよな、状況的に。


「耳……は吹雪で使えない。こんなんじゃ目も半分使えないようなもんだ。……となると、鼻で嗅ぎ分けるしかないのか」


 僕は洞穴から出ると、大きく鼻で息を吸う。

 同時に、少しずつ周囲の状況が分かってきたぞ。

 うんうん、雪山の斜面の一角。

 後ろには人が入れる程度の洞穴があって。

 そんでもって。



 その後ろには、腕を振りかぶるデカブツがいる。



「ひぇぃ!?」

『ガラァァ!!』


 咄嗟に身を転がせると、巨大な熊の一撃が洞穴を粉砕した。


「こ、この熊……まだ追いかけてきてたのか!?」


 なんてしつこさ! お前、人に嫌われるタイプだよ!

 僕は雪山を走り下る。

 グラビティのおかげで普段よりも速度が出てるくらいだ。

 でも、それでもやっと熊とは速度が互角。

 コイツ! なんでそのガタイでそんな速度出せるんだよ……!


『ルァアアアアアアアア!』

「く、クソ……ッ!」


 やがて、斜面の傾斜が緩やかになってきた。

 ……さ、最悪だ。

 今まで、傾斜の勢いで逃げてきたようなものなのに。

 もうこうなれば、僕よりも熊の方がずっと速い。


「クソ、クソ!」


 となればもう、戦うしか無くなってくる。

 僕は覚悟を決めて素振り刀を握りしめる。

 背後を振り返れば、僕を追い詰めたと言わんばかりにシロクマは仁王立ちしている。その高さは、優に2メートルを超えるだろう。

 下手をすれば、3メートルにさえ届くかもしれない。

 僕は寒さと恐怖に膝を震わせながら、刀を構える。



『小僧、どんな技術も、最後には基本へと戻ってくる』



 ふと、師匠の言葉を思い出す。

 基本、つまりは刀の素振り。

 どんな技術を身につけても。

 結局は、どれだけ基礎が身についているかで全てが決まる。

 僕は、刀を上段に構える。

 左足を前に出し、両手へ力を込める。


 信じろ、今までやってきたこと全てを。

 僕はよくやってきた。

 頑張ってきた。

 死ぬ思いでやってきた。

 なら、あとはそれを信じて刀を振るえ。


「スゥ……」


 薄い酸素を、肺いっぱいに取り入れる。

 シロクマの魔物は僕を鋭く睨みつけると、仁王立ちの姿から右前脚を振り落としてくる。

 たぶん、直撃すれば命はない。

 逃げたい、回避に移りたい。

 心の底から本音が零れて。



 だけど、体だけは別に動いていた。



 今までに何千万も繰り返した、ただの素振り。

 しつこく体にこびり付いた記憶が。

 いつものように。

 ただ、なんの気負いもなく一太刀を振り下ろす。


 パァン、と音がして。


 気がついた時、シロクマの右前脚は弾け飛んでいた。


「………………は?」

『グアアアアアアアアアアア!?』


 鮮血がボタホタと流れる。

 シロクマはあまりの激痛にたたらを踏む。

 その姿を見て、僕の体は自然と動いていた。



『追撃だ。何事も一撃で終わらせるな。一撃入ればまた次へ。考えるよりも先に体を動かせ。そうでなければ生き残れない』



 その通りだった。

 僕は大きく跳ねて刀を振り上げると、下降の勢いそのまま、シロクマの頭蓋へと思いっきり刀を叩き込んだ。


『――――ッ』


 断末魔は、聞こえなかった。

 焼けるような熱さ。

 それが返り血だと気がついた時。


 僕の目の前で、シロクマの魔物は死んでいた。


「……嘘、だろ?」


 これ、僕がやったのか?

 超重力の空間で?

 ってことは、もしかして、僕って……。



「思ってたより、強くなってる……?」



 僕の呟きは、吹雪の中に消えていった。

 ……とりあえず、食料はゲットである。




 ☆☆☆




 雪山生活、1ヶ月。

 だいぶこの状況にも慣れてきた。

 呼吸は楽になったし、慣れない雪道を駆け回っているおかげで以前よりも体が鍛えられた気がする。


 何より上達したのは、索敵能力と隠密能力だ。

 鼻がより良く効くようになった。

 何より、この吹雪の中を見渡せるほど、視力が向上した。

 動体視力も上がっているのか、吹きすさぶ雪の一欠片を、正確に、くっきり捉えられるほどだ。


「――ッ!」


 僕は両手で息を止め、雪山の中へと身を隠す。

 自然に溶け込む。そこにあって当然のものへと身を貶める。

 それが、僕の隠密活動の上でのコツだった。

 これをマスターしてからは、気づかれることもめっきり減った。

 というか、気づかれたら即死に繋がる相手も居ることがわかった。



『グルルルル……』



 その姿が見えて、ぎゅっと目を閉じる。

 視線すらも、時には気取られる遠因になる。

 だから、感覚の全てを閉じて、必死にソレが過ぎ去るのを待つ。


 それは、見上げるほどの巨体だった。

 白一色の体は、吹雪の中では捉えずらい。

 けれど、近づいてくればすぐに分かった。

 本能が『コイツは無理だ』と叫んでいるから。

 感じるより先に察することが出来た。やべぇのが来てる、って。


『グルル……』


 その魔物は、一言で言うなれば【ドラゴン】だった。

 見上げるほどの大きさの、白い竜。

 明らかに格が違う。

 下手すれば猟師のおっちゃんと同等……かもしれない。

 えっ、師匠? あの人なら勝てるんじゃない?

 だってあの人が負けるとか想像つかないし。


 そうこう考えていると、白竜はどこかへと去ってゆく。

 僕は奴の姿が見えなくなって、しばらくしてから息を吐く。


「……あと、11ヶ月か」


 今日も僕は、何とか生き延びている。

 願わくば、このまま残りの日数も過ぎてくれると助かるのだが。




 ☆☆☆




 雪山生活、半年。

 その日、僕は史上最大の恐怖を見た。


「――ッ! ッふぅ、ふぅ……ッ」


 それを見た瞬間、息が詰まった。

 咄嗟に近くの木に隠れると、その存在を背後に感じる。

 半年あれば、周囲の地理も理解ができてきた。

 ここは、大きな山なのだ。

 下の方へと降りても果ては見えず、途中からは身を隠せそうな場所も無くなっていた。……下山するのはここで1年間生き延びるよりも難しいと理解した。途中で白竜に見つかればその時点で即死だ。

 だから、活動できるエリアの中で、できる限り安全な場所を探して周り、半年。


 その日僕は、山の【長】を目にしてしまった。


 なんだ。なんだ……なんなんだこれ。

 こいつは、師匠と同じだ。

 格が違う。

 文字通り桁が違う。

 何もかもが一線を画してる。


 そこは、この雪山のてっぺん、山頂だった。

 山頂には、目を見張るほどの巨大な【火口】が広がっていて。

 その中に、奴は居た。



 ――竜だった。



 巨大な白竜。

 死した火口を寝床にする、バカでかいドラゴン。

 白竜でさえ、一目で勝てないと理解はできたけど。

 コイツは、それ以上だ。

 白竜と比べることもおこがましい。

 それほどの差。

 天と地さえ生ぬるい、絶望的な戦力差。


「……ッ」


 僕は、すぐにその場を離れることにした。

 とりあえず、僕は心に決めた。

 二度と、山頂には近づかない。

 今回は運良く気取られなかったようだけど。


 アレに気づかれたら、僕は死ぬ。


 容易に想像出来たから。




 ☆☆☆




 そして、雪山生活、1年が経過した。

 久しぶりに、誰かの声を聞いた気がした。


「……生きていたか」

「……師匠」


 目の前に、師匠が立っていた。

 1年前と何も変わらない姿で。

 鋭い眼光で僕を見下ろしていた。

 僕は荒くなった息を吐いて苦笑する。


「今回ばかりは、死ぬかと思ったよ」

「…………」


 師匠は、僕の背後を見て沈黙している。

 その視線を追えば、今しがた僕が倒した魔物の姿がある。

 最初見た時は勝てないと思ったし。

 相も変わらず、山頂の化け物には勝てないと思うけど。


 うん、ここでの生活は、僕を想像以上に強くしてくれたみたいだ。



「――竜殺し。小僧、白竜を単体で狩ったか」



 師匠の言葉に、へし折れた訓練用の刃を突きつけた。

 修行開始から、優に7年。

 17歳の春。

 竜殺しまで至った僕は、笑って問うた。



「次の修行はなんだい、師匠」



 残る修行は、あと1年。

 まだまだ僕は、強くなる。




 ☆☆☆





 18歳の春。

 師匠は、僕に告げた。


「これにて、ワシの修行は終いだ」

「はぁっ、はぁ……はぁっ」


 僕の目の前で、師匠は立っていた。

 対する僕はボロボロの極みだ。

 僕は大きく息を吐くと、黙って師匠に頭を下げる。


 雪山から帰ってからというもの、僕と師匠はひたすらに戦った。木刀を手に何度も何度も戦った。

 幾度となく剣を振るって。

 それでもなお、一太刀も届くことは無かった。

 僕の惨敗が続いて、師匠の圧勝が続く中。


 さっき初めて、僕の刀が師匠の袖を切り裂いた。


 体には届いてない。

 師匠は未だに無傷だ。

 だけど師匠は、切り裂かれた服の袖をマジマジと見つめ、そして、僕の卒業を認めてくれた。


「ありがとう、ございました」

「……うむ。誇っていいぞ小僧。貴様はワシの訓練を乗り越えた。おそらく、今のお主はかなり強い。億万長者も夢ではないだろう」

「本当ですか!」


 その言葉に、僕は師匠へ詰め寄った。

 彼は困ったように笑いながらも、頷いてくれる。


「あとは、貴様の行動次第だ。その力を悪しきことに使わぬことを願っているよ。……まぁ、貴様なら問題は無いと思うがな」

「安心してください! 僕は金儲け以外に力を使うつもりはありません! それと、後ろめたい金はお母さんに送っても失礼なので正当に稼ぎます!」

「うむ、それで良い」


 3年前の師匠なら『良くない』と言ってきそうなものだが、彼もこの3年間で随分と変わった気がする。

 なんというか、丸くなった。

 昔は鋭かった目も、今じゃ孫を見るおじいちゃんのソレだ。


「では、これにて全工程を終了する。貴様は安心して、冒険者になれ」

「はい! ありがとうございました、師匠!」


 僕は頭を下げた。

 こうして、僕の修行の日々は幕を下ろしたのだった。




 ☆☆☆




「お母さん、僕、この島を出るよ」


 帰宅して、すぐに。

 僕は、お母さんへと考えを伝えた。

 お母さんは驚いたように目を丸くしたけれど。

 しばらくして、笑ってくれた。


「そう。寂しくなるね」

「……うん。でも大丈夫! お金沢山送るから!」

「うん、そういうことじゃないんだけどね」


 お母さんは困ったように頬をひきつらせる。

 よく分からないけど、とりあえずお金を送ろう!

 頑張って働いて、億万長者になって。

 そんでもって、お母さんを幸せにする。

 その夢だけは、8年経っても色褪せることは無い。


 お母さんは僕の姿を見て頷くと、奥の倉庫へと向かっていった。

 気になってその後を付いていくと、倉庫の中には全く身に覚えのない鎧と剣が置いてあった。


「お、お母さん……これって!」

「昔……この島に来る前にね。貰ったの。すっかり忘れてたんだけど、アマタ、もしかしたら使うかな、って思って整備してみたんだ」


 お母さんが整備してくれた装備!?

 なにそれ欲しい!

 けど売った方がいいと思うな、僕は!


「売ってお金にしたら?」

「アマタ。何でもかんでもお金にしようとしたらダメよ」

「分かった!」


 素直に言ったら注意された。

 うん、覚えた!

 何でもかんでもお金に結びつけて考えない!


「それじゃあ、遠慮なく貰うよ、お母さん!」


 そう言って、僕はその装備を手に取った。

 鎧は、少し青みがかった金属で出来ている。

 剣を抜けば、見たことも無い美しい刀身がするりと現れた。

 これ……明らかに普通の代物じゃないと思うんだが。


「早速着てみてよ、アマタ」

「う、うん」


 お母さんのお願いで、早速装備を身につけてみる。

 初めての装備に少し手間どったりもしたけれど、つけてみてびっくりした。これ、僕の体にピッタリのサイズだったから。

 剣も、まるで長年使ってきたみたいに手に馴染む。


「それと、これ。私のお古なんだけどね」


 そう言って、お母さんは小さなバックを取り出した。

 あ、これ、知ってる。お母さんが大切にしてる魔道バッグだ。

 その中は異空間に繋がっていて、その中には大量の物資が入るんだ。


「……いいの? これ、大切にしてたのに」

「いいのよ。それでも心配なら、今度、自分で魔道バッグを買えるようになってから、お母さんにこのバックを返しに来なさい。それならいいでしょ?」

「……うん。分かった。絶対に返しに来るから」


 また、やらなきゃ行けないことが出来た。

 僕は新たな決意を胸に決めて、お母さんを見据える。


「絶対に、幸せにするから」

「……ふふっ、楽しみにしてるね、アマタ」


 そう言って、お母さんは嬉しそうに笑った。

 僕はその笑顔を、きっと一生忘れない。




 ☆☆☆




 翌日、旅立ちの日。

 多くの人たちに見送られ、僕は生まれ育った島を出る。


「いいのか、アマタ。もう出航だぜ」

「大丈夫だよ、漁師のおっちゃん。昨日、色々と済ませてきたから」


 船から港を見下ろすと、多くの人たちの姿がある。

 お母さんは1番前で手を振っていて、その近くには師匠たちの姿もある。


「アマター! 元気でやるんだよー!」


 お母さんの声が聞こえて、僕は彼女らに手を振った。


「待っててよ! 今に、世界中に名を轟かせてくるから! 世界一の大富豪だってね! あと、大金送るから金庫とか作っといてね!」


 そう言って、間もなく。

 僕を乗せた船は出航する。

 船はぐんぐんと速度を上げてゆき、すぐに、お母さんたちの声も聞こえなくなる。

 僕は遠くに消えてゆく島を見つめていると、いつの間にか漁師のおっちゃんが隣にやってきていた。


「んで、最初はどうするんだ?」

「そうだね。最初は、帝国に行こうと思ってる」


 この星には、大きくわけて五つの国がある。


 僕らの住んでいた『(てん)(しま)』を含め、多くの島のあつまりである【流星連邦】。

 人族を中心として形成された、最大の面積を誇る【コハク王国】。

 至って平和な宗教国で、旅行先として有名な【ヒスイ聖王国】。

 魔族という種族の王、魔王が収める【魔王領】。

 そして最後に、力こそ全ての獣人の国、【スオウ帝国】。


「まずは、地位を獲得する。……こんな、田舎から出てきたぽっと出の子供、誰も相手にしてくれない。だから、まずはこれだよ、おっちゃん」

「これは……って! お、おいアマタ! これに出る気か!?」


 おっちゃんが、僕の差し出したチラシを見て目を見開いた。

 帝国の名物で、毎年開かれる恒例イベント。

 天の島にさえ噂が流れてくるほどの、世界最大の【戦祭り】。



「【帝国武闘会】。これで、まずは大儲けだ」



 優勝賞金額。

 その欄を見て、僕は素敵な笑顔を浮かべた。


 さぁ、やっと、金儲けの始まりだ。

以上、イマジン・ブレイド(読み切り版)でした。

数年前に書いていた話の、1話~6話を合算したヤツです。

評判が良ければ、その内連載するかもしれません。



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[一言] 面白いです連載してくれたら嬉しいです
[一言] 面白いです!連載してください!
[一言] いつの間に橘月姫に成長してそう・・・
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