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道楽草  作者: 十三岡繁
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人類の進化と創作能力

 生物的な観点から見ると、人類の進化は30万年前からほぼ止まっているそうです。但し認知革命というものが、3~7万年前に起こったとする説があります。脳に関しての遺伝子の突然変異で、この革命以降人類は抽象的な思考ができるようになった。つまりは宗教や芸術など、現実に存在する物理的な事柄以外にも思いを巡らせ、また共有できるようになったという話です。


 しかしながら仮にこの説が正解だとするならば、3万年前の人類と我々は個体レベルで見れば、思考能力は全く同じだという事になります。現代人は蓄積されてきた知識を、個人でもある程度習得しているので、自分たちの方が優秀だと思い込んでいる人が多いような気はしますが、それは大きな錯覚だということです。


 例えば山の中で、落ちている木の枝で何かを作ろうと思った時、少しは物理的なてこの知識なんかは入るにしても、発想も工作能力も大して変わらないということです。道具に関してはナイフと石器の違いがあるだけで、普段の生活や経験に根差したところから出て来るアイデアは、きっと似た様な物でしょう。


 その思考力を持った人類が、果たして数万年の間文明的、文化的に停滞しているなんて事があるのでしょうか? 近年の研究成果で、東南アジアでは数万年前からかなり高度な航海術を持っていたことが分かってきました。そりゃそうだろうと思います。他にもかなり高度な文化や技術を持っていたような気がします。


 小説や漫画、映画でも結局やっているのは物語を作るという事です。これに対して前述の認知革命以降、現代人と全く能力に差が無いならば、同レベルの創作能力も有していたことになります。サイエンスをベースにしたSFや、複雑な社会状況を背景にして成り立つ物語は無理だと思いますが、彼らは彼らの生活の中で経験したことや想像したことを、我々と同じレベルで頭の中で組み立てる事ができたでしょう。


 その時に文字さえ開発できていれば、きっととてつもなく面白い物語が蓄積されていたんでしょうね。平安時代の小説も現代語訳すれば面白く読めますが、たかだか1500年前ぐらい前の話です。ギリシャ神話であっても、3500年程度前から人が作って来た話です。数万年間にわたる蓄積があれば、きっととてつもなく面白いものがあったでしょう。物凄くそれを読んでみたいです。


 というか文字以外でそれらを残す方法を、彼らは本当に持っていなかったのでしょうか? 洞窟壁画ぐらいしか現在には残っていないので、我々には知るすべはありません。もしアカシックレコードの様に、人類共通のデータベースのようなものが存在するならば、そこには残っているような気がします。もしかしたら古代人はそのレコードにアクセスすることが出来たので、文字を持つ必要が無かったのかもしれません。いつの日か、我々もそこにアクセスできる時が来たならば、そのレコードをずっと読んでいても飽きが来ないでしょうね。

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