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道楽草  作者: 十三岡繁
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長生き

 自分は長くは生きられないだろうなと思っている。というか長く生きたいとも思っていない。すでに体のあちらこちらで不具合が出てきている。人間の体の設計耐用年数は50年ぐらいに設定されているんじゃないかと思っている。ただまわりには長生きしたいと思っている人は多くて、それはそれで素晴らしい事だと思う。


 安藤忠雄という有名な建築家がいる。氏はもう15年以上前に癌を患い、胆のう、胆管、十二指腸、膵臓、脾臓の五つの内臓を摘出している。もう10年以上前だろうか、北九州で講演会を行うという事で、最後になるかもしれないと聞きに行ったことを思い出す。その数年後にはまた福岡で講演会をやったので、まだがんばっているのかとそれも聞きに行った。もちろん長生きされるのは喜ばしい事なのだが、結局今でも精力的に活動をされていたりする。きっと生きるという事を追い求められていて、その結果なんだろうなと感じる。


 中国ではそんな氏の事を神格化する人もいて、仕事の依頼が止まらないそうだ。きっと人は生きようと望んだ時、体はそれに答えてくれるようにできているのだろう。だから長く生きることを望まない人は、長生きはできないような気がするのだ。


 秦の始皇帝などは不老長寿の秘薬を求めて、世界中に人間を送り出していたらしい。その一人である徐福に関する伝説は日本各地にも残っている。始皇帝はなぜそこまで生に執着したのだろうか? 老いたくなければ死にたくもないという、普通の人が持つ願望と同じものなんだろうか?


 長生きをしたいとは思わないと書いたが、そう思ってしまう原因は体の機能が低下したことも大きいと思う。であればもし、肉体が老いることがなければ長生きしたいと思っていたのだろうか? 仮にクローン技術で自分の体を複製できたとして、20歳ぐらいで成長を止めて、現在の記憶やら精神やらを完全に移し替えることが可能であれば、そのまま長く生きたいと思うのだろうか?


 多くの宗教では現世は魂の修業の場で、ちょっとした地獄のようなものだと説いている。死んだときにこそ魂は解放されて天国?のようなところに行けると言っている。それでも人は長く生きたいと願う。地獄に留まりたいというのだから奇特だろう。もしかしたら死後の天国という考え方は、死への恐怖を緩和する為に作った幻想なのかもしれない。


 この事をあまり書くとまわりから心配されそうではあるが、自ら死を選ぶことはしない。死が不可逆的なものだった場合勿体ないからだ。但し死と死後については非常に楽しみにしている。

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