君たちはどう生きるか
言わずと知れた宮崎駿監督のアニメ作品である。映画館には見に行かなかったが、地上波で放送されたのでやっと見ることができた。個別の先品などに関しての話は、内容がその時代や時勢に固定されてしまうし、知らない人には何のことだかさっぱりわからない。なのであまりエッセイなどで触れない方がいいとは思いつつ、何か書きたくなってしまった。
この映画は事前情報で訳が分からないという話を聞いていたので、どういうことなのかと興味があったのだが、なるほどなと思った。と、同時にそれほど訳が分からなくもないんじゃないかなとも感じた。そうして絵画もそうであるように、少し制作時の背景や事情なども知っておいた方が楽しめる内容なのかなというのが率直な感想だった。芸術作品は一目見ただけで感じることが全てだという意見があるかもしれない。そういうものもあるだろう。でもこの作品は違うような気がした。
詳しい人はご存じの通り、このアニメの内容は監督の自伝的なものである。
……以下ネタバレを含みます……
太平洋戦争時代の空襲シーンから始まって、かなり裕福だった少年時代。ゼロ戦のパーツを製作していた父親……様々な過去の現実が投影されている。そうしてスタジオジブリを象徴する塔の存在、かなり分かりやすかったのは鈴木プロデューサーに似せた造形を持つアオサギや、その他実在の人物をモチーフにしたであろう登場人物の数々、ジブリファンならすぐに気付くようなところかもしれない。
宮崎監督は常々、作るからにはヒットしなければいけないという命題を抱えていたようで、ご本人もそれを何度となく口にされている。今でこその評価の高いカリオストロの城も上映当時は興行的に失敗だったようで、それがトラウマになっているともいわれている。
その後の活躍はここで書くまでも無いことだが、前作の『風立ちぬ』はまだ分かりやすくて売れなければいけない……その意識が少しは残っていたにせよ、今回の『君たちはどう生きるか』は、完全にそのあたりを放棄してやりたいようにやったという感じがした。自分もものを創る側の人間だと思っているので、この葛藤は実にあるあるだなと思ってしまう。特に建築は絵画がや彫刻と違って、依頼者がいなければ成立しない(絶対ではないが)創作活動である。作り上げていくものには、依頼者はもちろん周囲の理解が絶対に必要であるし、その説得のためにかなりの労力を要する。アニメ作品もきっと見る人がいて、興行的な収支も合わなければ成立しない世界だろう。
自分でお金を出して自分の為に計画して作った建築はこうなるんだろうなという、見終わったときには自分の身に置き換えて複雑な思いに襲われた。
そうしてこれは宮崎監督が我々にさよならと言っているように感じた。多分今度こそ本当に監督としては長編から離れるのだろう。短編作品は作るかもしれないし、プロデユースならするかもしれないが……。
ただここでは一言お疲れさまでしたと書いておきたい。




