自動車とアニメ
日本の自動車産業は高度成長期の象徴でした。今でもかなりの大きな存在だと思います。しかしどうしてそうなり得たのかを考えると、企業単体の話ではありません。様々な部品の組み合わせで出来上がる製品なので、国全体としての各産業の技術と品質が無ければそれは成り立ちません。
今やっているアニメで毎回感心するのが『ダンダダン』という作品です。もちろん原作漫画を描いた作者も凄いですし、それをあのレベルまで持って行くアニメーターも凄いです。そこには突出した才能を感じます。しかしそれだけでは無いとも思うのです。その作品単体だけでも、漫画の段階であれば編集者にアシスタント、アニメであれば監督や演出担当、脚本家に加えて色彩や動画、背景などの各作業の担当者、それらの力が結集して出来上がっていると思います。アニメで言えば音楽も重要ですね。だからこんな作品は絶対に日本でなければ作りえないと思うわけです。
今までも同様の事を書いて来ました。しつこいようですが繰り返します。これらの文化は色々と停滞して閉塞感もある現代日本の底の方で、ぐつぐつと熟成して浮き上がってきたひとつの仇花です。しかしこの花は文字通り意味を成さずに枯れていくようなものだとは思いません。次の……もしかすると次の次位の大きな日本の財産になっていくような気がします。
なぜならこんなものは日本でしか作りえないからです。自動車を含め多くの工業製品は、今や段々とどこであっても作れるようになってきていると思います。しかしこの日本に咲いた仇花だけは、今も未来もどこの国でも作れない様に感じるのです。
多分過去三十年の日本の停滞はこの後も当分続くでしょう。現在の政治や社会状況を見て殆どの人はそれを確信していると思います。でも行きつくところまで行かないと変わらないし変えられないでしょう。しかしながら悲観ばかりする必要もないと思うのです。その停滞の中でも育ったものを確かに感じているし、既に花は咲いています。




