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ふわりと僕と、優しい世界  作者: はじめアキラ
4/5

<4・ごめんなさい>

 この世界の住人達は、様々なエリアに散らばって、好きなところで生活している。

 僕やふわりみたいな人間に近い見た目の者は、比較的村や町といった建物がある場所が暮らしやすい。逆に、動物の姿をしている者ならば山や川、海といった環境を好む。中には猫にしか見えない見た目なのに村にいたがる者や、ワニやライオンなのに人間のような生活をしたがる者もいるので、結局はその個人の考え方次第だ。というのも、同じワニに見えても、ほとんど知性がないワニもいるかと思えば、実際見た目がワニなだけで知能は人間と全く同じ、喋ることもできるなんて者もいるからである。

 元の前世に、そのあたりは大きく依存している。元動物であっても喋ることができる者もいるが、この世界に来てすぐ流暢に喋ることが出来る者は、元人間か人間のすぐ傍で生活していた者が多いのだそうだ。現世も前世もゴリラだったけど喋ることができる、という青果店のおじさんゴリラは、元は動物園の出身だったというから納得の行く話である。

 それはさておき。

 僕が最初に見た滝壺周辺のエリアは、人間的な生活よりも、自然の中で暮らしたいメンバーが多く集まる場所だった。元人間であっても人間に嫌気がさして動物になりたかった者、それから人間の姿だけれど人とあまり接することなく大自然でのんびり生きたいと思った者などが挙げられる。勿論、元々動物で、これからも動物として自由に生活したいという者もだ。


「あのあたり、比較的住んでいる子の数は多くないの。だから、どうしてあんなことになっちゃったのかわからない」


 ふわりは僕に、防護服と大きな袋、箒や塵取りのようなものを渡しながら言った。


「黒い風船は絶対割っちゃいけない。あのあたりには古参メンバーが多いから、みんな知ってるはずなのに」

「黒い風船が割れてしまったから、住民達がパニックになっちゃったの?」

「……ああ、そっか。ごめんね、まだリオにはちゃんと話してなかったね。とりあえず準備しながら聴いてね、この防護服を、隙間がないようにしっかり着るの」

「う、うん」


 渡されたのは、テレビのニュースでちらっと見たことのあるようなオレンジ色の防護服だった。それこそ、大きな感染症とか、ガスが発生していて危ない地帯とかで着ている人を見たことがあったような気がする。顔の部分だけ透明になっていて、あとはオレンジ色ですっぽり。背中にはタンクを背負っていて、外の空気を吸わずに作業することができるようになっている仕組みらしい。どうやら、今から自分達が向かうのは、そういった危険な状態に陥っている区域であるらしかった。

 何でも、あの黒い風船が割れてしまうと、中から真っ黒な霧が溢れ出してきてしまうというのだ。それを吸うと、住人はみんなパニックになってしまうのだという。


「その黒い霧って、なんなの?」


 カラフルな風船が、幸せな気持ちを閉じ込めたものならば。あの黒い風船は、もしや。


「みんなの、マイナスの感情の塊、とか?……カラフルな風船と、明らかに雰囲気が真逆だものね。でも、なんで神様はそんな風船を作ったの?みんなを幸せにしたいなら、カラフルな風船だけ浮かべておけばいいはずなのに。あの風船が傍にあると、みんながハッピーな気持ちになってくれるんでしょ?」

「そう、なんだけどねぇ。実は、カラフルな風船は神様が作ったものだけど、黒い風船はそうじゃないの」

「え」

「あれはね」


 彼女は防護服を着た僕の背中や足腰に隙間がないことをしっかりチェックすると、暗い声で告げた。


「あれはね。みんなが、無意識に作ってしまう産物なんだよ」


 ふわりは教えてくれた。この世界に来る住人達はみんな、多かれ少なかれ寂しい気持ちや怒りや悲しみを抱えてやってくることになる。そんな住人達を癒すために、このユートピアを神様が作ってくれ、その中に幸せな気持ちをたくさん詰め込んだ風船を浮かべることで、人々の闇を吹き飛ばし続けてきたのだが。

 楽しい時間を過ごしても、元々あった暗い感情を完全になくすのは容易なことではない。

 住民達が捨てようとしたネガティブなものは次第により集まり、塊になって、黒い風船を形成してしまうのだという。黒い風船は暗い気持ちしか詰まっていないので、軽やかに宙に浮かぶことができない。冷たく、じっとりと重たく道路に転がるばかり。進路妨害にもなるし、何より割ると中の冷たい感情が一気にガスのように吹き出して、人々の心を汚染してしまう。

 だから、なるべく黒い風船は、割れてしまう事故が起きる前に“警察”の方で回収する手はずになっているのだが。このユートピアに吸い寄せられてくる住人がどんどん増えていっている影響で人々が住むエリアは広がり続けており、黒い風船も比例して増えていってしまっているため全く回収が追いついていないのだそうだ。

 黒い風船が割れてしまうと、そのガスを吸ってしまった者達はみんな思い出してしまうのだという。この世界にやって来る前に持っていた悲しい記憶と、それに付随する暗い感情を。それは、カラフルな幸せな風船達の力を持ってしても抑えきることができないもの。ガスを吸ってしまった者達を救うには、とにかくまだ割れていない黒い風船と、汚染物質と化している割れた風船を全て回収して空気中の除染を行い、住民達を暫く病院に入院させるしか手立てがないのだそうだ。


「本当は、新入りさんを巻き込むのは申し訳ないんだけどねぇ。今回汚染されたエリアは村から近いから、とにかく今は村の人総出で急いで対処しないといけないの。ガスがこっちに流れてきてしまったら大変なことになるから」

「た、確かに。それで、俺は何をすれば?」

「割れちゃった黒い風船の欠片を回収するのをお願いするつもり。割れちゃった風船にもまだガスは残ってるから、そのまま放置しておくだけで土壌にマイナス感情を染み渡らせていっちゃう。土まで完全に汚れちゃったら、あの付近のエリアそのものを当面封鎖しないといけなくなっちゃうんだよ。そうしたら、住んでいた子達がみんな困っちゃう」


 それは一大事だ。僕はわかったよ、と頷きふわりに従うことにした。

 その時ふと、思い出したのは昨夜出会った彼のことだ。




『明日になれば、わかる。俺が言っている言葉の意味が』




 シリル。彼は、まるで今日起きる騒ぎを予見しているような物言いだった。

 まさか、と僕は思う。今回の騒動、シリルが関わっているのだろうか。


「あ、あのさふわり。黒い風船って、そんなに簡単に割れちゃうものなの?」


 彼が犯人かどうかもわからないのに、名前を挙げるのは憚られる。ただ、これだけは確認しておかなければいけないと思った。もし、あんな非力そうな少年の手では割れないほど風船が硬いなら、自分の心配は完全に杞憂だということになるのだから。

 しかし。


「普通の風船よりは硬いけど、でも割れないことはないよ。トンカチみたいなもので叩けば割れやすい。黒い風船はカラフルな風船と違って重くて重心が安定しやすいから、攻撃的な気持ちを込めて叩くと結構簡単に割れちゃうの」


 ふわりの言葉は、自分の望んだ通りのものではなかった。

 僕はただ、そうなんだ、と言うに留めた。もし本当にシリルが風船を割った犯人ならば、一体何のためのそんなことをしたというのだろう?




 ***




 そして。ふわりに先導されるまま。滝壺エリアに戻ってきた僕が見たのは、まさに地獄絵図だった。


「あああああ!何でだよ、俺が何したってんだよ!あんな檻に閉じ込めて俺らを飼ったのは人間じゃねえか!餌の一つもよこしやがらねえってのに、暴れたら即ぶっ殺すとか、どういうことだよそれでも動物園かよおお!」


 木に頭をガンガンとぶつけて、血まみれになりながら叫んでいるライオン。


「何で、何で私達一緒にいちゃいけないの。一緒に生きちゃいけないの。愛し合ってただけじゃない。女の子同士で好きになったってだけで、なんで神様への冒涜だなんて言われないといけないの……!私達は悪魔と契約してなんかいない、ただ、愛し合ってただけよ……!」


 二匹の蝶々が、花の上をびちゃびちゃに濡らすほどに涙を流して嘆いている。どこから溢れてくるかもわからない涙が、二匹の羽根さえも濡らして飛べなくしてしまっているのにも関わらず。


「お母さん、お母さん、どこ、どこー!?痛いよ、狭いよ、苦しいよ!はやく、はやく箱から出してよおお!なんで、なんで僕を殴って閉じ込めたの、なんでえええ!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ああ、憎い、憎い、憎い……あの男が憎い、憎い、憎いいいいいい!」

「復讐、そうだ復讐するんだった。何で、何で私はこんなところにいるんだぁ……っ」

「殺してやるううう!殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるあああああああああああ!」

「怖いよう、怖いよう、うわあああああん!」


 昨日訪れた時の平和な光景は、見る影もなかった。動物の姿をした者も人間の姿をした者も昆虫達も関係なく、その場で泣き崩れ、或いは怒りに頭を掻きむしって吠え、場合によってはそれさえもできなくなって茫然とへたりこんでいる状態である。

 彼らの周囲を、黒紫色の霧のようなガスがうっすらと漂い、取り囲んでいるのが見えた。どうやら、あれが元凶というわけらしい。


――酷い。昨日まで、みんなほのぼのしてて、普通に生活しているように見えたのに。


 ふと、大きな毛玉のような塊が蹲っていることに気づいてぎょっとした。白っぽいぼさぼさの毛、手足の長い獣。見覚えがあった――あれは、“イマイ”さんではないのか。


「イマイさん……!」


 大丈夫ですか、と続けることはできなかった。彼は涙も涎も鼻水もだらだらと垂らしながら、茫然と空中を見つめていたのだから。

 その口元から、ぼそぼそとうめき声のようなものが聞こえてくる。喋れないことを選んだ、と言っていたが。僕には微かに、彼が何を繰り返し言っているかわかるような気がしてしまった。それは。




「シゴト、モウ、イキタク、ナイ……シゴト、モウ、イキタク、ナイ……」




 彼が何故、人間でありながら人間をやめたいと願ったのか、わかったような気がしてしまった。今の僕の声が届く状態とは、到底思えない。僕はぞっとしながらも、申し訳ないと思いつつ目を逸らし、自分の作業を行うことにした。

 草むらや木陰に散らばった黒い風船の欠片を塵取りで回収し、ゴミ袋に入れていくという単純作業の繰り返し。防護服のおかげで、己はガスの中にいても汚染されるということはなかった。ただ、それでも壊れてしまった人々の様子は見るに耐えないものである。心の中に、それこそ塵が積もるように恐怖が蓄積することを、止めることはできなかった。

 ほとんどの生き物は、例え負の感情を持ち合わせていても――というか、持ち合わせていない者などほぼ皆無であろうが――それを抑制して生きていくことができるようになっている。特にそれが、知能の高い人間であれば尚更そうだ。こんな風にそれが爆発して、壊れてしまう者はいてもそう多くはないはずなのである。

 ならな何故、負の感情のガスを吸ってしまっただけで、住民達がここまで軒並み壊れてしまったのか。




『記憶が戻っても、それを誰かに言わない方がいい。特に、ふわりには。あの女は、この歪んだ世界を作った神様の手先だ』




『お前も薄々気づいているのかもしれないが、まあいい』




――ああ、そうか。そうかっ……そういうことなのか……!


 昨日シリルが言っていた言葉が、ようやく繋がった気がした。

 ひょっとしたらここの神様というものは。この世界は。




『だって、幸せになるのに……辛い思い出なんて、要らないでしょ?』




 一生懸命除染作業を行っている防護服姿のふわりの後ろ姿を見つめながら、僕は彼女の言葉を反芻していた。

 この作業がひと段落したら。彼女ときちんと、話すべきことを話さなければいけないと思いながら。

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